12 測定、もう始まってます
一週間後、魔法学科三時間目の授業中。
ロッタは教師の声に耳を傾けつつ、ノートに筆ペンを走らせる。
今日、武術科では武術測定が行われる。
星斗会のメンバーではあるが、ロッタに運営として参加する連絡は来ていない。
よって彼女は、いつも通り真面目に授業を受けていた。
「こうして絶対神エクサの手により、我々の世界に文明の火が灯ったのです。神の世界からもたらされた様々なテクノロジーが——」
図書館の地下で起きた事件の犯人は、未だ見つかっていない。
わざわざシェフィを使って探し物をさせていたのも、自分に繋がる証拠を残さないためだろう。
「約二千年前、エクサはこの地を去り、我々の手に世界を委ねられ——」
それにしても気になるのは、アリサが持つという地形破壊クラスのパワー。
幼い頃の彼女の剣技は、教科書のお手本になるような優等生っぷりだったはず。
今の体型も、筋肉はあまり付いていない。
あの細い体から、どうやって凄まじい破壊力を生み出すのだろう。
「気になる……」
「ロッタちゃん……?」
小さな呟きが、隣の席のパーシィに聞こえてしまった。
心配そうな表情を浮かべる親友に、
「あ、ごめん、何でもない。気にしないで」
と、軽く謝る。
「ならいいんだけど……。もし疲れてたら頼って欲しいな。私もロッタちゃんの力になりたいから」
「ありがと。その時はよろしくね」
心配をかけてしまった親友に謝罪すると、改めて授業に集中。
静かな教室に、教師の声とペンを走らせる音だけが聞こえる。
すると、
スパーン!
教室の戸が勢いよく開け放たれ、盛大な音が静寂を破った。
「マドリアードさん、何をしているんです! 早く闘技場に来てください、武術測定が始まりますよ!」
教室に踏み込んで早口でまくし立てるのは、神経質そうな顔をした中年の男性教師。
「えっ……? あたし、来るようになんて言われてないですけど……」
「星斗会は全員が揃う決まりなんです! さ、早く来なさい」
「でも授業が……」
困惑するロッタに、担任の教師が助け船を出した。
「なんだ、マドリアード。そんなこと心配するな。この後の授業も全部出席扱いにしてやるから、心置きなく行って来い」
そして、パーシィも。
「私がノート取っておくから大丈夫。お仕事頑張ってね、ロッタちゃん」
更に、クラスメイトまでもが背中を後押しする。
「そうよ、頑張ってー!」
「羨ましいぜ、授業サボれて……」
「みんな……。ありがとう、行ってくるね」
ペコリと頭を下げると、帽子を被ってマントを羽織り、中年教師に続いて教室を出た。
男性教諭に続いて、廊下を足早に歩く。
彼は前を向いたまま、後ろに続くロッタに小言を始めた。
「まったく、あなたは星斗会の自覚があるのですか? こんな日に呑気に授業を受けているなど……」
「で、でも来るようにって言われてませんでしたし、行かなくてもいいかなって……」
「だったら確認を取りなさい!」
「ごめんなさい……。ところで、あの、先生のこと、あたし知らないんですけど」
「私を知らない!? あなたという人は本当に……! 私はピエール・サンダルマン、魔法科の教師です。覚えましたね?」
「はい、覚えました……」
このピエールという男性教諭、妙に声が高い。
そしてなんだか怒りっぽい。
余裕がない人だな、というのが、ロッタの第一印象だった。
☆★☆★☆
武術科校舎の側にある、円形闘技場。
屋根はなく、すり鉢状に観客席が並び、中央に砂地が敷き詰められた、オーソドックスな造りだ。
今、中央部に立っているのは、緑髪のショートカットの少女。
星斗会第三席、タリス・トートラット。
アリサが合図を出し、魔導時計によるタイマーカウントが始まると同時、彼女は動きだした。
「いざ、参る」
大量に並んだ木製人形、その数二十五体。
心臓に当たる胸の部分に書かれた赤い二重丸の中心を、槍の穂先が次々と貫いていく。
「終了。まあ、こんなもの」
最後の人形を貫いた瞬間、魔導時計のタイマーがストップ。
タイムは15.54。
槍使いによる平均タイムは四十秒台、規格外の記録が叩きだされた。
「……さすがね、タリス」
「やべぇな、ダントツじゃねえか。こりゃ俺もウカウカしてらんねえな。格闘部門で平均二倍以上のスコア出さねえと」
タイマーをリセットするアリサ、やる気を滾らせるウィン、そして記録を記入するラハド。
三人は中央部、観客席側の特設席で運営活動をしている。
そして観客席では、教師として監督役をつとめるエルダが武術測定を見守っていた。
「それにしても遅いわね、あの娘。また道に迷っているのかしら」
「あり得るぜ……。この前の遅刻も迷ってたせいらしいしな」
「それよりも、私はもう一つの可能性を提案する」
会話に参加してきたのはタリス。
軽く汗を拭い、槍を三分割してまとめながら、特設席に腰を下ろす。
「だれか、ろったんに言った? 魔法科の生徒でも関係なく、来なきゃいけないって」
「……言ってないわ」
「言ってねえな」
「誰も言っていない、と」
「結論。ろったんは今、普通に授業を受けている」
アリサは思わず両手で顔を覆った。
「じゃ、じゃあ俺と副会長は、弓のマトを並べる作業があるから。後は任せた!」
「やれやれ、だ。責任は誰が取るのかな」
逃げるように次の測定準備に入るウィンと、どこか面白そうなラハド。
完全にフリーズしてしまったアリサの肩を、タリスはつんつん、とつっつく。
「会長、私がすぐに呼んでくる。そんなに気を落とさない方がいい」
「き、気を落としてなんかいないわ。あの娘がいなくたって、四人でも運営は十分——」
「おーい!! ゴメン、みんな! まさかあたしも行かなきゃいけないって思わなくて……」
アリサの声を遮るように、渦中の少女の声が聞こえた。
片手を振りながらこちらへ駆けてくるロッタ。
タリスはホッと息を吐き、そして会長は無言で席を立ち上がった。
「あ、ありちゃん会長……?」
表情を凍らせたまま、一言も発さずにロッタの前へ歩いていき、彼女の目前で立ち止まる。
「あ、あの……、アリサ? 怒ってる?」
何も言わず、表情も変えないアリサのプレッシャーに一歩後ずさるロッタ。
頬に一筋の汗が垂れた、その時。
「ごめんなさい、きちんと伝えなかったわたしの落ち度だわ」
彼女は、ペコリと頭を下げた。
あまりにも意外な行動に、言葉を失ってしまう。
「……でも、確認しなかったあなたも悪い。今後は気を付けるように」
「う、うん……。あたしこそ、ごめん」
「さ、早く席につきなさい。弓の測定が始まるわ」
彼女に促されて、隣の席に座る。
「あの、アリサ?」
「無駄口叩かない。遅れたのだから、真面目にやりなさい」
「はい……」
態度が変わった訳ではなく、いつも通り氷のような冷たい対応のまま。
元通りの親友に戻れるのは、まだまだ先のようだ。
「ねえ、ろったん。どうやって気付いた? 来なきゃダメって」
「ピエールって先生が教えてくれたんだ。魔法科の先生なんだけど、途中まで案内してくれたの」
「無駄口」
「はい」
弓の計測が開始され、三人は記録を付けていく。
その斜め後ろ、観客席の最上部。
ピエールは体を隠し、ロッタをじっと見つめていた。
「さあ、確かめさせてもらいますよ、マドリアードさん。あなたの力を、ね」