怒りのあの日
「どういうこと!? 私たちが入れないって!?」
「俺たちはもう用済みだとでもいうのか!?」
「ふざけるな! 国王を出せ!!」
魔神王討伐から20日後――王都アディノポリスの東大門前に100人を超える男女が集まり、門の前にいる役人や衛兵に詰め寄っていた。
彼らの憤りと不満はまるで青白い炎のようにメラメラと燃え上がり、今まさに目の前の役人に食って掛かろうとしている。
「い、いえ…………ですからっ! きっと追って沙汰があるはずですから! どうか穏便に!」
対する王国の役人と衛兵の方も、涙目になりつつも必死で彼らを宥めようと、なけなしの胆力を振り絞っていた。
はたから見ると明らかにいじめのような構図であるが、城門の周りに集まっている旅人や行商人たちは、どちらかといえば詰め寄っている集団の方に同情的のようだった。
「見ろよあれ。勇者様のパーティーメンバーたちだ」
「功績が足りないメンバーは王都への入場拒否なんだってさ」
「うっわ、なにそれひどくね? しかも全員平民出身のメンバーばっかじゃん」
「やっぱ王都内の連中ってクソだわ」
抗議の声を上げている集団は、勇者パーティーに加わったメンバーの中でも、いわゆる「2軍」と呼ばれていたメンバーたちだった。
リーズが勇者に選ばれた当初に各地から集められた精鋭の冒険者たちは、初めのうちは身分の差もなく一丸となって戦う同志たちだった。ところが、彼らをバックアップするはずの王国は、身分が高いメンバーか、実力がずば抜けている者に優先して装備や物資を回してしまったため、途中から徐々に戦力に差が生じてしまったのだ。
そして止めに王国は、彼らを功績不足によりパーティーメンバーと認めないと宣言。現在王都で行われている凱旋式典への参加どころか、王都への入場すら禁止されてしまったのだ。
当然そんなことをすれば、2軍メンバーたちからの不満は爆発する。個人の強さの幅が大きいこの世界で200人もの優秀な冒険者が一斉蜂起すれば、小国の一つすら滅ぼせる可能性もあり、その報復の刃が王国に向けられることは明白だ。
だが彼らは結局「2軍」である。自分たちの半分にも満たない「1軍」メンバーの、さらに半数もいれば彼らは一瞬で敗北する。だからこそ王国は、上位陣のみを露骨に優遇し、意図的に対立構造を作り上げたのだ。
2軍メンバーたちがその悪辣なたくらみに気が付いたころには…………何もかもが手遅れだった。
今こうして門の前で騒いでいても、事態が好転する可能性は微塵もなく、目の前の役人や衛兵に斬りかかれば、それこそ相手の思うつぼ。曲がりなりにも優秀な彼らにはそれがわかるのだから、その心は一層苦しくなるばかりだった。
そんな騒動の中、アーシェラは集団のやや後方で、じっとこの光景を見つめていた。
深い茶色の瞳はすぐ目の前を見ているにもかかわらず、どこかここでない遠くを見ているようで、その表情は仮面そのもの。周りの親しい人物たちでさえ彼が何を考えているのか読み取れなかった。
アーシェラは――――今までにないほどの怒りを溜め込んでいた……
(魔神王復活の原因……王国はもう忘れてしまったのか…………)
魔神王が復活したのは、邪教集団が世界を破滅させるために封印を解こうとしたのが直接の原因だったが、そんな邪教集団に賛同する人間が爆発的に広まったのは――――王国の政治腐敗に端を発する社会混乱があったからだ。
それを王国自身が分かっていないどころか、すぐに繰り返そうとしている現実に、彼はすさまじい危機感を覚えた。
(リーズが命を懸けて……力を振り絞って勝ち取った平和を、もう壊すつもりかっ!)
アーシェラは自分の功績が報われないことなどどうでもよかった。自分は大したことはしていないと考えていたし、ごくわずかでも功績があったら、すべてリーズに譲ってもいいとすら思っていた。
それはもう忠誠や憧れという生半可なものではない。彼は自分が褒められるよりも、リーズが褒められた方が嬉しいと自然に思えてしまうほど、彼女に依存してしまっていたのである。
ずっとリーズの傍にいて、リーズの苦労を人一倍知っている彼にとって、リーズの今までの行いが、すべて水泡に帰すようなことが許せなかった。
彼の怒りは、その日ついに限界を超えた。
憤るメンバーたちと、怯えて気を失いそうになっている衛兵たちの間に割って入り、彼は笑顔で叫んだ。
「すべてが終わったわけじゃない。次の戦い……平和な国の復興という仕事がすでに始まってる。僕たちは一足先に仕事を始めようじゃないか」
その日を境にアーシェラは、吹っ切れたかのように精力的に活動した。
まずやったことは、仲間たちの当面の生活保障だ。
陣営内で持っていた資金や物資は、遠征終了の際に王国に根こそぎ持っていかれたが、彼はあらかじめこうなることは見越していたのだろう。王国に内緒で各地に分散させて貯蔵していた資金と物資を引き出し、彼はそれを「勇者様からの報酬」という名目で気前よく分配した。
それと同時に、地方各地へ手紙をばらまいて、仲間たちの職場の斡旋を行った。
こうした努力もあって、仲間たちの殆どは富や名声、そしてそれなりの地位を手に入れた。
勇者様から直接労をねぎらわれる栄誉こそ得られなかったが、活躍に対する見返りとしては十分すぎるほどで、誰もがアーシェラの尽力に感謝していた。
「あいつのおかげで、地方とはいえ念願の貴族になれたよ!」
「アーシェラが頑張っているんだもの、私たちもやらなくちゃ!」
「あの時止めてくれて本当に良かった。怒りに任せて衛兵を殴ってたら、今頃どうなってたことやら」
口々にそう話す彼らは、アーシェラの善意の奥底にある真意に全く気が付いていなかった。
彼が怒りを薪にして行動のエネルギーにしていたことは、誰も知らなかったのだ。
しかし、すべてが形になろうとした頃には、彼の心にあった怒りの薪は全て燃やし尽くされた。
王国への怒りはなくなり、リーズもきっと幸せに暮らしている。ならこれ以上何を望むことがあろうか。
彼は……すべてを過去に置き、新たなる人生への旅立ちを決めた。




