エピローグ:帰ってきたリーズ
春の中頃――――リーズとアーシェラ達が最後の決着に向かったことで、開拓村はずっと静かだった。
だがこの日…………村の西側から、ブロス夫妻の先導で1台の馬車が村に向かってきているのが見えた。
御者台にはリーズとアーシェラが座っていて、向こうも村が見えるや否や、その場に立ち上がって目を輝かせた。
「シェラっ!! 村が見えるよっ! リーズ達、帰ってきたんだねっ!」
「ふふ……本当に長かったね。お疲れ様、リーズ」
「ヤァ村長! ヤアァリーズ! 二人がいない村はすっごく寂しかったんだよーっ! 新しい人達も来たことだし、またにぎやかになるねっ! ヤーッハッハッハッハ!!」
「見て、村の入り口でみんな待ってる」
相変わらずやたら賑やかなブロスと、穏やかにほほ笑むユリシーヌ。
この二人は、帰る旨の手紙を受け取ってから、わざわざ旧街道まで迎えに来てくれたのだ。よほどリーズとアーシェラがいなくて寂しかったのだろう。
「おー、村に来るのも久しぶりだ。変わりないようで何よりだな」
「私たちの家も出来ているでしょうか」
30人の冒険者を護衛するように、最後尾で馬にまたがるエノーとロザリンデ。
ほとんど根無し草のように各地を回っていた二人にとって、開拓村は新たな故郷となる。ここ半年でいろいろあって少し疲れ気味だったので、新しくできた家にしばらく滞在する予定だ。
「ねぇレスカ姉さん。村にずっといるのもいいけど、たまには旅をするのも悪くないって僕は思うな」
「そうだな……フリ坊には、いつかもっと世界の見聞を広げるのもいいかもしれん。もちろん私も一緒だぞ。村の面倒を見れる奴は大勢いるが、フリ坊の面倒を見れるのは私だけだからな」
付き添いという大役を果たしたレスカとフリッツの姉弟も、故郷の村を見てほっと一息ついた。
だが今回の仕事で、引きこもりがちなフリッツも、外も悪くないと思ったのは大きな収穫だろう。
馬車が村に近づいて来る。
門では、イングリッド姉妹が、山羊たちを引き連れて出迎えてくれていた。
「おーーーーい! リーズおねえちゃんっ! やっほー、おかえりーーーっ!!」
「あらあら、ずいぶんと長い旅行でしたわね。これで私も、またしばらく気ままに過ごせることでしょう」
イングリッド姉妹だけでなく、ブロスの一家やディーター達、それに普段は村の外を回っている村人たちまで、全員がリーズ達に向かって手を振った。
「おかえりーっ!」
「おう! やっと帰ったか! パンが焼きたてだぜーーーっ!」
世界の片隅……かつて滅びた王国があった辺境にある小さな開拓村。
そこには、リーズが求めていたすべてのものがあった。
富も名誉も、リーズには必要ない。
愛する人がいて、おいしい食べ物を毎日食べられて、気の置けない仲間と楽しく過ごす。たったそれだけあればいい。
「ただいまーーっ!! みんな、ただいまーーっ!!」
馬車が村に着くと、馬をブロスたちに任せて、リーズは村人たちの中に飛び込んだ。
そして全員とハイタッチを交わし、ミーナを抱きしめた。
「みんな、1ヶ月も留守にしたけど変わりはない? 病気とかはしてないかな?」
「心配いらねぇよ村長! いつ帰ってきてもいいように、みんなで協力してきたんだ!」
「ヤッハッハ! 心配はなかったけど、村長やリーズさんがいるといないとでは大違いだねっ!」
リーズと村長を出迎えた後、彼らはすぐに新たな移民の受け入れ作業を始めた。
この日に備えて、村にはすでに公民館といくつか簡素な空き家が用意できている。彼らにはそこに荷物を置いてもらい、家は必要に応じて各々で増築してもらうことになるだろう。
人口が倍になったことで、新たな問題も出てくることだろうし、喧嘩することも増えるかもしれない。ここからが村長アーシェラと、村長夫人となったリーズの腕の見せ所となるだろう。
そして、この日の午後――――
村の中心にある四阿に、村人全員が集められた。
用意された机の上に、ミルカが村長宅から持ち出してきた「連盟状」を広げる。そして、アーシェラの手からリーズに、ペンが手渡された。
「リーズ、長い間待たせちゃったね。ここに、リーズの名前を書いてほしい」
「うんっ! ありがとうっ!」
そしてリーズは、連盟状の――――アーシェラとミルカの名前の間にある空欄に『リーズ・グランゼリウス ―― 女性』と力強く記入した。
「えっへへぇ~シェラ……大好きだよ。ずっと一緒にいようね♪」
「僕も……リーズのこと、愛してる。幸せになってほしいな」
リーズとアーシェラは、村人たち全員が見守る中、しっかりと口付けを交わす。
周りからの祝福の拍手は、しばらくの間、鳴りやまなかった。
リーズはもう、どこにも帰らない。
帰る場所は、ここにあるのだから。
『勇者様が帰らない』第1部――完――




