表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

11/12

その十一

 白いドレスに身を包んだデビュタントたちが次々に紹介され、王妃から祝いの言葉と花冠を授けられていく。花冠を戴いたデビュタントたちはパートナーと一緒に壇上の下で一列に並び、デビュタントが出揃うのを待っている。


「第二王女フィオナ殿下、アレクシス・アイビーナ公爵令息」


 登場したフィオナの美しさに、フィオナを愛おしげに見つめるアレクシスのやわらかな表情に、会場中の紳士淑女が目を見張る。


 繊細なレースが胸元を覆っているだけのシンプルなドレス姿のフィオナは清楚で可憐だ。美しいプラチナブロンド、照明を受けて輝くピンク色の瞳、透けてしまいそうに白い肌、すべてがどこか儚く感じられるほどに尊い。まさに白バラ姫だと言った誰かの声に、同意の声が次々と上がる。


 王と王妃の待つ壇上へ二人は上がり、フィオナを王妃の前に残して、アレクシスは三歩後ろに下がって跪いて待機する。


「フィオナ、デビューおめでとう」

「ありがとうございます。王妃陛下」 


 王妃が白い花で編まれた花冠をフィオナの頭に乗せる。


「フィオナには白がよく似合うわね。この白さに怯まない男性と添い遂げなさい」


 王妃の意味深な発言にフィオナがどういう顔をしたのか、後ろ姿しか見えないアレクシスにはわからなかった。


 フィオナが振り返ると同時にアレクシスが立ち上がる。アレクシスがフィオナの元へ歩み寄り、二人の視線が交差する。アレクシスが差し出した腕にフィオナが手を重ねる。

 わずかな所作にも気品があふれる二人の一挙手一投足に、会場中が注目していた。


 しかし新たなアナウンスがその視線を奪う。


「本日は特別にルグルス帝国第七皇女殿下のお披露目も同時に行いたいと思います」


 和やかだった会場に緊張が走る。


「ルグルス帝国第七皇女アリシア殿下、ルドヴィック・パキナラ侯爵令息」


 ルドヴィックとアリシアの登場に、フィオナよりもアレクシスが表情を硬くした。それに気がついたフィオナは絡めた腕に力をこめて、アレクシスを見上げた。フィオナと目が合うと、アレクシスは表情を和らげ、フィオナもそれに応えるように微笑みを浮かべる。

 

 年若いデビュタントたちを見てきた紳士淑女たちの目に、アリシアという存在は異質に映った。

 デビュタントたちが恥じらいに頬を染めてうつむきがちであったのに対し、アリシアは堂々と前だけを見ている。アリシアの大きな青い瞳は、不安げに揺れることもなければ、となりでにこやかに微笑むルドヴィックを見上げることもないのだ。

 そしてデビュタントたちが一様に白一色なのに対して、アリシアは帝国の色である赤で全身を飾り立てている。赤紫のレースをふんだんにあしらった真っ赤なドレス、その足元から覗く靴も赤だ。両耳と胸元には大粒のダイヤモンド、そしてアップにしたブロンドを飾るのは真っ赤なルビー製のバラと小さなダイヤモンドの連なった髪飾りである。

 そのルビーの赤バラに注目が集まる。ルドヴィックが最高級のルビーでバラを模った髪飾りを作り、その枯れない赤バラに永遠の愛を誓ったという話を知らないものはいない。ルドヴィックのアリシアへの深い愛の証明として、側妃たちが流布したのだ。ルビーの下に垂れ下がっているダイヤモンドの髪飾りは、アリシアが動くたびにきらめいて美しい。あれがランスロットの言っていたバラの朝露なのだろうと流行にうるさい女性たちは目を凝らし、大粒のルビーは無理でもあれなら手が届くかもしれないと、どこで手に入るのかと、思いをめぐらす。


 壇上に上がったアリシアだったが、花冠の授与はなく、ただ壇上から会場に向かって優雅にカーテシーを披露した。帝国らしい派手な美貌のアリシアの華やかな微笑みに、側妃派の貴族から、赤バラ姫という声が上がる。こうしてアリシアは帝国の赤バラ姫として、ランプレスト王国でのデビューを果たした。




 王の祝辞に送られた拍手がやむと、次はデビュタントたちのファーストダンスとなる。


 一番端の男爵令嬢からデビュタントたちは順番にダンスフロアへ出ることになっているのだが、楽団が明るい曲を奏で始めても男爵令嬢が歩き出さない。どうしたのかとフィオナが不思議に思っているうちに、男爵令嬢のパートナーが令嬢の前に跪いて言った。


「愛しい人、私とダンスを踊ってくれませんか?」

「はい、喜んで」


 男爵令嬢が答えると、パートナーは令嬢の手にキスを落とし、そして二人はダンスフロアへ出ていった。

 それを見て、フィオナとアレクシスは顔を見合わせて驚きを共有した。それから二人はほとんど同時に、王族席のランスロットを見た。視線に気づいたランスロットがウインクして寄こし、二人はランスロットの企みだと確信し、再び顔を見合わせて苦笑する。


 会場は突然のことに一瞬ざわめいたが、次の令嬢とパートナーも同じようなやり取りをしてからダンスフロアに出ていくのを見て、今日はそういう趣向なのだと納得したのか、ざわめきはやんだ。デビュタントパートナーたちが次々と甘い言葉、あるいはやさしい言葉を口にし、親愛のキスをデビュタントたちに捧げていく。


「ランスが考えたのかい?」


 エドワードがとなりのランスロットに小声で話しかける。


「ええ。何か特別なことでもしないと、会場の視線がデビュタントたちに向かないかと思いまして」


 ランスロットはデビュタントたちの近くに立つルドヴィックとアリシアに視線を向けて言う。


「それにしては皇女の髪飾りの宣伝をしてくれたみたいじゃないか」

「ええ。それは弟として、兄上の事業に少しでも協力しようと思っただけですよ」


 ランスロットの嘘にエドワードは苦笑を隠さない。


「ところで、友人をいつ皇女へ紹介するつもりだい?」

「心配されなくても、皇女の髪飾りの宣伝がひと通りすんでからにしますよ」

「そういうことではなく、会場で友人を紹介するのはやめてほしい。フィオナに修羅場を見せたくはない」

「フィーだって見たほうがすっきりするのでは?」

「私たちのフィオナはひとの不幸を喜ばないよ。それどころかルドヴィックに同情してしまうかもしれない」

「たしかに。ではどこで紹介したらよいと?」


 エドワードの耳打ちに、ランスロットが笑顔で頷いて、それから声を上げた。


「ああ、フィーの番だ。兄上」


 エドワードとランスロットは会話を切り上げてフィオナを見つめる。フィオナの前にはすでにアレクシスが跪いている。


「王女殿下」

「はい、アレク様」


 互いを呼ぶ声と、結ばれた視線にこめられた熱が、二人の頬を染める。


「ファーストダンスを私と踊っていただけませんか?」

「喜んで」


 フィオナが伸ばした手に、アレクシスがゆっくりと唇を落とす。フィオナのバラ色の頬がさらに赤みを増し、それを見たアレクシスが微笑みをこぼす。アレクシスがその甘やかな微笑みのまま歩き出したので、会場中が驚きを呑みこむ。そして氷のプリンスはもういないのだと、誰もが理解した。




 音楽が変わり、ダンスが始まる。


 白いドレスの花があちこちで開いていく。


 初々しいダンスは見るものの心を洗うように清らかで、デビュタントたちの純白の微笑みは見るものの目を楽しませる。

 それぞれにかわいらしいデビュタントたちの中で、一番関心を集めたのはフィオナだった。ダンスが得意なランスロットとくり返し練習したおかげで、フィオナのダンスはなめらかで、美しい。アレクシスの力強いリードに導かれ、軽やかに舞うフィオナに観客は魅了されていった。


「ダンスが上手ですね」


 アレクシスに褒められて、しかしフィオナの表情は曇る。


「……ずっと、楽しみにしていたのです。それで、たくさん練習しました」


 フィオナの視線が誰かを探して彷徨ったのをアレクシスは見逃さない。


「気になりますか?」 


 アレクシスはルドヴィックの名前は出さずに訊いた。


「……何がです?」


 フィオナはアレクシスを見上げる。桃色の瞳はシャンデリアの光を浴びると、紫色にも金色にも銀色にも見えて、アレクシスに甘いため息をこぼさせる。


「今だけでも、殿下の視線をひとり占めにしたい」

「今だけでよいのですか?」


 フィオナの問いかけにアレクシスが目を丸くすると、フィオナは微笑む。


「今、目の前にいるのがアレク様でよかったと、私は思っています」


 フィオナの思いはアレクシスにしっかりと届いた。


「光栄です」


 アレクシスが幸せそうに微笑むと、フィオナもまぶしいくらいの微笑みを返す。

 それから、ダンスが終わるまで二人の視線が離れることはなかった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ