8日目 午後
リーズがアーシェラの家に来てから8日目。
この日の午後、珍しくアーシェラの家に来客があった。
「オッス村長! 邪魔するぜ!」
「ヤァ村長! ヤアァ村長っ! お届け物でーっす!」
扉を開けていないにもかかわらず家全体に響き渡る大きな声と共に、ブロスとその父デギムスがやってきた。
彼らの後ろには、人を並べて4人運べるくらいの木製リヤカーがあり、荷台には折りたたまれた分厚い平板と幅広の羽毛布団、それに竿のようなものが2本積まれていた。
「ブロス、デギムスさん、わざわざありがとうございます」
「なになに? 何が来たのっ」
「この前頼んだ簡易ベッドが完成したんだよ」
荷物を積まれたリヤカーを見たリーズは、さっそく興味津々に羽毛布団に触れてみた。
「なにこれ、すごいっ! ふわっとしてる!」
「ヤッハッハ! すごいでしょっ! イングリッドさんとこのヤギの毛と鳥の羽を混ぜてあるんだっ! これ一枚で冬を過ごせるくらいあったかいんだからっ!」
そのさわり心地はまるでマシュマロのようで、触れるリーズの手が優しく包まれる。
この布団で寝ることができれば、素敵な夢が見られそうだ。
「シェラ、この折りたたまれた板は寝室に運べばいいの?」
「そうだね。強化術を掛けるから一緒に運ぼうか」
アーシェラがリーズと自分に単純に力持ちになる強化術を掛ける。それなりに質量がある簡易ベッドの土台を荷台から降ろすと、二人で端を持ち、壁にぶつけないよう慎重に運び入れた。
この簡易寝台は実はさほど重量はなく、その気になればリーズ一人か、あるいは強化術を掛けたアーシェラ一人でも十分運べるのだが、せっかく二人いるのだから助け合って運んだ方が確実だし、なにより――――
(二人でベッドを運ぶなんて、なんだか新婚さんみたい♪)
庶民が読むような小説では、新婚の描写に「二人で自分たちの家にベッドを運び込む」というシーンがよくある。ベッドは、それだけ夫婦にとって神聖な場所になっていることがよくわかる。
そしてリーズは、当然のようにアーシェラと一緒に寝る場所と認定しているようだ。
ところが、運び込む前に一つだけ問題が発生した。
「ちょっとブロス……それにデギムスさん、僕も今気が付いたんだけど…………このベッド、頼んだものより大きいんじゃないかい?」
簡易ベッドが部屋に入らなかったのだ。
いや、正確には部屋自体には入るのだが、畳んだ簡易ベッドが元々あるベッドのせいで開かないのだ。
そしてその原因はすでに分かっている。
「おかしいな。僕は一人用を発注したと思ったんだけど。これどう見ても二人寝られるよね」
「や~ッハッハッハ、チョットナニヲイッテルノカ、コレガワカラナイ」
「ほら、その、あれだ! 大は小を兼ねるって言うだろ! でっかいことはいいことだろっ!」
アーシェラが怒った。
アーシェラは怒るときは笑顔になるくせに、額に怒りマークが現れるから恐ろしい。どうやら彼にとって、どんな理由であれ勝手に注文した内容を変えて納品したのがどうしても許されないようだ。
そもそもアーシェラは、リーズがベッドを占領する間に自分の寝床を確保し、なおかついざとなったら客用になるように折りたためる物を頼んだのだ。
どうもブロス親子はリーズとアーシェラの仲を見て、気を利かせたのだろうが…………彼らはアーシェラが仕事には妥協しない性格なのを失念していた。これがまだ完成前に「二人用にする」といっていれば、アーシェラも渋々ではあるが承諾したかもしれないが…………
「まったく、なんで簡易ベッドを頼んだのかわかってなかったようだね。二人とも、依頼主に許可を取らないで勝手にアレンジしちゃだめだよっ!」
『すんませんでしたっ!』
「し、シェラッ……その、もう許してあげよ、ね?」
ブロス親子がそろって頭を下げ、リーズが宥めたことでようやく落ち着いたアーシェラ。
かつてパーティー内で物資と資金の管理をしていた彼は、こういった些細なことに細かい傾向がある。
かつてリーズも「それくらいで」と言ったことがあったが、逆にアーシェラから管理の大切さについて小1時間説教されてしまった。
そのせいで拗ねてしまったこともあったが、今ではアーシェラが言っていたことの大切さをよくわかっている。些細なことを許していくと、いずれどこかで大きな綻びが起きるのだから。
「まぁ……せっかく作ってしまったものを壊すわけにはいかないし、そこまで細かく契約してなかった僕も悪かったよ。でも、これからはきちんと前もって言ってほしいな」
「ヤァ、ホントごめんよ。このベッドは納屋に運んでおくからさ」
こうして、簡易ベッドを入れるはずが、いつの間にか立派な折り畳み式ベッドが寝室に堂々と居座った。
前のベッドは納屋に運ばれ、新しいベッドにはマットと毛布が敷かれた。なにはともあれ、今まで窮屈だったベッドにかなりの余裕ができた。
「えっへへ~、ねぇシェラ、夜が楽しみだね♪」
「広くなったからって言って蹴らないでね」
「蹴らないってばっ!」
「ヤッハッハ! 気に入っていただいて何よりっ! それとリーズさんに村長、これも忘れないでくださいねっ」
ベッドを運び終えた二人だが、リアカーの荷台にはまだ手を付けていない物がのこっている。
見た目は穂先のついていない槍のようだが、側面には糸が付いていて、巻き上げ機構もある。
「あっ! これ、もしかして!」
「新しい釣り竿ですよっ! いや~、まさかあのミルカちゃんに釣り勝負を挑む日が来るとはねっ!」
リーズが改めて釣竿を手に取った。
昨日作った即席の釣り竿と違い、厳選された木の枝をきっちりと加工し、ニスを塗って全体が黒く仕上がっていた。
振れば鞭のようにしなる竿に付随する糸は、蜘蛛の魔獣からとった糸を紡いでおり、リーズが思い切り引っ張っても耐えられる。
「これが、リーズの……武器!!」
かつて聖剣を握っていたその手にあるのは、特注の釣り竿。
しかも、アーシェラとおそろいだ。
「シェラっ! 絶対大物を釣ろうねっ!」
「もちろんだとも」




