10 帽子と魔導書とジェットエンジン
武術測定の資料を無事に探し終えた頃、ウィンが数名の教師を連れて地下二階へとやってきた。
ここで何が起きていたのか、彼らに事情を説明し、実行犯であるシェフィの証言も付け加える。
事件の詳細を把握した教師たちが捜査を始め、ロッタたち三人は半ば追い出される形で地下図書館を後にした。
図書館から寮へと戻る道中、ウィンが疑いの目をロッタに向ける。
「なあ、お前マジで危険度☆8の精霊を倒したのか? 一撃で?」
「ノンノン、正確には二撃。あれはエグかった」
「ちょっとタリス! えっと、偶然だよ偶然。偶然ってことにしといて……」
「納得いかねぇ……。もしもお前が俺より強いんなら、俺が一番下っ端になっちまうじゃねぇか」
「だったらシロクロ付ければいい。入れ代わり戦の決闘を挑めば」
「ヤだよ、負けたら降格じゃん」
「残念。貴重なデータが取れると思ったのに」
「俺を生贄にしようとするな!」
「ちょっと二人とも。あたし、今日入ったばかりの新入りだよ。買いかぶり過ぎだってば」
決闘を勧めたのは、もちろんタリスの冗談。
だが、ロッタの異常な力の秘密を解き明かしたい気持ちは本物だ。
魔術科一の実力者として、タリスは彼女を以前からマークしていた。
そうして調べ上げたロッタの実力は、ダルトンになら勝てるかもしれない、程度。
あの決闘で使った不思議な魔法の杖はともかく、シェフィを燃やした魔法の威力と詠唱速度、そして立て続けの二連発。
明らかに異常だ。
彼女の強さの秘密を、また改めて調査しなければならない。
「……今までのデータは破棄。調べ直し」
もしかしたら星斗会長に匹敵、あるいは凌駕するかもしれない。
彼女はロッタを最重要調査対象として、認定した。
学生寮へ続く別れ道へとやってきた三人。
ここからロッタは魔術科女子寮、タリスは武術科女子寮へ、そしてウィンは武術科男子寮へと戻るはずだ。
「ここでさよならだね。タリス、資料の管理は任せた!」
「資料の管理は任された。明日の早朝、ありちゃん会長に渡しておく。ではさらば」
二人に軽く手を振ると、タリスは武術科女子寮へと続く道を歩いていく。
「まだ夕食まで時間あるし、俺は武術修練場に寄ってから帰ることにするよ。じゃあな」
「うん。またね、ウィン君。あたしも魔術修練場に寄っていこうかな……」
先ほどの戦闘で思い知った、装備の恐ろしい性能。
今の自分の能力を正確に把握しなければ、いつか大事故を引き起こしかねない。
そして、無事に携帯許可の降りたシェフィの宿った魔導書に記された、最強の風魔法・風葬散華の練習もしておきたい。
ウィンと別れ、ロッタは魔術修練場へと向かうことにした。
☆★☆★☆
魔術科校舎側にあるドーム状の建造物、魔術修練場。
魔力測定や実習を行うための施設であり、生徒たちの自主練のために二十四時間解放されている。
荷物を脇に置いたロッタは、ドームの真ん中に立つ。
この内部には強力な魔力障壁が何重にも張られ、最強クラスの魔術師の魔法でも破れない。
どれだけ魔法を放っても、この建物が倒壊することはない、はずである。
「よし、まずは今の全力で……」
この世界に存在する、炎・水・風・雷・土の五属性魔法。
扱うための特別な才能は必要ないが、それぞれの属性で魔力の練り方がまったく異なるため、五属性全てを操る魔術師は殆どいない。
一つの属性を極める者が最も多く、次いで二属性、三属性以上を扱う者は稀。
そしてロッタは、努力に努力を重ねて、五属性全てを身に付けている。
「大気に満ち満ちる炎の精霊たちよ、我が声に耳を傾けたまえ——」
中でも最も得意とするのが、炎の属性。
燃え盛る炎のような赤い髪が、ほとばしる魔力にゆらゆらと靡く。
「我が欲せしは業火の鉄槌、天をも焦がす怒りの具現」
十五歳という若さで、彼女は最強の火炎魔法を習得していた。
あまりに高すぎる威力のため、図書館では使用出来なかったのだが。
そして実戦でも、あまりに詠唱が長すぎるため使いものにならない。
一撃放っただけで倒れてしまうほど、魔力の消耗も激しい。
「燃やし、焦がし、焼き尽くし、我が前に立ちはだかる其の一切を灰燼と化せ」
だからこそ、自分の強化具合を試すにはうってつけの魔法だ。
「顕現せよ、総てを滅ぼす紅蓮の赫炎!」
実際には半分で済んでいるのだが、更に威力を高めるため最後まで詠唱を続ける。
目標、前方三十メートル地点。
「大火送葬!!」
魔力を解放した瞬間、凄まじい火柱が立ち昇った。
太さ十メートルはある火炎が渦を巻き、熱風がロッタを襲う。
天井の魔力障壁が悲鳴を上げ、小さな亀裂が走るが、なんとか持ちこたえた。
続けて呼子の帽子の効果が発動しようとするが、頭の中で待機命令を出すと、発動はキャンセル。
いつでも放てるよう、保持された状態となった。
「……なるほど。それなりに融通利くんだ」
今後、二重魔法が暴発してしまうことはなさそうだ。
シェフィの身に起きた悲劇を、二度と繰り返してはならない。
保持された大火送葬は、マジカルマスケットの弾丸に封印。
白い弾丸に炎のマークが刻まれ、色が赤く変わった。
「この弾丸は危険すぎる。取り扱いには気を付けよう……」
うっかり狭い場所で撃ってしまえば、大惨事間違いなしである。
大技を放ったにも関わらず、魔力の残量にもかなり余裕がある。
同じものをあと、軽く五発は放てそうだ。
この調子なら、次の訓練にも問題なく移れる。
「さてと、お次は……。シェフィ、出番だよー」
『お呼びでございますかご主人様っ!』
懐から取り出した魔導書を開くと、なぜかメイド服を着た精霊が、媚びを売りながら飛び出した。
「えっと、風葬散華の練習するね。魔導書読みながら。手伝ってもらっていいかな」
『喜んで! では、あたいは魔力制御の補助をしつつ、お側で応援してますね。いよっ、ロッタン様、世界一っ!』
「気が散る……」
☆★☆★☆
結局、わずかな時間では風葬散華を習得することは出来ないまま。
いくら魔力が伸びても、魔法の扱いだけは努力を重ねなければどうにもならない。
「はぁ、疲れた、あとお腹空いた……」
魔導書を閉じ、荷物を纏めて、懐中時計を見る。
時刻は六時五十分。
寮の夕食の時間、七時十五分まで、あと三十分を切っていた。
「ヤバっ、遅れちゃう!」
大慌てで修練場を飛び出す。
ここから寮までは歩いて二十分。
部屋に戻って荷物を置いて、走れば間に合うだろうか。
「……あ、そうだ」
こんな時に役立つ物があったじゃないか。
前髪を留めていたほうき型の髪飾りを外し、魔力を込める。
ポンっ!
軽快な音と共にヘアピンがほうきに変化。
空飛ぶほうき、ジェットブルームだ。
束ねたワラの中に、白い金属製のタルみたいなものが見える。
これが神様の世界にあるらしい、『ジェットエンジン』なのだろう、多分。
「これに乗れば、走るより速いはず!」
魔力を込めて浮かせ、飛び乗る。
頭の中で発進の命令を下すと、エンジンが始動。
タルの中身が高速回転を始め、ほうきは急加速。
腹に響く轟音と共に、猛スピードで夜空へと飛び立っていった。
「ふぎゃあああぁぁぁあぁぁぁぁぁぁっ!!?」
顔面に襲いかかる、もの凄い風圧。
全速力を命じた結果、ロッタは十秒ほどで学園の敷地を飛び越え、オルフォードの街並みを通り過ぎ、海の上に出てしまった。
「なにこれ、なにこれぇぇぇぇっ! おかしいから、速過ぎるからぁぁぁぁ!」
旋回を命令すると、百八十度ターン。
再び超スピードで学園上空まで戻る。
ここで減速を命令することで、ようやく時速五十キロ程度に落ち着いた。
「はぁ、死ぬかと……」
幸いにも帽子は飛ばされていない。
あれだけ高かったのだから、状態保持の魔法でも付いているのだろう、きっと。
さすがメダル190枚の帽子。
「……ん?、あれってウィン君、だよね」
ふと下を見れば、寮へと続く道をウィンが走っている。
それだけならば何も不自然ではない。
ないのだが。
「あっちって確か、武術科女子寮だったような?」