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勇者様が帰らない  作者: 南木
第1部:勇者リーズは帰らない
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陥落する最後の良心

 王宮内、いつもの執務室で迎えた夜。グラントは術式ランプの明かりが照らす手元にペンを置き、長い時間酷使して痛む手首をさすった。


「来る日も来る日も、問題が山積みだな。あの頃と同じだ」


 一向に減ることのない報告書には、王都周辺の治安の悪化傾向や、増加の一途をたどる貴族の汚職に、中間管理職の官僚たちが悲鳴を上げているのが見て取れた。

 更には、王宮内でいままで無理やり押さえつけてきた、1軍メンバー内における、貴族出身者と平民から成りあがった実力者の対立も、表面化し始めてきた。勇者リーズがいたころに比べ、王宮内は明らかにギスギスしてきている。「こんな時に勇者様がいれば」と嘆く声も聞こえてくるほどだ。

 そんな状態にもかかわらず、国王や重臣たちが日々をのほほんと過ごす中、グラントはなんとか独りで王国を支えようと虚しい努力を続けている。

 王国は、抱える問題のすべてを、勇者リーズを酷使することで無理やり解決してきた。いや、解決するというよりも、もはや「先送りにしている」状態だ。魔神王討伐で手にした栄光、喜び、感動、そして何より信頼できるパーティーメンバー――――それは今や、過去の遺物になりつつあった。


「あーあ、どうすりゃいいんだろうな……」


 文字を追っていた目が霞む。今日の彼は、本当に疲れていた。

 仕事が一段落して安心したからか、グラントはペンを置いてしばらくうつらうつらとしていたが、冷たい執務机の感覚が、彼を現実に引き戻した。


「やれやれ、たまには早く帰ってやらないと、カミさんが拗ねてしまうな」


 グラントは苦笑しながらそうつぶやくと、立ち上がって伸びをした――――そんな時、執務室の扉が控えめに4回ノックされた。こんな夜更けに来客だ。暗殺者ではないようだが、警戒しつつ扉の外にいるであろう人物に声をかける。


「誰だ、こんな遅くに」

「私だよ」

「ボイヤール…………だと!?」


 なんと、館に引きこもっているはずの大魔道が、グラントの前に現れたのだ。しかも彼は、何か人のようなものを、人形のように引きずってきていたが、それの正体を知ったグラントはさらに驚き、思わずその場から後ずさりしてしまった。


「ちょっと待て……! なんでお前がリシャールを引き摺ってきた!? リシャールは勇者様を迎えに行ったはずだろう!?」

「この状況を見て、頭のいい戦術士さんに私がいちいち説明する必要があるか?」

「いや、大体はわからなくもないが、色々と解せんのでな……リシャールは死んでいるのか?」

「大丈夫だ、まだ生きてる。ただちょっと、頭に血が上ってプッツンしただけ。また起きたら面倒だから、回復しない限りあと2日は起きないだろうよ」


 「そうか」と呟いて、グラントは深いため息をついた。つまり、少なくとも勇者リーズの説得には失敗したことは確実だ。そして、目の前の男が王国を見限ったことも、また確実となった。

 エノーとロザリンデの動向は不明だが、あの二人だけではまともに勇者と大魔道のコンビに打ち勝つのは困難だ。だからと言って自分まで出向けば、王国の機能は短期間でめちゃめちゃになって、取り返しがつかなくなる。


「それとだな、ロザリンデから手紙を預かっている。あいつら、私が見ているだけだったからと言って、ここぞとばかりにこき使いやがる。大魔道は郵便屋さんじゃないっつーの」

「ロザリンデから!?」


 ボイヤールが冗談交じりの口調で取り出した手紙を、グラントはひったくるように受け取り、ランプの光に当てて読み始める。


『グラント・ヘルムホルツ殿

 聖女ロザリンデより、重要なご連絡をお送りいたします。

 勇者様は、王国外の国々の視察をされ、各地の被った被害を見て胸を痛めておりました。平和で豊かな王国とは違い、彼らには救いが必要です。特に、旧カナケル王国はひどい有様で、これらの地域の復興こそ勇者の次の使命であると決意しました。

 私も聖女として、魔神王の傷跡を少しでも癒すべく、黒騎士エノーと共に各地を回ることにいたしました。魔神王を倒してすべてが終わりではなく、むしろ今からが世界平和への戦いの幕開けだと、かつての仲間が言っていましたが、全くもってその通りです。

 勇者様は、今後一度王国にその旨をお伝えすべく国王陛下に謁見する予定ですが、あいにくこれからの季節、旧街道が降雪するため移動がままならないとのことです。

 そこでグラント殿に置かれましては、勇者様の謁見日の調整と、ささやかな歓迎のご用意をお願いしたいのですが、よろしいでしょうか? お返事、お待ちしております。


 ロザリンデ・ヤークトシュロスより』


 手紙を読み終えたグラントは、思わず天井を仰いだ。


(終わった。何もかも…………終わった。私の努力は無駄だったのか…………!)


 ロザリンデとエノーまで、王国を見捨てた。何のことはない、彼らは最初から王国を見捨てる気でいたのだ。リーズを各地を巡る旅に向かわせたのも、リーズを迎えに行ったのも、彼ら自身が王国の頸木から脱出するための周到な作戦だったのだろう。

 そして、この絵を描いたのはおそらく――――――――


「ボイヤール。私は、私が生きているうちに王国が消える姿を見たくない一心で、今まで必死にあがいてきたが…………それも無意味に終わったな。せめて妻と子供たちには、新しい世界で平和に暮らせるよう、守ってやるつもりだ」

「国と心中する気か?」

「ヘルツホルム伯爵家は、王国があったからこそ栄えた。ならば、王国と共に消えるのが自然だろう?」

「いいや、私はそうは思わないな」


 珍しく、大魔道が食い下がってくる。どういう風の吹き回しだろうと首をかしげるグラントに、ボイヤールはニッと意地の悪い笑みを浮かべた。


「グラント……「戦術士」と呼ばれたお前ならわかっているはずだ。なぜアーシェラの奴が、こうも見事に王国へのカウンターを仕掛けられたのかを。確かにあいつは非凡な戦略眼と、扇動能力を持ってるが、それだけじゃ本当は何も動かせないはずだ」

「…………何が言いたい?」

「もう一度手紙を読んでみろ。そして…………すぐに覚悟を決めろ。王国と心中するか、それとも……お前がアーシェラになるか。面白いことになれば、場合によっては、私も力を貸そう」


 ボイヤールの言葉に呆気にとられたグラントは、改めて手紙にじっと目を通した。

 5分……10分……何度読んでも文面が変わるわけではない。その間ボイヤールは、律義にグラントの反応を待っていた。そして…………グラントは手紙から目を上げた。その瞳には、並々ならぬ覚悟の炎がともっていた。


「ボイヤール、ロザリンデに直接伝えてくれ。謁見と歓迎式典は半年後…………春だ」

「やれやれ、今度はメッセンジャーかよ。まあいい、本当にそれだけで何とかするんだな?」

「信用してもらおう」


 グラントの力強い言葉に、ボイヤールは無言で頷くと、そのままリシャールの身体を引き摺って夜の廊下に消えた。

 自分の決断一つで王国の将来が左右される……その事実は彼の双肩に大きくのしかかったが、不思議と悪くない気分だった。


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