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その八

 扉の向こうを見つめるランスロットの気持ちに迷いはない。ランスロットはアレクシスのまっすぐな思いが絶対にフィオナに届くと信じている。



 アレクシスが恋に落ちた瞬間も、それからの葛藤も、ランスロットは近くで見てきた。


 二年前の王宮舞踏会。留学先から帰国したばかりのランスロットは、会わない間の一年でだいぶ大人に近づいたフィオナと並んで、貴族たちの挨拶を受けていた。

 アレクシスには王と王太子が言葉をかけた。ランスロットと共に行った留学先での好成績に対するねぎらいと賛辞だった。凛々しい表情を崩すことなく堂々と辞したアレクシスだったが、その目と足が不自然に止まった。

 アレクシスが王族席の横で立ち止まっているうちに、パキナラ侯爵家が王族席の前に並んだ。婚約者のルドヴィックの明るい笑顔に、フィオナが緊張をほどいて柔和な微笑みを浮かべたのを、王妃は見逃さなかった。


「最近フィオナがきれいになったのは、ルドヴィックのおかげかしら」


 王妃の言葉に頬を染めたフィオナをルドヴィックが見つめた。重なった視線は周囲に二人の順調な関係を思わせた。


「フィオナ殿下と婚約してから、私の毎日は色鮮やかになりました。すべてはフィオナ殿下のおかげでしょう」


 アレクシスがフィオナのやわらかな微笑みに息を呑み、そのあとのルドヴィックと王妃のやり取りを聞いて切なげに息を吐いたのが、王族席のランスロットからはよく見えていた。

 留学先でも羽を伸ばすことなく、勉学と鍛錬に励み、色恋から距離をおいていた真面目一辺倒のアレクシスに、現実は残酷だった。

 初恋と同時に用意されていた失恋をアレクシスは静かに受け入れた。

 ランスロットは足早に王族席から離れていくアレクシスの後ろ姿を見て、下唇を噛みしめた。もしも自分が留学への同行を頼まなければ、アレクシスがフィオナの婚約者に決まっていたかもしれないのにと、ランスロットは思わずにはいられなかったのだ。


 アレクシスはフィオナの幸せを思って、自分の気持ちを秘め続けた。氷のプリンスは笑みだけでなく、恋情もまた、長い間凍りつかせていたのだ。

 しかしアレクシス本人がどれほど隠そうとしても、瞳は雄弁だった。アレクシスのフィオナへ向けるまなざしに、ランスロットだけがアレクシスの捨てきれぬ初恋を見ていた。


 フィオナの婚約破棄が決まった日、ランスロットはアレクシスを呼び出し、その時初めてアレクシスのフィオナへの思いに言及した。

 自身の気持ちを認めたアレクシスの行動は早かった。フィオナの不名誉な噂が流れ始めたと知ると、公衆の面前で派手に求婚をして、その噂を塗り替えた。それと同時に、フィオナの恋心もルドヴィック一色から、アレクシスの色に塗り替わるとランスロットは思っていた。しかし傷心のフィオナはアレクシスの求婚に向き合おうとしなかった。アレクシスの人柄をよく知る王妃が動かなかったこともランスロットには誤算だった。

 フィオナに必要なのは時間かもしれないが、ランスロットは早期決断を望んでいる。自分が計画していることで、ルドヴィックが再びフィオナの心を乱す可能性を懸念しているのだ。ルドヴィックが恥知らずな行動に出た時、フィオナを守るのがアレクシスであってほしいとランスロットは思っている。




 応接室に残されたフィオナとアレクシスは呆気に取られて見つめ合っていた。


 男性と密室で二人きりになったことなどあるはずもないフィオナは、緊張で言葉だけでなく顔色も失っている。アレクシスはランスロットを連れ戻しに行くべきか、それともランスロットのくれたチャンスをつかむべきか迷っていた。


「「あの」」


 重なった声にアレクシスは勇気をもらう。些細な偶然をアレクシスは天啓のように感じたのだ。


「王女殿下」


 アレクシスはその腕の白バラの花束をフィオナに掲げた。


「はい」 


 二人の間には、一週間前にはなかった種類の緊張が漂っている。


「百一本のバラです。これ以上ないほどあなたを愛していますという意味です」

「…………」


 アレクシスの思いは、白いバラさえも色づけてしまいそうに熱い。その情熱を受け取ることにフィオナは二の足を踏む。


「万が一にもドレスが汚れてはいけないので、花束はここへおきます」


 アレクシスが花束をソファの上にそっとおくと、フィオナはホッしたように、微かに口角を上げ、それからゆっくりと口を開いた。


「ありがとう、ございます。朝から……たくさんの花束を、いただいて……うれし、い、く、思います」


 口下手のフィオナは感謝の気持ちさえ、うまく口にすることができない。そんな不器用なフィオナがアレクシスにはたまらなく愛おしい。


「殿下はひどい」

「……え?」


 アレクシスの恨めしそうな目に心当たりのないフィオナは怪訝な顔をする。


「私をどこまでも愛に狂わせる」


 アレクシスの真情の吐露はフィオナの全身を赤く染め上げた。


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