01 5000万枚見つけました
ロッタ・マドリアードは、目の前の光景に絶句していた。
小部屋の床いっぱいに散らばる、小さな金色のメダル。
宙に浮いた神々しい女神のような存在。
「いやー、しかしハンパないね。これ軽く五千万枚はある? よく集めたもんだわー」
そして、女神さまの妙にフランクな口調。
どうしてこんな状況に叩き込まれたのか。
ことの始まりは、三十分ほど前に遡る。
☆★☆★☆
王立オルフォード学院、魔法科校舎。
その日の授業を終えたロッタは、親友のパーシィと共に廊下をのんびりと歩いていた。
「ね、ね、パーシィ! 今日のあたしの火炎魔法、どうだった? ずがーんって、凄かったでしょ!」
「うん、凄かった」
本日の魔法実習において、ロッタは得意の火炎魔法を披露。
ターゲットであるワラの束を塵も残さず吹っ飛ばしたのだった。
「さすが魔法学科の首席だよね。授業終わってからも自主練してるし、いっぱい頑張ってる」
「魔法使いのあたしは、相当頑張んないとなれないからね、星斗会のメンバーには」
「星斗会……。絶対に入るんだって、いつも言ってるもんね」
「そう! 何がなんでも入らなきゃいけないの!」
この学園に君臨する、実力トップ5の生徒で構成された集団、星斗会。
その長である星斗会長は、名実ともに、この学園のナンバーワン。
星斗会に入るためには、構成メンバーに1対1の交代戦を挑み、その座から引きずり落とさなければならない。
現在、五人のメンバーは全員が武術学科の生徒であり、魔法学科の生徒は一人もいなかった。
それもそのはず、魔法使いの魔法は前衛の援護があってこそ。
魔法の威力を引き出すためには詠唱が欠かせず、発射までには時間がかかる。
詠唱をしながら前衛職の攻撃を掻い潜り、かつ魔法を正確に当てるためには、相当の実力差が必要になる。
「みんな無理だって言うけどさ、二年前には魔法学科の星斗会長いたらしいし。やってやれないことはないよ!」
拳を握って瞳に炎を燃やす、赤毛の少女。
彼女がなぜ、そこまで星斗会にこだわるのか。
以前に理由を尋ねた時、友人と仲直りするためだと教えられた。
「……うん、頑張ってね。応援してる。ロッタちゃんなら絶対になれるよ」
「ふっ、なれる訳がないだろう?」
二人の会話に割り込む声。
ロッタたちの前に現れたのは、長い前髪で片目を隠したキザな青年だった。
「キミたち魔術師は、1対1の戦いに致命的に向いていない。後衛職は僕ら前衛職に護られていればいいんだよ、特にキミたちのような、子猫ちゃんはね」
「あ、あの、誰ですか? 魔法学科の生徒では、ありませんよね……?」
彼の腰には、鞘に納まった細身の剣。
武術学科の生徒であることは明らかだ。
パーシィが口にした疑問に、彼は快く答えようとする。
「よくぞ聞いてくれた。僕こそはこの学園の貴公子——」
「ダルトン・スリーフィート。武術学科二年B組。星斗会第五席。得意な戦法は細身のレイピアによるスピードを活かした攻撃」
「まいったな。キミ、もしかして僕のファンだったりする?」
名前はおろか、プロフィールや戦法までもスラスラと答えた赤髪の少女。
ダルトンは前髪を掻き上げて平静を保ちつつ、少々驚いた様子だ。
「星斗会のメンバーのデータは頭に叩き込んであるよ。今はまだ無理だけど、いつかやっつけるために」
「……へえ。やっつける、ねぇ。まあ頑張ってくれたまえ」
「ありがと。ほら、行こう、パーシィ」
親友に一声かけて、その場を後にするロッタ。
ダルトンの気取った顔が怒りに歪んでいた様を、彼女は見逃してしまっていた。
「やっつけるぅ……? つまりそれは、僕の地位を、第五席の座を奪うってことじゃないかぁ……!」
そして、彼の性根の曲がり具合までは、ロッタもリサーチ出来てはいなかった。
「わざわざ魔術学科まで何しに来てたのかな、あの人」
「女漁りとか?」
「あの人、人気あるの? 私は好きじゃないなぁ……。それにしても、さっきのロッタちゃんなんだか頭良さそうに見えた」
「むぅ、普段は頭悪いみたいじゃん!」
他愛もない話をしながら、一階へと続く階段に差しかかった時、
ドンっ!
「キャッ!?」
何かに背中を押され、パーシィの体が宙に浮く。
咄嗟に振り向いたロッタは、彼女の背中を押すダルトンの姿を確かに見た。
パーシィの体は成すすべなく階段を転がり落ち、踊り場の壁に叩きつけられてようやく止まる。
「あぅっ……、痛ぁ……っ」
「パーシィ!」
階段を三段飛ばしで駆け降り、親友に走り寄る。
捻挫したのだろう、彼女は右足首を両手で押さえ、目に涙を浮かべていた。
ロッタはすぐに振り向き、階段の上でニヤニヤと笑う軽薄な男を睨みつける。
「あんた……! なに考えてんだ、ダルトン!」
「おっと失礼、たまたま手が当たってしまったようだ」
「たまたま、だって……?」
「そっ、たまたま。わざとじゃないんだ、そんな顔しないでおくれよ」
「そんなの、信じられるか! さっきのが気に入らないなら、なんであたしじゃなくてパーシィを狙った!」
「……はぁ。キミはどうしても、僕を犯人に仕立てあげたいみたいだねぇ。僕を星斗会から引きずり下ろすために、濡れ衣を着せて名誉を傷つけることさえいとわないのか。あぁ、醜い」
「このっ……!」
「やめて、ロッタちゃん……! 私は平気、ちょっと足ひねっただけだから。それよりも、挑発に乗っちゃダメ……! 」
頭では分かっている。
あからさまな挑発だ。
それでも、親友に怪我を負わせられて黙っていられない。
「……許せない。今ここでパーシィに謝って! 土下座して、額を床にこすりつけて謝って!」
「土下座っ! 言うに事欠いて土下座とは! 不慮の事故だと言っているのにそこまで僕を侮辱し、名誉を傷つけたその代償、高くつくよ」
ダルトンは左手の手袋を外し、踊り場のロッタに投げつけた。
「決闘だ! キミが勝てば、罪を認めて謝ってあげるよ。更にキミは、念願の星斗会の一員だ」
「……つまりあたしも、なにか賭けるんだよね。あんたの名誉と地位に見合ったものを」
「その通りさ。しかし参ったねぇ、退学なんて突き付けても面白くないし……。そうだ、これからずっと僕の言いなりになるってのはどうだい? キミを僕のどんな命令にも従う、素敵な奴隷にしてあげるよ」
手袋がひらりひらりと、ロッタの方へ舞い落ちてくる。
これを拾ってしまえば、決闘承諾の合図。
もう後戻りは出来ない。
「さぁ、どうするんだい? 受けられる訳ないよねぇ。さっきキミはこう言った、まだ僕らには勝てないと」
迷う余地なんて、最初から存在しない。
宙を舞い落ちる手袋を掴み、人差し指をダルトンに突きつける。
「受けて立つ! 公衆の面前で、あんたをぶっ飛ばして土下座させてやる!」
「ふふっ、良いだろう。時は一時間後、午後四時三十分。場所は武術学科の校舎前広場。ギャラリーは大勢集めておくよ。僕の雄姿とキミの負け姿を、ファンの皆にたっぷり見せてあげないとね。あははははっ!」
高笑いを残して、彼は去っていった。
決闘を受けたロッタはまず、足を捻ったパーシィに肩を貸して医務室へ。
回復魔法を使える女医が不在だったため、足の捻挫に包帯を巻いて応急手当をする。
「これで良し、もう歩いても大丈夫なはずだよ」
「ありがとう……。それと、ごめんねロッタちゃん。私のせいで大変なことになっちゃって……」
紫色の瞳を不安げに潤ませるパーシィ。
そんな彼女に、ロッタは強気に笑ってみせる。
「パーシィは何も悪くないから。それに勝算がなきゃ、あんな勝負受けないよ。だから安心して」
「う、うん……」
「じゃああたし、決闘の準備してくるから、痛みが引いたら応援に来てよ。じゃ、またね」
軽く手を振り、余裕の笑みを見せながら医務室を後にした。
だが、廊下を歩くうちにその笑顔はどんどん曇っていき、ついには両手で頭を抱えてしゃがみ込む。
「どうしよう……。今のあたしの実力でダルトンに勝てる確率は、10パーセントがせいぜい……。ちょっと無謀だったかなぁ」
調べ尽くしたからこそ分かる。
勝利の可能性は現実的ではない、と。
「でもさ、あんなに言われたら引き下がれないじゃん。あぁ、でも……。あたしのバカバカ……」
今さら悔いたところで仕方ないのだが、つい口から弱音が漏れてしまう。
「いやいや、今は後悔してる場合じゃない。考えろ、勝利の可能性を少しでも引き上げるんだ」
こんなところで負けるわけにはいかない。
負けたらきっと、あの娘と二度と仲直り出来ない。
それと、キザ男の言いなりになるのは絶対に嫌だ。
「よし、まずは部屋に戻ってありったけのマジックアイテムを——ん?」
ふと、廊下の壁に刻まれた紋章に気付く。
エクサス教の翼の紋章、宗教施設でもない学院の廊下にどうして。
不思議に思いながら、手を伸ばして触れてみると、その瞬間、足下に黒い穴が開いた。
「えっ?」
驚く間もなく、ロッタは猛スピードで落下を開始。
彼女が落ちたあと、廊下の穴は何事もなかったように閉じる。
「うわっ、うわあああぁぁぁぁぁぁぁあぁぁっ!?」
螺旋状のスロープを滑りながら、涙目で絶叫。
一体どこまで続いているのか、一分ほど滑った時、視界の先に光が見えた。
「でっ、出口!?」
果たしてその先は、天国か地獄か。
どっちにしてもあの世じゃないか。
冷静に頭の中でツッコミながら、彼女の体はゴールへと放り出される。
「あきゃっ!」
尻もちをついて辺りを見回すと、動くたびにジャラジャラと耳に気持ちいい音が聞こえた。
見たところ、ここは狭い小部屋の中。
見上げれば天井は間近、立ち上がれば頭がつっかかりそうなほど。
そして、小さな金色のメダルが大量に、隙間なく床を埋め尽くしている。
「これ、もしかしてエクサの金貨?」
絶対神エクサが地上にばら撒いたとされる、神の世界の通貨。
一定数集めた者は、神話級の力を持つアイテムと交換出来ると言われている。
家の裏や墓場からダンジョンの奥地まで、世界中の様々な場所に散らばっており、一生をかけて冒険しても二百枚集めるのが精一杯と言われているレアアイテムだ。
そんなものをこんなに沢山、一体誰が集めて、こんな場所に隠したのだろうか。
「……考えても仕方ないか」
何の気なしにメダルを手に取り、じっくりと眺めると、無数のメダルが一斉に光を放つ。
「わっ、わっ、なにこれ、ちょっとなに!?」
そしてロッタの目の前に、
「おめでとう! キミは今、メダル交換の権利を得た!」
白い布を纏った、神々しい女神が姿を現した。