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勇者様が帰らない  作者: 南木
第1.5部:過去という名の重し
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いつか来た旅路

 グラントからの返答の手紙を受け取った翌日、エノーとロザリンデはかねてから言っていた通り、開拓村を後にして再び山向こうに戻ることになった。

 リーズとアーシェラは、最後まで二人が旅立つのを寂しそうに思っていたが、引き留めることはせず、きちんと旅に必要な物資を用意して送り出してくれた。


「じゃあね! 二人ともっ! 春になったらまた会おうねっ!」

「おう、余裕があったら手紙も書くからな!」

「あんまりアーシェラさんを困らせちゃだめですよ」

「ヤアァ出発かいお二人さん! そんじゃ、ゆっくり私についてきなっ! 気を付けないと、どこかのおっちょこちょいみたいにケガしちゃうからねっ! ヤーッハッハッハ!」


 二人は最後にリーズとハイタッチを交わすと、ブロス夫妻が先導する馬にまたがる。

 そして、いつの間にか親しくなった村人たちがずっと手を振って見送ってくれるのに合わせ、二人もまた村の門が見えなくなるまで……手首が千切れ飛ぶのではないかという勢いで、手を振り返した。

 王国から脱出するときはやけにあっさりしていたというのに、3日滞在しただけの開拓村には、大きな愛着を持ってしまったようだ。


「ヤッハッハ! 私たちの村をすっかり気に入ってくれたようだねっ!」

「そうですね。これで私たちの家があればもっといいのですが」

「呆れた。聖女様は意外と面の皮が厚いのね」

「あら、聖女様なんて呼ばずに、ロザリンデと呼んでくださいな♪ リーズだって、もう勇者様なんて呼ばれていないのでしょう?」


 あれだけお堅い雰囲気をまとっていたロザリンデも、今ではこんな軽口を飛ばすまで性格が軟化している。これも、神殿の外の世界に触れたこと――――ひいては、エノーと交流したおかげなのかもしれない。

 もっとも、来た時とのギャップはやはり大きかったらしく、ユリシーヌは若干戸惑っているようだ。


 それでも、防衛用の罠がある地帯を抜け、道案内を終えるとき……ブロスもユリシーヌも、名残惜しそうに彼らと握手を交わした。


「本当に世話になったな。お父様とお母様にも、改めて宿泊のお礼を言っていたと伝えておいてくれ」

「こちらこそっ! 久しぶりのお客さんに会えて楽しかったよ~っ! でも、今度戻ってきたときには、お客さんじゃなくて同じ村人だよね! ヤーッハッハッハッハ!」

「ロザリンデさんも、道中気を付けて。わかっていると思うけど、これからの季節はとても冷えるわ。私が渡したマフラーと手袋は、毛皮でできているから、少しは力になれると思う」

「ありがとうございます、ユリシーヌさん。大切に使わせていただきますね」


 村に滞在中に宿泊場所を提供してくれたブロス夫妻は、エノーとロザリンデがもっとも仲良くなった村人だろう。

 自分たちとあまり変わらない歳なのに、しっかりと仕事をこなしつつ、協力して子供の世話を行っている二人は、エノーたちにとって理想の家庭のように思えた。

 その二人とも、ここでいったんお別れ。

 エノーとロザリンデは、村を出るときと同じように、見送るブロス夫妻に大きく手を振りながら、馬で道を駆け抜けていった。



 暖かな村を離れると、彼らの目の前には、来た時と同じように人っ子一人いない原野が広がっていた。

 時折山の方から、冷たい向かい風が馬上の二人に吹き付ける。それはまるで、これからの二人旅の不安を暗示するかのようだった。


「寒くないか、ロザリンデ」

「ええ……少し。ですが、早速ユリシーヌさんから頂いた手袋が役に立ったようです」

「なんなら俺の後ろに回って、風よけにしてもいい。無理はするなよ」

「エノーこそ、寒いようでしたら言ってください。私の防寒着を貸しますから」


 だが、二人のやり取りを見るに、旅の不安がいくら吹き付けようとも支えあって乗り越えることができそうだ。


 リシャールを連れてイライラしながら進んできた旧街道を、エノーとロザリンデはゆっくりと進んでいく。

 いろいろあって心の余裕が全くなかった往路と違い、帰りは周囲の景色を眺める余裕ができていた。そのため、二人は改めて旧街道を取り巻く、厳しくも美しい自然を堪能することができた。


「見てくださいエノー! 私たちが夜に流星群を眺めた場所ですよ!」

「ほぉ……昼でも旧カナケル地方の平原が見えるんだな! ここに宿場があったのも納得がいく!」


 開拓村に向かう前に二人きりで流星群を見た場所。

 轟音の滝が続く急流。

 巨大な吊り橋がかかった底なしの峡谷。

 灰色の岩肌に力強く根付く高山植物。


 どれもこれも、じっくり見れば味わい深い景色となって、二人の道を楽しませた。

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