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勇者様が帰らない  作者: 南木
第1.5部:過去という名の重し
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影送りの術

 エノーに送ってもらい、神官たちが来る前に無事にいつもの生活に戻ったロザリンデは、この日の午前中、神殿の一室でとある術の実験をしていた。

 女性神官6人に見守られながら、手を大きく掲げて白い光に包まれるロザリンデ。彼女の目は真っすぐを向きながらも、どこか別の場所を見ているようで、口を動かしているが声を全く発しない。

 しばらくして、彼女を包んでいた白い光が消え、ロザリンデは一度目を瞑ると、ふーっと深い息を吐いた。


「出来ていますね。今回は王国領の端まで届きました」

「さ、さすがです聖女様! あれだけ難しい術をよくそこまで……!」

「ですが、やはり少し疲れますね。申し訳ありませんが、水を持ってきてくれませんか」

「畏まりました」


 ロザリンデは用意された椅子に深々と腰掛けると、神官から水の入ったコップを受け取った。喉が渇いて一気飲みしたいほどだったが、彼女はあくまで上品に喉を潤す。

 今ロザリンデが実験していたのは、自身の「影」を特定の場所まで飛ばすという術だ。

 以前から「自分の意識を離れたところまで飛ばす」という術はあったが、それを別の術と組み合わせることで、遠くにいる別の人と、まるでその場にいるかのように話すことができるようになる。

 ただし、意識を遠くに飛ばす術だけでもかなりの術力を消費する上に、自分の影までその場所まで飛ばすとなると、もはやロザリンデクラスの実力者でなければ不可能だ。しかも、そのロザリンデですら、あまりにも遠い場所だと影を飛ばせる時間は5分と持たない。

 今回は、王国の北の端にある神殿まで影を飛ばしてみた。歩きだと場合によっては20日以上かかる距離であったが、向こうにいた関係者とは問題なく話すことができた。


 椅子に腰かけて水を飲むロザリンデの額や首筋に大粒の汗が流れ、表情に疲弊の色が見える。

いずれは遠出をせずとも、神殿から各地に住む人々に姿を見せられるようになると期待された新発明術だったが、これでは実用化はまだまだ先になりそうだ。


(しかし…………ここから去るまでに、わずかだけとはいえこの術を使えるようになってよかった)


 こういった術を開発できたのは、この国の先進的な術研究の賜物である。その点は彼女も感謝しているが、どのみちロザリンデは数日後にここに戻ってこなくなる。失われるものも大きいとは自覚している……だが、ロザリンデはもう引き返す意思はない。


「聖女様、これでもっと効率がよくなれば、神殿からあまり外に出る必要がなくなりそうですね」

「……あら、私に大魔道ボイヤールさんのようになれと?」

「い、いえいえ……! 滅相もありません! ただ、神殿の外で聖女様の身に何かあっては困ります故!」


 外に出ないでよくなる――――確かにその通りだが、そう言った神官に対してロザリンデは珍しく嫌味のように突っかかった。神官は、ロザリンデの心証を害してしまったと思い込んで顔を真っ青にしたが、ロザリンデは「冗談です」と訂正してあげた。


(彼女たちもあまり余裕がなさそうですね。私に嫌われたらそれだけで首が飛ぶみたいではありませんか)


 悲しきかな、ロザリンデの周りの世話をする女性神官たちもまた、官僚組織のような激しい出世競争にとらわれているようだ。


(私が眉一つ持ち上げるだけで、何人もの神官の首が飛ぶ…………幼い頃からそう言い聞かされてきましたが、本当にくだらないものですね)


 エノーと付き合ったおかげか、ロザリンデは時々軽い冗談のようなことを口にしそうになったり、実際にしてしまったりすることが多くなってきた。

 昔はそれこそ表情を全く表に出さない鉄面皮の聖女様だったが、リーズと出会ったのをきっかけに感情がやや表に出るようになり、エノーと語り合い始めてからは、性格もだいぶ柔らかくなったかのように思える。

 もっとも、それは中央神殿――――もっといえば大神官たちには面白くないかもしれないが。


「いずれにせよ、私が出向く事柄の殆どは私がその場にいなければ意味がありませんから、外出はなくなりそうにありませんね。さ、みなさん、早速午後一番に外出ですから、今から準備をお願いします」


 この日の午後の外出は、久しぶりにエノーの護衛がない。

 必要なこととはいえ、心強い恋人の不在でロザリンデはこの時点で若干心細く思い始めていた。


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