10日目 夜明
空はまだ暗く、東の山の向こうだけ薄っすら明るくなったばかりの頃……
村の中心にある四阿 (※屋根と柱だけで壁がない建物のこと)に5人の人が集まった。
「皆様、この度はお集まりいただきありがとうございます」
「ふぁ……こんなに朝早く起きたのいつぶりかなぁ…………」
「さすがの僕も、なかなかこんな時間に起きられないなぁ」
彼らの中心にいるのはリーズではなくミルカだった。
以前リーズがあったときのような紺の農作業服ではなく、どこか気合の入った黒色のコートを羽織っている。
一方でリーズとアーシェラは、まだ夜も更けていない時間に起きたものだから、若干眠そうな顔をしている。それでも、リーズはアーシェラの家に来たときと同じように、しっかりと軽めの鎧とサーコートを着用し、アーシェラも珍しく昔着ていた頑丈なローブを着てきた。
「ヤーッハッハッハ! まあ仕方ないよね、村長は村で2番目に遅く起きる大人なんだしぃ」
「シェラで2番目に遅いって……」
リーズから見てかなり早起きしていると思っていたアーシェラですら、この村ではかなり遅起きだというのだから驚きだ。
ブロスも狩人に酪農と朝早くから仕事があるし、ミルカの妹ヘルミナですら、日が昇る前に起きて仕事をする。ちなみに、今日この場にはミーナはいない。そのかわり、迷彩柄のローブを着こむブロスの横に、リーズが初めて見る女性がいた。
「ブロスさん、この人は?」
「ヤァ、紹介しよう! 私の妻のユリシーヌだっ! 気軽にゆりしーって呼んでやってよ!」
「……よろしく」
ブロスの隣にひっそりと立つ小柄な女性が、つぶやくような声であいさつをした。
黒いおかっぱの髪の毛に、やや痩せ型の体をブロスとお揃いの迷彩柄ローブで身を包んでいる。顔は一見するとどこにでもいそうな特徴のなさそうな顔だが……その顔には表情がほとんど現れていない。そして、眼光だけが一際鋭く、見つめるだけで物を斬りそうだと思えるほどだ。
「ゆりしーは無口だけど、話してあげると喜ぶから、仲良くしてほしいなっ」
「そうなんだ。リーズだよ、よろしくねっ!」
ユリシーヌは極端に口数が少なかったが、リーズが手を出すと素直にうなずいて、握手を交わした。
「ふふふ、顔合わせは済みましたか? そして、武器は持ちましたか?」
「武器」の言葉と共に、5人は一斉に釣竿を掲げた。
「結構。リーズさんには来たばかりで申し訳ありませんが、今日はガチンコで行かせていただきますわ」
「ヤァヤァ、ミルカちゃん、がんばってっ! 勇者様の前を歩ける機会なんてそうそうないよっ!」
「そういえばリーズが人の後ろを歩くの、久々かも」
「リーズは王宮でも、案内の兵士より前歩いてそうだからね」
「え、なんでわかるの!?」
「ふふふ、これは私もうかうかしていられませんわね」
こうして5人は、ミルカを先頭に釣竿をもって村を出発した。これからリーズたちは、村の北を流れる川の上流を目指し、そこで本格的な魚釣りを行う。
リーズは村に来てから何度も村の外を歩いたことはあったが、数日前にブロスとアーシェラと共に狩に行ったとき、森の中を歩いたくらいがせいぜいだった。だが今回は、村を遠く離れ、北の山を目指す。その道のりは片道で5時間もかかるという。
「ねぇシェラ、なんだかまたあの頃に戻ったみたいだね」
「あの頃か……すっかり顔ぶれは変わったけど、僕を含めて5人っていうのは確かに久々だ」
「せっかくですから私たちにも、リーズさんのお話聞かせていただけませんか?」
「ヤァ、それは私も聞きたいな」
「う~んとね、じゃあリーズが冒険を始めようとした頃の話なんだけど――――」
目的地に行くまでの間の道のりで、リーズは自分が冒険に出たきっかけと、初めの頃の苦労話を面白おかしく周囲に語った。
リーズは話しているうちに、やっぱり徐々に前に行ってしまい、いつのまにかミルカを追い越して先頭になってしまっていたが、向かう方角が分かっているのでミルカも気にすることなくリーズの話を楽しんでいた。
アーシェラも自分の失敗話を含めて、駆け出しのころのあれやこれを語っていたが……内心では、若干気がかりなことがあった。
(リーズは……ここに来てから魔神討伐に乗り出した頃の話や、王宮での生活の話を全然しない…………考えすぎだろうか)
アーシェラと二人きりの時によく語り合うのは、リーズがここ1年で仲間のところを巡った旅の話と、初期パーティーで冒険していたころの話ばかり。
他の人と話すときは、大抵話題はアーシェラが一緒にいたころのエピソードばかりだ。
もしかしたらアーシェラを気遣っているのかもしれないが……
(話を切り出せない僕も悪いのかもしれないけど)
人は大抵、自分が一番活躍し、栄達を極めたころの話をするものだ。
本来リーズにとって、仲間と共に魔神王を撃破し、世界に平和をもたらしたことこそ、最も誇れる栄光のはず。
なのにリーズが語る話は、まるで自分が勇者などではなく、引退した冒険者のようだった。
アーシェラにとってはうれしいはずなのに、心が痛む。
彼は再び失うのを恐れている。寄り添う心が大きくなればなるほど、痛みは増すのだ。
勇者リーズは、いつか帰ってしまうのだから。




