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勇者様が帰らない  作者: 南木
第1部:勇者リーズは帰らない
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20日目 愛情

 リーズにして欲しいこと――――それは、ある意味アーシェラにとっては今まで鬼門ともいえた問いかけである。アーシェラにとってリーズは親友だが、それ以上に崇拝の対象であり絶対的な存在だった。だから、リーズに対して「何かしてほしい」と言うことすらおこがましいと考えていた。

 自分はリーズに対して、望めば何でもしてあげられるが、その対価が欲しいと思ったことは一切ない。その気持ちは今でも変わらないのだが―――――アーシェラは、昨日の告白を通して、はっきりと分かったことがある。


「まずは……リーズにはずっと笑顔でいてほしい」

「っ!」


 隣にいたリーズの顔が赤く染まる。剣は敵に突き付けたままだが、リーズの視線は惚気の言葉を紡ぐアーシェラの口に釘付けになった。


「毎日健康で元気に過ごしてほしいし、僕の作った料理をおいしいって言ってたくさん食べてほしい。そしてなにより、リーズはリーズらしく、ずっとずっと幸せに……過ごしてほしい。ああ、そうだ。できれば僕に、遠慮なくたくさん甘えてほしいな。してあげたいことは山ほどあるけど、絶対にしてほしいのはこれくらい…………かな?」

「シェラっ! 好きっ! 大好きっ! リーズ絶対に幸せになるっ! 絶対毎日シェラに笑顔を見せるのっ! シェラ、愛してるぅっ!」


 感極まってしまったリーズは、目の前にいる敵の存在をすっかり忘れ去り、剣を手放した。

 そして、とても幸せそうな表情でアーシェラに抱き着いてその身体に頬擦りをした。この日セットしたお化粧がまたしても落ちていく。立派な服にお化粧がついてしまうと洗うのも大変そうだが、アーシェラは気にすることなくリーズの頭を優しく撫でる。

 緊迫した室内が一気に桃色一色に染まった衝撃に、リシャールは完全に固まってしまい、エノーとロザリンデも逆に恥ずかしくなって頬が紅潮しはじめた。


(かなわんな…………男として、まったく勝ち目がねえ…………)


 特にエノーは、親友のあまりの器の大きさに、本能的に敗北を悟ったほどだった。

 彼もかつてはリーズに惚れていたことはあったが、ここまで差があるともはや笑うほかない。


「あ………ぁ…………ふ、ふ……ふふ…………」


 リーズとアーシェラのラブラブぶりを見せつけられてたっぷり1分ほど固まっていたリシャールは、失いかけた意識がようやく戻ってきたのか、体を徐々に震わせ…………噴火するような怒りで拳をテーブルに叩きつけた。


「ふざけるなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ! きさまあぁぁっ! いい加減にしろよっ! 今すぐに俺のリーズから離れろぉっ!」

「いい加減にするのはお前の方だ、リシャール」

「なっ!? てめっ!?」


 先ほどまでの丁寧な言葉遣いから一転、アーシェラは急にリシャールを呼び捨てにし始めた。

 リーズを守るようにぎゅっと抱きしめる彼の背後では、青白く氷のように冷たい炎がめらめらと燃えががっていくように見える。その表情は冷めきっており、相手を見つめていながらも、どこか遠くを見ているようなその眼は、敵に対する対抗ではなく、卑劣な罪を犯した罪人を見下すそれであった。


「お前にはリーズを幸せにすることは絶対にできない。お前のような人たちがいる限り、王国に戻ればリーズは一生幸せになれない」

「何を言うかっ! お前が言うその程度のこと、俺にだって簡単にできる! 俺には家柄も、金も、能力も、美貌もある! リーズを幸せにできるのは俺の方だっ!」

「無理だよ。そもそも、リシャールはさっき「君の手料理も食べたい」とか言ってたのに、少し食べただけでその「好きな人」の料理を「豚の餌」とか言って捨てたよね。そんなことされて喜ぶ女の子なんて、いないからね」

「は? 貴様、何を言って……………っ! ま、まさか!?」


 リシャールは、慌てて自分の足元を見た。そこには相変わらず、クリームシチューとその具、それに靴で踏みにじったハンバーグ「だったもの」がぶちまけられていた。


「せっかくリーズが作った料理を捨てるなんて、最低っ!」

「それ以前にさ、誰が作ったものであれ食べ物を粗末にするのは人として最低だ。普通の人なら親からきちんと教わるのに。それとも王国の貴族は、親から教わるのはフォークとナイフの使い方だけなのかい?」

「そのこぼしたシチューと、潰したハンバーグを元に戻さないと、リーズは一生許してあげないからねっ!」

「あ………‥あわわ!!」


 自分がとんでもないことをしでかしたと、リシャールが気が付いたときにはもう遅い。彼は錯乱し、慌てて足元に落ちたシチューやハンバーグを食器に戻そうとするが、いくらなんでも不可能だ。

 リシャールの無様な様子は、見ていた村人たちによほど印象に残ったのか「捨てたシチューは皿に戻らない」という諺として、後世永遠に語り継がれることになる。


歳ですかね。アーシェラのセリフを書いてたら、ちょっとウルっと来ました。

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