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勇者様が帰らない  作者: 南木
第1部:勇者リーズは帰らない
38/153

17日目 切欠

「私はほかの人がどう思うとか、どうでもいい。でも、ブロスが喜ぶなら話は別」


 淡々と無表情に惚気の言葉を語るユリシーヌに、ほかの4人は唖然とした。まさかこの人が真っ先に食いつくとは思いもよらなかったのだ。そして、4人の反応がおかしいと感じたユリシーヌもまた、首をかしげる。


「……? 私、何か変なこと言った?」

「い、いや……そんなことはないよっ! ううん、むしろゆりしーの思いがすごく強いんだなって、驚いちゃった」

「確かに、言われてみればそうであるな……。別に礼儀とかのためじゃなくても、身近な人に喜んでもらうだけでも、十分な理由になるわけか」


 ユリシーヌの思い切った言葉は、普段化粧しないリーズとレスカに自分のことを振り返らせるのに十分な力があったようだ。

 もちろんリーズが思い浮かべるのは――――アーシェラただ一人。

 アーシェラはきちんとリーズを一人の女性として扱ってくれてはいるが、リーズがさんざん甘えるせいで子ども扱いされることもしばしばある。


(リーズは結局昔から変わらなくて……シェラはそれを全部受け止めてくれたけど……)


 リーズが今以上に綺麗になったら、アーシェラは喜ぶだろうか。リーズの想像は加速する。

 ほかの人がリーズをどう見るかは全く興味ないが、アーシェラがリーズを見てドキッとして、顔を真っ赤にして綺麗だと言ってくれるならば、彼女自身も嬉しさのあまり舞い上がってしまいそうだ。


「あらあら、リーズさんもレスカさんも、好きな人が喜んでるところを想像してしまいましたか♪」

「え!? ちょっ!? リーズは、そのっ!」

「ば、馬鹿を言うな! フリ坊は私の弟――――のようなものなのだから!」

「お姉ちゃんたちってわかりやすいよね……」

「語るに落ちたわね、レスカ」


 リーズとレスカは面白いくらい盛大に自爆した。

 だが、リーズは無意識に自分に攻撃の矛先を向けさせるまいと思ったのか、ここぞとばかりにターゲットをレスカに定めた。


「ところでレスカさん、フリ坊ってレスカさんの家に一緒に住んでるフリッツ君のことだよね? あの子は弟じゃないの?」

「い、いや……あれは、そのっ……弟だけど、弟じゃないというか……」

「レスカさんの代わりに私が説明しますわね。フリッツ君……本当はフリードリヒ君というのですが、あの子はレスカさんとは血のつながりはありませんわ」


 村の守備役レスカの家には、フリッツ(本名フリードリヒ)という男の子がいる。

 彼はまだ14歳という若さではあるが、村でたった一人の魔術師であり、レスカに並ぶために毎日必死に魔術の訓練をしている努力家だ。

 リーズも何度か顔を合わせたが……確かに彼はレスカの弟と言われるわりにはあまり似ていない。

 アーシェラと同い年で、圧倒的に長身で鴉のような艶やかな長い黒髪を持つ、ユリシーヌとは別方向のクールビューティーなレスカとは対照的に、金髪で背が小さく内向的でまるで、小動物のような雰囲気のフリッツ。血のつながりがないと言われれば確かに納得がいく。


「まだ話していなかったかもしれないが、私はかつて冒険者としての経験を積んだ王国の騎士だった。私がフリ坊と出会ったのは、あいつの親から護衛依頼を受けた時だったな」


 この世界では、騎士が経験と功績を積むために冒険者活動をすることは比較的ポピュラーで、レスカのような、自分の腕に自信があるが家督を継ぐ可能性が低い貴族の子女は、特にその傾向が顕著だ。

 そして、貴族側も護衛依頼をするならどこの馬の骨とも知らない平民より、貴族出身の騎士冒険者に護衛してもらった方が安全ということで、その需要はひっきりなしだった。


「依頼自体はよくあるものだったし、報酬も悪くなかった。内容は……病気がちな長男を療養所まで護衛。だがこの話には裏があった。依頼の真意を知ったとき……私は内心、依頼主をこの場で殺してやろうかと思ったよ」


 そう言ってレスカはとても苦い顔をした。その表情にリーズは圧倒され、思わずごくりと唾をのんだ。

 茶会の雰囲気はどんどん暗くなるが、それでもレスカは泥を吐き出すように、淡々と過去を語った。

 彼女の受けた依頼の真の目的は、長男フリードリヒを事故に見せかけて殺すこと。かつて当主だった夫を亡くし再婚した夫人は、再婚相手との間に生まれた次男を将来の跡継ぎにしたかったのだ。

 護衛任務は、場合にもよるが不慮の事故があった場合 (例えば船が難破したとか)、失敗を免責されることがある。しかし、貴族たちはそれを逆手にとって身内を殺害することをしょっちゅうやっていた。

 もちろん依頼を受けた冒険者が口を滑らそうものなら、逆に依頼失敗の責任を追及される。言わなければ後でこっそり口止め料が支払われるので、冒険者も損はしないはずだ。


「ひどい…………フリッツ君が、親に殺されそうだったなんて……!」

「こんな私でも、子供はかわいいと思うのに。彼らは元暗殺者にすら劣る外道ね」

「ああ、確かに私は依頼を完ぺきにこなすと評判だったし、決して任務に私情を挟むことはなかった。だが奴らは……私に人間の心がないと勘違いしていたようだ」


 結局レスカは…………フリッツを連れて王国外に逃走した。

 生きることに不器用だった彼女は、依頼人に「始末した」とうそをつくことも、ほかの敵対貴族にひっそり情報をリークすることもせず、生まれた家や騎士としての名誉も何もかも投げ捨てて逃げたのだ。

 追手が迫っているかもしれないと思いながら過ごす日々。しかし、虐待されてボロボロだったフリッツのためにも、彼女は必死に生き抜いた。


「結局追手が来ることはなかったが……この開拓団に逃げ込むまで、日々生きた心地がしなかった。村長には本当に感謝しているよ」

「うっ……ぐひゅっ。レスカさん…………フリッツ君……本当に、大変だったんだねっ」


 初めて知ったレスカとフリッツの壮絶な過去に、リーズは涙を抑えきれなかった。そして、アーシェラが彼女たちを助けたということも、リーズはとても誇らしかった。


「ははっ……なんだかしんみりさせてしまったな。まあ、そんなわけで……私にとってのフリ坊は、何物にも代えがたい存在なんだ。あいつが喜んでくれるなら…………確かにきれいになるのも、悪くないかもしれんな」

「そうだよっ! きっとフリッツ君も、レスカさんが綺麗になったらびっくりして喜んでくれるよ!」

「あらあら、皆さんやる気になってきましたわね。服はすぐに用意することはできませんが、お化粧でしたら私がとっておきのお手伝いができますわ。試してみませんか?」


 ミルカの提案に、リーズとレスカ、ユリシーヌは強く頷いた。

 女性だけの茶会はまだまだ盛り上がる。


フリッツといえば、あの「フリッツ親父」ことフリードリヒ大公を思い浮かべますが、フリッツ君だとアメリカのナチ党指導者「フリッツ・クーン」みたいで、なんか小物臭がする不思議。

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