11 疑惑のウィン・ガートラス
寮へと続く道を、一目散に走っていくウィン。
記憶違いでなければ、あっちは男子寮ではなく女子寮だったはず。
「ま、まさか覗き、なワケないか。そんなことする子には見えないし……。だとしたら……」
女子の誰かと内緒で会っている、考えられる可能性はそのくらい。
「もしかしてウィン君、彼女いるのかな……。誰にも内緒で、こっそり会ってるとか?」
もしそうだとしたら、声をかけて邪魔したりしてはいけない。
ウィンはそっとしておくことにして、ほうきを常識的な速度で飛ばし、魔法科女子寮の前へと着地。
ほうきをヘアピンに戻して髪に着けると、ロッタは寮へと入っていった。
☆★☆★☆
翌日。
ロッタは早朝から中央棟を訪れていた。
武術測定の打ち合わせと、図書館での事件の報告のため開かれる、星斗会の集会に参加するために。
「……やばい。迷った」
しかし、彼女は少し方向音痴なところがあった。
その上、昨日はタリスに担がれての移動だったため、星斗会室がどこなのかさっぱり分からない。
周囲をキョロキョロ見回しながら、白い廊下をひたすら彷徨う。
「朝早いし、誰もいないかなぁ、……あっ!」
道を尋ねるために教員を探していると、偶然にも一人の男性教師を発見。
走り寄って声をかける。
「あの、ちょっといいですか?」
「……む、誰だ。見たところ魔法科の生徒のようだが」
青みがかった黒の短髪、黒いローブを身に纏った男が、鋭い目をロッタに向けた。
「え、えっと、あたし、新しく星斗会の第五席となりました、ロッタ・マドリアードです」
彼の纏う独特の雰囲気に気圧されながら、頭を下げて自己紹介。
男は何も言葉を返さず、ロッタをじろじろと眺め続ける。
(えっ、なにこれ。なにこの人。あたしはどうしたらいいの?)
どう対応していいのか分からず困惑していると、ロッタの背後から優しげな声がかけられた。
「あらあら、あなたがウワサの。話は聞いているわ、星斗会のメンバーが、魔法学科から二年ぶりに出たって」
振り向けば、白いローブを着た栗色の髪の女性が、おっとりとした雰囲気の柔らかな笑みを浮かべていた。
彼女の顔を見た途端、ロッタの心臓が飛び跳ねる。
彼女こそ、この学院の学長にして当代最強の魔術師、ユサリア・ペンドライト。
見た目は若いが年齢不詳。
「が、学長!? あたしなんかのこと、ご存じなんですか!?」
「ええ、もちろん。同じ魔術師として誇りに思いますよ、ロッタさん」
「わぁ……! 学長に、顔も名前も覚えてもらってる……!」
ロッタは一人の魔術師として、学長を心の底から尊敬している。
その彼女に名前を覚えられていた。
嬉しさのあまり、キラキラと瞳を輝かせる。
「ふふっ。ところで、この辺りは職員の居住区画よ? 星斗会室はもっと上、五階に上がった突きあたりにあるわ」
「そ、そうだ、遅れちゃう! ありがとうございます! それではっ!」
勢いよく頭を下げて、勢いよく階段へと走っていくロッタ。
穏やかな笑顔で彼女を見送った学長は、先ほどから無言で立ちつくす無愛想な男に、ため息混じりに声をかける。
「ジュリウス先生、生徒にはもっと愛想よく接してあげなさい。ロッタさん困ってたじゃないの」
「すまない……」
「すみません、ですよ」
「す、すみませんでした……」
「よろしい」
階段を駆け上がり、五階の廊下を全力疾走。
見覚えのある小さな部屋の戸を勢いよくスライドさせる。
「ご、ごめんなさい、遅れちゃって!」
「……遅いわよ、ロッタ。次からは気を付けなさい」
星斗会室に駆け込んだ瞬間、アリサの冷たい視線と淡白な言葉が浴びせられた。
他のメンバーもすでに揃っており、ロッタは気まずい顔でタリスとウィンの所へ。
「いきなり遅刻とはな。やるじゃねぇか、ロッタ」
「ろったんやり手。さすが、モノが違う」
「なにそれ、褒めてるの……?」
昨日の一件で打ち解けた二人から早速からかわれるが、アリサの不機嫌そうな咳払いで二人とも沈黙。
「……さて、資料の持ち出しご苦労さまでした。例の事件は先生方に一任するとして、さっそく武術測定のプログラム案を作成しましょう」
机の上に過去十年分の記録が広げられ、プログラムの作成が開始された。
武器の種類、戦闘スタイルによって、測定方法は当然異なってくる。
ワラの束や木の人形を斬るだけの剣、槍等が序盤に回され、地面を破壊しかねない槌や格闘等のパワー型が終盤に回されるのが通例だ。
もっとも、剣や槍の使い手に地形を大きく破壊するほどの猛者がいる場合は、例外となる。
「つまり今年は、剣を最後に回した方がいいと提言する」
「なんで?」
「答えは簡単。地形破壊級のありちゃん会長がいるから」
「え゛、アリサ、地形壊すの……?」
星斗会最強のアリサだけは、勝ち目がないからと調査していなかった。
あの細い体のどこにそんなパワーがあるのか。
「化け物を見るような目、向けないでくれるかしら」
畏怖の表情を向けるロッタに、アリサは若干傷ついた。
「ふっ、真実だろう」
「やめてください、副会長まで……」
ラハドのバトルスタイルならば、ロッタもリサーチ済み。
鋭い踏み込みから繰り出される、目にも留まらぬ神速の斬撃を得意とする。
つまり彼はスピードタイプ、地形を破壊するようなパワー型ではない。
もっとも、大岩を両断する程度のパワーはあるのだが。
武術測定の順番は決定。
槍が一番手、次いで弓、斧、格闘、槌、最後に剣。
「よし、決まったな。なんだ、案外簡単に終わったじゃねえか。資料なんて必要だったのか?」
「必要よ。何事も精査し、妥協しない。それがわたしのやり方だから」
「さすがアリサ。昔から変わってないね」
「……お疲れ様。わたしはこの案を職員室に提出してくるわ。皆は登校しておいて」
アリサは机の上の紙をカバンに入れて、足早にその場を立ち去った。
まるでロッタとの会話を避けるように。
「……はぁ、手強いなぁ」
「おうおう、フラれたな。ま、元気だせよ」
「いやいや、ウィン君。フラれるとかそういうんじゃないから……」
ポン、と肩を叩かれて励まされた。
ラハドはいつの間にかいなくなり、タリスはカバンを担いでロッタたちを待っている。
「ろったん、中央棟の外までだけど一緒に行こう」
「うん、ほら、ウィン君も」
「おう、星斗会が遅刻しちゃまずいしな」
小走りでタリスに駆け寄りながら、昨夜見たことを思い出す。
ウィンとこうして接してみると、やっぱりただの年下の、少しやんちゃな少年。
彼女がいるようには見えないが。
「うーん、考えても仕方ない。もう忘れよう」
妙な疑惑は頭の中から追い出して、二人と共に星斗会室を後にした。