第一話:女の敵
敵って誰だったっけ?
そんな事をフト思った。
敵というのは敵以外の何者でもなくつまる所、味方では無い誰かである。
そんな誰かを忘れてしまったのは失敗だったかなぁ。
朝比奈 薫はそんな事を考えなから帰路についていると駅前の大きな交差点で薫は敵を発見した。
ニット帽に赤いヘッドフォンを付けて彼は正しく敵だなと薫は決定づける。
正しくは勘なんだが彼女の勘は良く当る。
正しく彼が敵だからだ。
あの今時なシルバーと古着を身に纏った男は敵である。
ただ、何の敵かという概念は判らない。
敵である。
そんな彼は大きく欠伸をしながら信号が青になるのを背中を丸めながらまっている。
先手を打てるかも知れない。
薫はそう思った。
目の前に敵が居るのならば初発で殴って、二発で倒して、三発でねじる。
それが正義の味方たる正義の味方である所以。
正義の味方とは諸悪にして偽善たる者の事を指す言葉だが薫は仕方無くで正義の味方になった女子高生だ。
だから彼を倒すのは正義の味方であるが故にである。
大きく息を吸い込み吐き出す。
そうして信号が青になる瞬間を待った。
車道側の信号機が黄色から赤に変わり、そして交差点の信号が青に変わった瞬間に薫は誰よりも先に飛び出した。
ホップ・ステップ・ジャンプの要領で大きく飛び跳ね、背中を思いっきり逸しながら右腕を引き、彼がこちらを向いた瞬間に薫の拳は彼の頬にねじ込まれてコンクリートの地面に叩き伏せられた。
周りの人間が一拍遅れて後ずさる。
どうやら彼は敵ではあったが大きい敵では無かったようだ。
多分、他者の敵とか仲間の敵とかネットの敵とかそんなんだろう。
興味がないから薫はそう思う事にする。
思う事は意外に簡単な事なんだなぁと薫は結論付けた後に肩にかけていた紺色の鞄を持ち直して何でもない風に帰路につく。
それが彼女の日常である。
『焼肉定食は時に弱肉強食をも凌駕する』
「ただいまぁー」
さして広くない玄関で帰ってきた事を知らせる為に大声で帰宅をしらせる。
こうする事により主の帰宅を促しているのだが、今回は珍しく玄関先まで迎えにきてはくれなかった。
少しだけ薫はむくれてドスッドスッと大男が歩くような足音を立てて廊下を進む。
どうやら出迎えてくれる筈の主は夕食の準備をしながら洗い物と洗濯をして、尚かつ得意のジグソーパズルをしている最中らしい。
風鈴か火山か?と意味の判らない暖簾をくぐると真剣な表情をしたバラバラが台所にある四人掛けの椅子に腰掛けてなにやら悩んでいた。
長袖の腕部分が1.2倍ほどある服を着たバラバラは古着の寄せ集めを縫い合わせた服を着て、ダメージ加工されたジーパンとニットとキャップを足したような帽子を被りながら真剣に、時に悩みながらジグソーパズルを解いている。
その横顔はみていて大変おもしろいのだが、やはり薫としてはおもしろくなく、むすぅと薫は頬を膨らませたまま仁王立ちして気づくのをまっている。
ジグソーパズルにかまけて通い妻兼姉である薫を無視するからこうなる。
正直な話。
極度のブラコン意外の何者でもない。
「た・だ・い・ま・!」
ビクッとバラバラは肩を震わせて椅子ごとあとづさる。
どうにもこうにも無視される事に耐えられなかったらしい。
「お、おかえり。姉さん帰って来てたんなら一言掛けてくれれば良かったのに」
バラバラはそう言うとジグソーパズルをリビングの奥にある和室に持って行って家事を再開する。
「ただいまって言いましたぁ。でもバラバラが気付いてくれませんでしたぁ。だからお姉さんは気が立っています。どうにかしてくださいー」
薫はむくれっ面のまま肩にかけていた紺色の学生鞄をポイッと和室の方に放り投げて木造の椅子に座る。
「そんな事言ったって……姉さんがこんなに早く帰って来るとは思わなくて。でもでもちゃんと昨日言われた通り洗濯物は回したし、布団は干したし、晩ご飯ももうすぐ出来るから」
バラバラは愛想笑いで薫と距離を測りながら台所へと立つ。
「そんなの当たり前でしょ。あんたは私の弟なんだから」
薫はそう言って舐め回すようにバラバラを見る。
やはり弟にして良かったと思う。
痩せてもいないが太ってもいないあの体に、女の子のような真っ白い肌。髪はサラサラなんだけど二か月前の事があって今は帽子を被っている。
ふとその帽子の脇から緑色の髪が見えた。
「やはり治らないか……」
独り言のつもりだったのだがどうやらバラバラに聞こえていたみたいだ。
「まだ二か月だからね」
バラバラは愛想笑いで誤魔化す。
ただやはり薫としてはおもしろくない。二ヶ月となんら変わってないから大丈夫だよって言われているような感覚がして、少しだけ滅入る。
「まぁ大丈夫よ。流石に世界の敵とかなっちゃったら私としては困るけれど、あの時はまだ『故に敵』って感じだったんだから」
「故に敵なんて上手い事言うね。故に敵かぁ。確かにそうだったね」
「だからまだいいのよ。故にぐらいはまだ。ただ『世界の敵』とか『人類の敵』とか『真理の敵』とか『ただの敵』とかだったら、敵意外の何者でも無いから殴って治らないから殺すしか無かったかも知れないけれど」
淡々と薫はそう言って欠伸を噛み殺す。
「つまる所私が何を言いたいのかと言えばっ!!」
「言えば?」
「抱き締めて」
あ。バラバラが止まった。
「ね。姉さん何を考えているんだよ。僕たちはまだ青少年で姉さんだって初めてで、僕だって初めてで、それにシャワーとか浴びなきゃならないし、ついでに服も着替えなきゃならないし、しかも姉弟だからそんな事はだし、まだ夕方だし……」
とんでもない想像をしているんだろうなぁと薫は思いながら耳まで赤くなったバラバラを右手で引っ張って自分の胸の谷間に押し込んだ。
「何て想像してんのよアンタは……自分の弟を食べちゃう訳無いでしょ。ただのスキンシップよスキンシップ」
バラバラは服の裾をギュッと掴んで石像のように動かない。
たまには動く石像ぐらいになってくれてもいいと思う。
家の外では鴉がカァカァと間抜けといわんばかりに鳴いていて、夕日が西へと落ちていく。
ブクブクとビーフシチューが鍋の中で音を立ててなっているが気にしない。
この十分間だけは敵だろうが味方だろうが無視して私の時間だ。
どうせ……私に安息は無いのだから。
夕食を食べ終えて就寝時刻の午後9時丁度に薫は身支度を整える。
憂鬱だと薫は思うがそれが宿命と言われたら仕方無いのかも知れない。
服を着替えながら相変わらず汚い部屋だと思う。
例えるならば玩具箱ひっくり返したような感じだ。
何がどこにあるのかすら判らない。雑誌やら服やらなんやらでどうやって散らかしたのかすら覚えていない。
バラバラには一応部屋には入らないようにと言付けてはいるが、服やら下着やらが消えて次の日には干されている辺り流石は私の弟である。
ふぅと溜め息を吐いて、脱いだ筈の学生服にまた身を包む。
一番始めに敵と対峙してからすっかり戦闘服となってしまった。
スカーフをセットした後は私は部屋を出て、目の前にあるバラバラの部屋の扉を開けた。
何とも幸せそうに眠っている。
小さな寝息を立てて、ぐーすかと眠っている辺りまだ子供だなと思う。
バラバラは午後8時を過ぎるともう眠り出す。それは敵であったが故だ。
ただバラバラに取り付いた敵は意外な程強大で流石の私も4回負けた。
『故に』という存在はだからこそ強い。
故に拒絶とか故に破壊とか故に崩壊とか言われたら流石の私も死んでたね。
いやぁ今思うとヒヤヒヤもんだ。
バラバラに投げキスして、扉を閉める。向かう先は玄関。靴を革靴に履き替え覚悟完了。
はぁとまた溜め息を吐いて玄関の扉を開けた。
いきなりRPGの世界だった。
やはりと薫は思った。
意外にもあの帰り道に会った男は何かしら強い敵だったらしい。
目の前に白い棒で囲まれたウインドウが表示され、そこに何やら文字が打たれる。
『ヤア。ユウガタハドウモ』
「いえいえ。敵すら忘れていた筈だったのにそちらから現われてくれるとは思いませんでした」
『ボクハ。■■■■デス』
「聞こえないし、見えないし、私にどうしろと?」
『ボクハアナタトショウブスルウンメイニアルヨウデス』
「らしいねぇ」
『ダカラ。アナタトショウブシマス』
「じゃあ今回の私の敵は貴方ね」
『エエ』
「じゃあ御託はいいから始めましょうか?」
薫は大きく跳ね上がる。
別に跳ね上がる自体意味は無い。
そうやって彼女はスイッチを切り替える。
カチッと何処かで音が鳴った。
それは薫しか聞こえない音だが、彼女はそこで非現実を現実にする。
『目に映る者全て敵』
その条件化だからこそ、薫はヒーローで正義の味方で愚者である。
昔、目に映る困ってる人間を助けたいと思った青年が居た。
それは正義の味方だけれど矛盾したやり方。
薫はそう思いながらマウスをクリックしていた。
だけどその意見は限り無く真理に近い場所だなと思った。
だから彼女はその世界で一番冴えないやり方を薫は自己流にアレンジしてこね繰り回して薫が薫であるが故の結論と戦う理由が見つかった。
そもそも戦いなど薫は嫌いなのだ。
ただ弟が出来てしまった以上は弟を助けなきゃならない。
しかもそれが敵であろうと弟は助けなきゃ姉では無い。
姉とは年下を抱き締めて可愛がって助けるものだ。
だからこそ薫は弟以外ならば全員敵だと認識する。
それが彼女の世界で一番冴えないやり方。
「らぁあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!!」
巻き舌を意図もしないでいきなり地面を殴り付ける。
RPGの世界なのに何故かコンクリートの破片が宙に舞う。
ニヤリと薫は笑って明らかに楽しそうな笑みを浮かべて次々と地面を殴る。
破片破片破片破片破片破片。
薫の手は血で真っ赤になっている。
当たり前だ。
コンクリートを何度も壊していたら血が出るのも当たり前。
彼女はただの一般的なヒーローで武器など何一つ持っていない。
剣も無ければ、鎧も無い。
銃など銃刀法で掴まるし、特殊能力などからっきしだ。
だから彼女は唯一誰もが持っている技能を使う。
やせ我慢と努力と忍耐のみ。
それ以外、何一つ持っちゃいない。
そりゃヒーローとしての称号を貰えたのだから、人並み以上にはある。
コンクリート壊す程度ならば。
ただそれ以外は何も無い。
つまりは薫は一般人以上でしか無い。
才能が有ったり、センスが良かったり、死の線見えたり、魔術回路持ってたり、戯言とか抜かす餓鬼より、全然下だ。
そんな人間が弟を守る為にとった行動は努力のみ。
だから彼女は努力した。
女の子なのに体脂肪率6.2だ。
だからペチャパイとか言われるけど薫は気にしない。
特化する技能が無かったら特化させる筈の技能を特化すればいいだけの事。
だから彼女は努力という技能を最大限まであげた。
一日二時間寝れたらいいほうだ。
超回復だろうが何だろうが腱がきれるまで動きまくった結果がこれだ。
だから彼女は凡人と言われる。
ただ特化したのは努力のみ。
だからこそ、彼女は負けないのだけれど。
ザザッとRPGの画面にノイズが入る。
当ったと薫は思った。
拳が当たらなければ別の方法で当てればいいとそんな単純思考の発想だったが、自分もダメージを受ける事を計算に入れて無かったらしく、彼女ははぁ……と溜め息を吐いた。
「意外に痛い」
それ以外の声は出なかったがそれでもまだ声は出るんだなと薫は思う。
どうしようも無いほどの痛さは尋常じゃないほど痛い。
心がつぶれてしまうんじゃないかって思うほど痛い。その痛さを知っているからこそ薫は首をコキッと鳴らしてまたもやコンクリートに向かう。
『ソンナコトヲ、シテモムダダトオモイマセンカ?』
白いアイコンが浮かんで薫の敵である彼はいう。
「無駄かどうかは私が決める。あと言ってなかったけ? 私に意見して良いのはバラバラかエンコ−する親父か偽善者だけだ」
何処にいるか判らない人間に微笑んで薫は言う。
「それ以外は敵なんだよ。悪いけどね」
薫は思考する。
勝つ方法を思考するが敵に自分の居場所を教える馬鹿もいないだろうし、その前にこの空間をどうにかしないといけないんだけど何か方法無いかなとコンクリートを破壊しながら思う。
でもやはりこれ以外の方法は思いつかない。
ただ、その前に私が出血多量で負けてしまうかもしれない。
そんな事を思いながらフッと何故RPGの世界なのだろうと思い出す。
そもそも私を八つ裂きにするならばこんな空間でもいいのではないかと思い出す。
なぜRPGなのだろう?
むーっと考えて居ると手が止まってしまった。
だけどおかしい。攻撃が来ない。
そもそも敵は攻撃してきただろうか? いやいやおかしくないか? そもそも攻撃をしないのはおかしくないか?
薫は少し考えてから『うん』と何故かうなずいて、頭を掻いた。
「あのさ……あんたってさ。隠れオタクでしょ?」
『…………』
「べ、べつにあんたの事が嫌いとかじゃないんだからっ!!」
『…………』
「ツンデレは嫌いと……」
『…………』
「ふむ。私はお前を愛している。さっそく私と肉体関係を結ばないか?」
「クーデレ萌えぇぇぇぇぇぇぇl!!!!!!!!」
赤いヘッドホンをした猫背の男がRPGの世界に現れた。
さてどうする?
・戦う
・逃げる
・とりあえずクーデレのまねをする
→・罵倒する
「あんたさ。クーデレとかツンデレとかそんなん居ると思ってんの? そんなの新ジャンルスレいけばいいくらでもいるんだからさ。そこで満足しとけばいいのによりにもよってクーデレとかほんとさ…………あんた女の敵な訳ね」
ぎゅっと拳を握る。
しまったと女の敵は慌てた表情でそのRPGの世界から抜け出そうとするが、その一瞬で勝負はつく。
息は後ですればいい。
血も後で止めればいい。
不規則な動作もいらない。
ただ一撃だけ。
大きく振りかぶった赤くなった拳をぎゅっと薫は握ると笑う。
「ごめんね私、どちらかと言えば姉&弟の絡みがすきなんだ」
腹にめがけてその一撃を打ち込んだ。
バコンッ!!とした鈍い音が鳴り響き、女の敵である彼はコンクリートの地面に沈む。
脳天から顔面落下はさぞかし痛いだろうなって思いながら薫は振り切った手首をぶんぶんと振り回しながら思う。
「まぁ今回は私の勝ちだね」
にこやかに薫は笑ってそういった。
この物語は朝比奈 薫ことブラコンこと凡人がなんやかんやで世界と弟を守るために扮装するお話である。
……………多分ね。