4日目 深夜
「ふーっ! 今日も一日、楽しかった!」
リーズがこの村に来てから4日目の夜が来た。
彼女はすっかり自分の寝床となったベッドにダイブし、ふかふかの羽毛にその身を預けた。
「ここの村の人たち、みんないい人たちばかりだった…………きっと、シェラのおかげよね」
昨日の宴会があった後、リーズは改めて村の人々との交流を深めはじめた。
大家族のブロス一家だけではなく、小麦農家とパン工房を兼任するディーター一家や、山羊の放牧をしているイングリッド姉妹、村の警備をしている元騎士のレスカ姉貴など、濃くて愉快だが気のいい人々が集まっている。
誰もかれもここに来るまで色々あったようだが、リーズが聞くまでもなく口を揃えて「村長には助けられた」「感謝してもし切れない」と絶賛していた。ただ、中には「もう少し身体鍛えた方がいい」やら「そろそろ恋人見つけないと行き遅れる」など、やや直球な意見もあったが、それだけ彼らがアーシェラに気を許している証拠だ。
そして、アーシェラのことをよく言われるたびに、リーズはまるで自分の親や兄弟が褒められたかのような嬉しさを覚えていた。
「ホント……シェラはすごいなぁ。リーズは戦うことしかできないけど、シェラは1年で村まで作っちゃうんだから」
皮肉ではなく、純粋に彼女はそう思っている。
今では何でもできる勇者という扱いをされているリーズだが、その大半は自分だけの力ではないことは理解している。だからこそ…………時々自分の存在が、自分以上に大きくなっていることが、怖く感じてしまう。
そんなときに、自分に等身大で接してくれるアーシェラの存在は、リーズにとっては何物にも代えがたい。そして、ついつい甘えてしまう。今もこうして、リーズはアーシェラが使っていたベッドに寝転がっているのだから――――――
「あれ? そういえば……シェラってどこで寝ているんだろう?」
リーズは、今更ながらそんな疑問にぶつかった。ここ4日で、この家のことは知り尽くしている。そしてこの家には…………ベッドが一つしかない。
考えられる可能性は二つ………………アーシェラはこの家のどこか別のところでベッドも使わずに寝ているか、さもなくばほかの人の家で寝ているか……だ。後者とは考えにくいし、考えたくもないが、前者ならばリーズは今までアーシェラにとんでもなく厚かましいことをしていたことになる。
「シェラは……っ!?」
心がそわそわし、とても寝ていられない。
リーズは、すぐさま寝台から飛び起きて部屋を出ていった。
さて、当のアーシェラはというと……リーズが寝室に戻った後、リビングで手紙を3枚書いていた。
その手紙の内容はかなり簡潔だったらしく、すぐに全部書き終えると、術で手紙を小さな白いフクロウの形に変化させ、一斉に窓から飛び立たせた。窓から放たれた白い3羽のフクロウは、月夜の空に高く舞い上がり、北の方角に向かって飛んで行った。
「これでよし、万が一に備えての手は打てた。ん~……よし、今日はもう寝るとしようか」
そう言って、少し背筋を伸ばした後、明かりに使ったランプを消そうとした時―――――リビングの扉が勢いよく開かれた。扉から出てきたのはもちろんリーズ。白一色の薄い寝間着を着て、若干怒っているような表情で詰め寄ってきた彼女に、アーシェラは驚いて目を丸くし、動きを止めてしまった。
「シェラっ!!」
「リーズ……どうしたの。何か、寝付けないことでもあった?」
「大ありよっっ! シェラ、まさかリーズが来てから、ずっとリビングで寝てるんじゃないでしょうね!?」
リーズは、椅子の背もたれに掛けられた白い薄手の毛布をひったくるように掴み、放さないよう両腕で自分の胸元にぎゅっと抱えた。アーシェラはとっさに言い訳しようとも思ったが、今の彼女に嘘は通用しないだろうことは目に見えていたため、正直に話すことにした。
「その通りだよリーズ。この家にはベッドはひとつしかないから、リーズが使っている間の僕の寝床はここなんだ」
「どうして!? どうして言ってくれなかったの!? リーズはもしかして、シェラにすっごく迷惑かけちゃってた!? だとしたら……ごめんなさいっ!」
「いや、僕の方こそ悪かったよリーズ。君に気を使わせてしまったみたいだね」
怒りを通り越して、泣きそうになっているリーズを、アーシェラは宥めるように頭をポンポンと撫でた。
「大丈夫……今日ブロスに折りたためる簡易ベッドを作ってほしいって頼んであるから、僕はもうしばらく辛抱すればいいだけさ。そもそも、今まで来客がなかったから予備のベッドなんて考えたことなかったけれど、いい機会だから用意することにしたよ。だからね、リーズ……気にすることなくお休み」
アーシェラの言葉に偽りはない。現にブロスからは簡易寝台は3日あればできると聞いている。
リーズに気を使わせないように黙っていたが、きちんと説明すれば納得してくれるはず…………だったのだが――――
「だったら今日からリーズがこっちで寝るっ! ただでさえご飯やお洗濯、それにお風呂まで用意してくれているのに…………これ以上、シェラに迷惑かけたくないのっ!」
「え? い、いやリーズ……僕はこれくらい平気だってば」
リーズはなおも引かなかった。正直、アーシェラにとってリーズが少しでも自分のせいで苦労するのは精神的によろしくない。彼女をリビングの椅子で寝かすなんてもってのほかだ。
しかしリーズはリーズで、アーシェラの家に居候しているうしろめたさがあり、これ以上はアーシェラに迷惑を掛けることは絶対にしたくないと思っている。
お互いがお互いを想い合う故の譲れない一線が、このような形で表れてしまったわけだ。
「シェラが椅子で寝るなら、私もベッドには戻らないっ! シェラが何といおうと、戻らないもんね!」
「さすがにそれは、僕も困るんだけどな……」
昔から一度こうすると決めたリーズは、命がかかっている状況ではない限り梃子でも動かない。どうしたものかと困惑するアーシェラだったが…………彼の顔を下から覗くリーズの顔が、急ににかっといたずらっ子のような笑顔になった。
「じゃあ、一緒にベッドで寝ましょ! うん、そうしよう! それしかないよねっ!」
「へぁっ!?」
アーシェラの手を握り、今にも引っ張っていこうとするリーズ。
いくらリーズが子供っぽいとはいえ、一応それなりの歳になっているリーズは、自分がしようとしていることの意味くらいは分かっている。もちろん、あんなことやそんなこともあるかもしれないと、密かに期待もしていた。
が――――――彼女の予想に反して、アーシェラはそろーりと視線を横に逸らした。その顔はテレ顔ではない……それどころか、若干怯え顔だ。
「ごめん、それだけは…………勘弁してくれないか?」
「なんで!!??」
リーズは、まるで恋人に振られたかのようなショックを受け、頭の中が真っ白になった。
そしてすぐに、アーシェラに納得がいく説明を求める。
勇者リーズは納得しない限り、ベッドに帰らない決意を固めた。




