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その二


「好きにするがいい」


 会場中が息をつめて見守る中、王が求婚を認めたことに驚愕と好奇の声が上がる。すすり泣くような声が聞こえてくるのも気のせいではないだろう。アレクシスに憧れる令嬢は多い。


「ありがたき幸せ」


 アレクシスは王に一礼してからフィオナの前まで歩き、そして跪いた。


 次の演奏が始まらないのは誰もがことのなりゆきに注目しているからだった。もうダンスをしようとするカップルはひと組もいない。


「王女殿下、まずは成人おめでとうございます」

「…………あ、あり、がとう」


 フィオナは突然のことに混乱する思考の中から、何とか礼の言葉を取り出して口にする。ただデビュタントの舞踏会を一週間後に控えたフィオナは、成人祝いの言葉を受けるのは少し早い気がしている。

 ランプレスト王国では十五歳が成人年齢だ。しかし貴族女性の場合、十五歳の誕生日を迎えたあと、デビュタントの舞踏会を経て、ようやく一人前として社交界に認められる。社交界デビューを果たさない限りは、十五を超えていても夜会には出られないし、婚姻もできないのだ。


「成人された殿下に、婚約者がいない幸運を神に感謝せずにはいられません」


 フィオナは青ざめた。公の場で婚約破棄について初めて口に出されたからだ。


「もしも十五になられた殿下のとなりに婚約者が立っていたのなら、私はその男に決闘を挑まねばならなかった。そしてそれがどんな相手であれ、私はその相手を完膚なきまでに叩きのめしたことでしょう。もしかしたら殺してしまったかもしれない」


 舞踏会にそぐわない、穏やかならざる発言にざわめきは増し、そしてフィオナの元婚約者のルドヴィックに多くの視線が向かう。

 国中の貴族が集まる中で、ルドヴィックは実に見つけやすい場所にいる。何せ、挨拶の順番を次に控えているのだ。王族席のすぐ近くにいる。


「王女殿下に、この白バラを捧げます」


 アレクシスが胸に挿していた白いバラをフィオナに差し出す。


「この白バラのように、純真な殿下に相応しくあるため、私はこれまで努力してまいりました。どうか殿下を、一番そばで守る権利を、私にいただけませんか?」

「…………」


 フィオナは答えない。動かない。その瞳にはアレクシスを映しているが、その心に何を映しているのかはうかがい知れない。


「今すぐ求婚の返事をいただけるとは思っていません。でも、どうかせめて」


 アレクシスの青い瞳に熱がこもる。その熱はフィオナの桃色の瞳にはうつらない。


「デビュタントの舞踏会のエスコートの権利を私にいただけませんか?」


 デビュタントのエスコート。それは婚約者、もしくは血縁者と決まっている。フィオナのエスコート役は二週前にランスロットに変更になっている。


「…………ランス兄様」


 それでフィオナはとなりに座るランスロットに救いを求めた。


「フィー、私に任せてもらえる?」


 ランスロットの言葉にフィオナはいささか性急に頷く。

 ランスロットはすっとアレクシスの前に立った。


「兄上が結婚した今、アレクシスが片づけば、社交界一のモテ男の称号は私のものになるよね」


 からかうようにそう口にして、ランスロットはアレクシスの手から白バラを奪う。ランスロットとアレクシスの視線がぶつかるが、そこに緊張感はない。同い年の二人は親友同士なのだ。


「協力しよう。フィオナのデビュタントのパートナーはアレクシスだ」

「兄様!!」


 フィオナが抗議の声を上げたが、ランスロットは無視してフィオナの髪に白バラを飾ってしまう。

 ランプレスト国で異性から贈られた花を髪に飾ることは、相手のことを憎からず思っているという意味になる。慌てて頭上のバラに手を伸ばしたフィオナだったが、その手はランスロットの手に阻まれてしまう。


「フィー。アレクシスはいい男だ。いい男にはチャンスくらい与えてあげないと」


 ランスロットがつかんだフィオナの手にキスを落としてそう言うと、会場からは黄色い歓声が上がる。


「ランスロット殿下、感謝します」

「アレクシス、感謝は態度で示してほしいな。まずはこの大切な舞踏会を混乱させている責任を取ってもらおうか」

「とおっしゃいますと?」

「今すぐ立ち上がって、兄上の警護に戻れってこと」


 苦笑交じりのランスロットの言葉にアレクシスは立ち上がる。そしてフィオナに一礼し、それから王に深く頭を下げてから、会場にも頭を下げ、ゆっくりとエドワードの後ろへ戻った。

 この騒動の最中、王の目元が和らいでいたことに、王妃だけが気づいていた。


「ダンスを中断させてしまって申し訳ない。どうか明るい曲を頼む」


 エドワードが立ち上がって大声を張り上げたのを合図に、演奏が再開された。


「さあ、美しいダンスで私たちを楽しませてほしい」


 次のパキナラ侯爵家の挨拶まで見たかった貴族たちも王太子のエドワードにこう言われては、ダンスに戻らないわけにはいかず、目配せし合いながら、二割ほどの貴族が再びダンスを始めた。残りはまだ王族席を注視している。


「パキナラ侯爵家」


 ようやく呼ばれた侯爵家だったが、王の対応は冷たいものだった。挨拶にはひと言も返さず、頷くのみ。目を合わせることすらしない。そんな中、笑顔で対応したのが側妃である。


「ルドヴィック、私の姪のアリシアとはうまくいっているの?」


 フィオナだけでなく、その場の全員を凍りつかせるようなひと言だった。

 王がじろりと側妃を睨むが、側妃には王の不機嫌など関係なかった。かつては愛を願った相手であったが、もう王への愛は冷めている。


「どうなの、ルドヴィック?」

「……はい」


 側妃の問いかけを無視するわけにもいかず、ルドヴィックが答える。


「アリシアとはまだ会ったことがないけれど、華やかで美しいと聞くわ。帝国では赤バラ姫と呼ばれているとか」

「……はい」

「会える日を楽しみにしていると伝えてちょうだい」

「…………」


 ルドヴィックは王が発している怒気が怖ろしくて、もう返事をすることができなかった。

 自分の婚約者だったフィオナは、王に顧みられることのない、それどころか王に疎まれている王女だったはずなのに、この王の怒りはどういうことなのだろうと、ルドヴィックは思う。

 フィオナの母、第二側妃はフィオナ出産時に亡くなった。フィオナのせいで寵妃が儚くなってしまったことで、王はフィオナを憎んでさえいると言われていた。しかし今、王ははっきりと、フィオナを捨てた自分に、そしてパキナラ侯爵家に、全身で不快感を表明しているではないか、その事実にルドヴィックは驚き、恐れ、身を竦めている。

 フィオナが王の寵愛の深い王女であったなら、自分だって心変わりなどしなかったのにと、自分の不実を王のせいにさえしてルドヴィックは縮こまっている。


「ルドヴィック?」

「……アリシア皇女殿下はこの国ではまだ社交界デビューしておりませんので」


 黙りこんでいる息子に代わって侯爵が答えると、側妃が大げさに声を上げる。


「まあ、まあ、まあ。それはいけないわ。もう正式に婚約もしたのだし、早くお披露目しなければ。そうだわ、来週のデビュタントの舞踏会へ出たらいいじゃない。アリシアもこの国では今年がデビュタントなのだから」

「…………」


 これには侯爵も答えようがない。王の手前、アリシアのお披露目はひっそりと行うつもりだったのだ。特に今日、その不興を肌で感じて、来週の王宮舞踏会にアリシアを連れてこられるほど、侯爵の面の皮は厚くない。


「そうね。たとえ二十一の行き遅れとはいえ、我が国ではまだデビューしていないのだから、来週の舞踏会に参加しなさいな。ルドヴィック、元々あなたはエスコート役を務めるはずだったのだし、ちょうどいいじゃない」


 側妃に応えたのは王妃だった。帝国の皇女だった側妃と、この国の公爵令嬢だった王妃の仲はすこぶる悪い。この先、口論に発展しそうな気配を察してエドワードが口を挟む。


「アリシア皇女の準備が間に合うなら参加すればいいし、間に合わなければ侯爵家でお披露目してもいい。もうすでに帝国では社交界デビューをすませているのだから」

「……はい。そのようにいたします」


 このやり取りを見ていた日和見主義の貴族たちは、勢力争いに変化が起こる可能性を思う。


 若き王と王妃の仲は良好であった。しかしある夜会で王に出会った側妃は、帝国の国力を持って王との婚姻に漕ぎつけた。さすがにすでに王子まで生していた王妃をその座から引きずり下ろすことはできなかったが、背後に軍事に長けた帝国の皇帝がいる側妃を王は粗略に扱うこともできなかった。

 その結果、王妃と側妃は激しく対立し、それに巻きこまれた貴族たちの勢力図までが書き換えられることになった。側妃が王女一人しか授からなかったのに対して、王子を二人産み、さらにはエドワードが立太子されたことによって、王妃派の勢力は拡大の一途をたどっている。

 ここへ来て、帝国の皇女の降嫁である。近年勢いのなかった側妃派の貴族が色めき立つのも仕方のないことだろう。


 王妃と側妃の対立に疲れた王が、女官に癒しを求めた結果生まれたのがフィオナだ。フィオナは王妃に育てられたため、王妃所生の王子たちと仲がいい。ちなみにすでに他国へ嫁いだ側妃腹の第一王女とはほとんど交流がない。






 異様な盛り上がりを見せた舞踏会も終わった。



 ランスロットは自室にアレクシスを招いて酒を呑んでいる。


「とりあえずはうまくいったな」

「ああ」


 寛いだ格好のランスロットの言葉に、正装のままのアレクシスが応える。


「アリシア皇女はデビュタントの舞踏会に現れると思うか?」


 ランスロットが訊く。


「どうだろうな。でも腹に子がいるのだ。早くお披露目をすまし、結婚式を挙げたいと焦っていることだろう」

「そうだな。きっとアリシア皇女は来る。そしてその時が皇女とルドヴィックの関係が終わる時だ」


 美しい顔の男が二人、妖しく笑って、ワイングラスを傾けた。



 

 その頃、王の寝室では王と王妃がバルコニーで月を見上げている。


「ランスロットの婚約が決まった」

「それでは?」

「ああ、やっとだ。調印は三日後、極秘裏に行う」

「おめでとうございます」


 二人は見つめ合う。長年苦楽を共にしてきた二人にとって、それだけで互いの求めるものがわかる。

 二人の唇が重なり合う。立ち上がった官能は月明りの中にとけていく。



帝国の王女を皇女に訂正しました。

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