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勇者様が帰らない  作者: 南木
第1部:勇者リーズは帰らない
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20日目 勇者

 リシャールが泡を吹いて失神し、その場に仰向けになって倒れると、アーシェラの家は一瞬静寂が支配し、村の空を飛び交う小鳥の声だけが聞こえた。

 だが、すぐにドレス姿のミルカが自然な足取りで居間に入り、高らかに勝利宣言をする。


「皆さん、村長とリーズさんの勝利ですわ」

『イイィィィヤッホオオォォォォウ!!!!』


 ミルカの言葉を合図に、家の周りやいくつかの部屋から割れんばかりの歓声が起きた。それと同時に、アーシェラはまるで糸が切れた人形のように、ふらりと足を崩して、先ほどまで座っていた椅子にもたれかかった。


「シェラっ!? だ、大丈夫!?」

「は……は、は、は! とうとうやっちゃった…………ああ、緊張してちょっと腰が…………」


 リーズが心配そうに抱き着いたが、近くで見た愛する人の顔はむしろ晴れやかで、顔を覗き込んだ彼女の頭を優しく撫でてあげる。どうやらアーシェラは、慣れないことをしたせいで、終わったとたん腰が抜けたのだろう。

 エノーとロザリンデも、かつて見たことのなかった友の雄姿を目の当たりにし、満面の笑みでアーシェラに語り掛けてきた。


「カッコよかったですよ、アーシェラさん。さすが、リーズさんの心を独り占めするだけはありますね」

「おう、ご苦労さん。やっぱりお前はすごいよな」

「ああ……エノー、ロザリンデ。君たちのおかげで、ようやく本当の意味でリーズの隣に立てた気がするよ」

「あ、やっぱバレてた? やっぱこういうことは、お前にはかなわんわ」

「えっへへぇ~、リーズもちゃんと知ってたもんね! 二人が最初からリーズ達に味方してくれるって」

「ふふ、リーズさんにまでバレていたなんて、私たちもとんだ大根役者ですね」


 どうやら、エノーとロザリンデは初めからリシャールに協力する気はなく、むしろアーシェラとリーズの味方をしに来たようだ。しかしアーシェラとリーズは、二人の態度からそのことを見抜いていたらしい。

 笑い合う4人の周りに、外や屋根裏に控えていた村人たちが続々と集まってくる。大仕事を成し遂げた村長を見て、誰もが笑顔でその健闘をたたえた。そして、エノーとロザリンデに向けていた殺気もすっかり消え失せている。


「ヤァヤァ村長! お疲れさんっ! おもわずヤッターって叫びたくなったよ! あ、今叫んでもいいのか! ヤッタアアァァッ!」

「おめでとう村長、私が動く必要がなくてよかったわ」

「私も置物で終わってほっとしたぞ。あんな重い雰囲気は二度と御免だな」

「僕も役に立ててうれしかったな! すっごく緊張したけど!」

「はっはっは! 食い物を粗末にする奴の末路はこんなもんだ! 俺のパンに口をつけなかったことは許してやるが、こいつは二度と飯を食う資格はないな!」

「リーズお姉ちゃん! これでミーナともずっと一緒だよね! ね!」

「うふふ、釣りの基本は、しっかり食いつかせて一気に釣り上げる、ですわ。まさか人間が釣れるとは思っていませんでしたが」


 口々にそう語る村人たちと、リーズはハイタッチを交わし、アーシェラは握手を交わした。自分たちを心の底から見下す態度を隠さず、リーズと村長の間を引き裂こうとした「公子」と言う名の悪魔は、見事に成敗された。それは、形はどうであれ、一地方の開拓村が王国に勝利した瞬間でもあった。

 はっきり言って、負けようがない戦いではあった。この勝利に、さほど価値はないのかもしれない。だが村人たちにとって、協力して敵に打ち勝ったことが、何よりも喜ばしかったのだ。


 だが、そんな祝賀ムードの中に、突如として予想外の訪問者が現れた。


「おーおー、とうとうやったな。おめっとさん」

「うはっ!? ボイヤール?」


 エノーの後ろから、ボイヤールが音もなくヌッと現れた。エノーは驚きの余り変な声を出し、おもわず槍を振り回しそうになったが、直前でリーズが止めた。


「もうボイヤール、どっかで見てたでしょ!」

「おうよ、一部始終見てた。長い間生きてきて、久々に面白いものが見れた」

「ボイヤールおまえ……お前なぁ!」

「なんでここにいるのか? この村にワープ地点作ってあるからに決まってんだろ」

「あ、師匠(せんせい)! お久しぶりです!」


 そう言ってフリッツが、ボイヤールに駆け寄って挨拶をする。以前は弟子を取らない主義だったボイヤールだが、いつの間にか方針転換したようだ。しかもそのワープ地点は、フリッツとレスカの家にあるらしい。

 これにはエノーも開いた口が塞がらない。自分たちがわざわざ旧街道を突破した苦労は何だったのか、問い詰めたい気持ちでいっぱいだった。


「で、アーシェラ。約束通り、この生ゴミを回収すりゃいいんだな?」

「ええ…お手数ですが」


 そう言ってボイヤールは、床に倒れて白目を剥く貴公子を一瞥する。

 アーシェラとボイヤールが裏でつながっていたことは、エノーとロザリンデがロジオンの家に行ったときに判明している。そのことに今更驚きはしないが、まさか行き来するほどの親交があったとは思わなかった。

 なのでロザリンデが…………ここで何か思いついたようだ。


「あの、ボイヤールさん。せっかくなので、私からもお願いしたいことがあるのですが」

「おいおい待ってくれ。私は便利屋じゃないんだ。頼むならそれ相応の対価よこせよ?」

「それほど急ぐことはないではありませんか、せっかくなのでアーシェラさんのお料理を食べながら「この後のこと」について、話し合いませんか?」


 さらっと大仕事を終えたアーシェラに、次の仕事を押し付ける厚かましさに、アーシェラは思わず呆れてしまった。だが、アーシェラはゆっくりと立ち上がり、厚ぼったいローブを脱いで椅子に掛けた。


「僕が料理を作るのは確定事項なのか。大したものは作れないけど、さっきのお昼は台無しだったからね。またリーズと一緒に作り直すよ」

「今度は誰にも文句を言わせないお料理を作って見せるもんね!」


 こうして村長宅では村の勝利を祝して、アーシェラとリーズの手で料理が作り直されることになった。それと同時に、奇しくも(約一名を除く)勇者パーティーの最前線実力者が集まったことで、この後の王国への対応について話し合いがもたれることになった。

 そんな中、ごみのように放置されたリシャールは、ボイヤールから改めて深い昏睡魔術を掛けられ、彼が改めて持ち帰るまで、目覚めることなく適当な場所に放置された。


 勇者リーズの帰るべき場所は、やはりこの村になる運命だったのだろう。

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