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勇者様が帰らない  作者: 南木
第1部:勇者リーズは帰らない
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19日目 丘

2話目の更新です。

 リーズとアーシェラが向かう西の平原の丘は、開拓村から歩いて40分ほどの距離にある。

 雨期になると冠水するこの低地帯は、アーシェラ達が川を浄化するまで草木の生えない荒地であったが、自然の再生力によってようやく草が生えてきていた。

 いずれはこのあたりも、放牧ができるほど草が生えてくることだろう。

 

 しかし、雨期に冠水しない高い丘などでは林や植物が残っている。

 今回二人が目指す丘も、雨期に毒の川によって汚染されなかった場所の一つだった。


「わああぁぁぁ! すごい、お花畑だ!!」

「ね、凄いでしょう。僕も初めて見た時は驚いたよ、こんなきれいな場所がまだ残っているんだって」


 リーズが見たのは、丘の頂上を覆うように一面咲き誇る、白と青の小さな花の群生地だった。

 秋も中頃になり、少しずつ寒くなってくるこの季節にあっても、小さな花たちは力強くその顔を空に向かって広げ、時折吹く風にも負けることなく優雅に佇んでいた。


「う~ん! まるで天然のじゅうたんみたいっ!」


 リーズは一度アーシェラの手を放し、花畑に背中を預けて寝転がってみた。せっかく咲いた花を背中に敷いてしまうのは少し申し訳なかったが、呼吸するたびに花のいい香りが彼女の鼻を楽しませる。


「ねぇねぇ! シェラも一緒に寝転がろうよっ!」

「ふふふ、もちろんここもいいけれど、頂上はもっとすごいよ。向こうに村の人たちが頂上に登るために踏み固めた上り道があるからそっちで一緒に楽しもうよ」

「うんっ! そだねっ!」


 この場所を最初に見つけたのはブロスだった。一時期はブロスとユリシーヌの秘密の逢瀬場所だったが、よりによってミルカに知られてしまったため、今では少し遠いが村人たちの共有の場となってしまっている。

 もっとも、ブロス夫妻はその後別の場所に、また二人だけしか知らないスポットを見つけたようだが。


「さあ、ついた。見てごらん、空が近くなったように思えない?」

「そうだね、シェラ。ここで星を見れたら、すごくきれいなんだろうなぁ」


 二人が踏み固められた細い道を上ると、頂上には四人くらいが一緒に座れそうな広さの空き地があった。

 周囲より一際高い丘から見下ろす景色はまさに絶景で、太陽が沈みゆく地平線まで続く平原がここからは一望できた。上を見れば、アーシェラの言う通り心なしか空が近くなったような気分になり、周りを見渡せば一面が花の絨毯だ。


「えっへへぇ~、シェラと初めてのデートで、ここに来てよかった♪ でも、なんだか不思議だよね。リーズとシェラの二人きりで、一緒に歩いて、一緒に景色を楽しむのは初めてなのに…………なんだか初めてのような気がしなくて」

「ホント、なんでだろうね? リーズが一緒にいるのは、当たり前ってわけじゃないのに」


 リーズとアーシェラは、持ってきた敷物を敷いて、その上に靴を脱いで座った。

 もちろん二人は、こうして彼らだけでデートをしたのは初めてだ。昔のパーティーで冒険した時は、いつも5人一緒だったし、魔神王討伐の旅では二人で一緒にいられた時間は殆ど無かったはずだ。

 なのに今の二人は……まるで以前からそうだったかのように、お互いが傍にいることが当然のように感じてしまっている。そして、そのことがおかしな関係だと薄々感じてはいるのだが……それが悪いことだとは微塵も考えていない。


「ね、シェラっ! 星が降るのを見て心を満たす前に、リーズはお腹を満たしたいっ!」

「そうだね。いつもならそろそろ夕食の準備をしてる時間だけど、暗くなる前に食べちゃおうか」


 相変わらず食いしん坊のリーズが「花より団子」になる前に、二人は夕ご飯を摂ることにした。

 アーシェラが持ってきたバスケットの中には、ゴマを塗って焼き上げた生地に、キュウリとトマトと厚切りハムを挟んでロール状にしたバゲットと、これまた焼いた生地に挽肉とチーズを詰めた三角形のミートパイ、いつ食べても飽きない黒酢漬けの人参サラダに、オレンジやブルーベリーのドライフルーツなどがぎっしりと詰まっていた。これらの料理は、一部リーズも作るのを手伝っている。

 あとは、リーズが背負ってきた鞄に入っていた二つある保温ポットの一つから、アーシェラ特製のハーブティーをコップに注げば、夕食の用意は万全だ。


「リーズ、少し風が冷たくなってきたから、念のため毛布を羽織っておこうか」

「ありがとシェラ。まだ膝に掛けるだけでいいけど、寒くなってきたらシェラと一緒に温まるもんね」


 カリッと焼かれたバゲットは、冷めても十分においしく、ゴマとキュウリとトマトとハムの味が絶妙にマッチしていた。挽肉とチーズのミートパイも冷めてもおいしいが、リーズが炎魔術で手のひらに小さな炎を燃やして、じっくり炙って温めれば、よりおいしく食べられる。


「ねぇシェラ、こんな風に外で食べるのも久しぶりだねぇ」

「うん……冒険してた時は、よく焚火を囲んで食事をしていたね。初めは僕もまだ未熟だったから、あまりおいしいと言えない簡単な保存食や携帯食料をみんなで我慢しながらもそもそ食べてたっけ」

「でもシェラは少しでもおいしく食べられるようにって、色々と考えてくれてたよね。リーズたちは、シェラのおかげで、食べるのが楽しみになってたんだよ」

「本当は依頼に追われていない時に……それこそ、自分たちのための冒険で、5人で気楽に食事を出来たらよかったんだけどね」

「5人で……気楽に、か……」


 小さな陶器の壺に入っている人参の黒酢付けをシャリシャリと咀嚼するリーズは、なぜかアーシェラの「5人で一緒に」という言葉が胸に響いた。


(そういえば……リーズには忘れていることがあるんだっけ。なんだかデートが楽しすぎて、そのことも忘れそうだったなぁ)


 昔は嫌いだった人参が平気で食べられるようになったのは、アーシェラのおかげだ。リーズはそんなことも忘れていたが、大切なことはもっと他にある気がした。そして、それを思い出さない限り、リーズは前に進めない気もした。

 しかし、時間は止まってくれない。陽は完全に沈み、細い三日月と星の光だけが世界を照らす明りになる。


「あっ! シェラ、今流れ星が!」

「僕も見えたよ。そして、これからもっとたくさん見れるはず」


 リーズは、改めて隣に座るアーシェラに身体を預けて、その手に持つミートパイを齧りながら夜空を眺める。

 どこまでも広がる満天の夜空に、一筋……また一筋、星が流れていった。


ちなみに、今回の料理はレバノン料理を参考にしています。

https://www.nicovideo.jp/watch/sm34141009

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