婚約破棄したくてもできない!~ヒロインが魔法の言葉を唱えた場合~
無理矢理、出席させられたパーティーで天才少女マロン・クリームは混乱していた。
他国からスカウトされただけなのに、雲の上のような存在たちに自室まで迎えに来られて(それも仕事を終えて帰って来て一息ついたばかり)、否応なく連れ出され、王宮に連れてこられ、服を着替えさせられて、大広間で何故か婚約者のいる王子の隣に立たされている。そして、目の前には王子の婚約者である令嬢。
以前にも特例として入学を許された母国の貴族が通う学園で王子たちにつきまとわれ、彼らの婚約者たちから近付くなと言われ、物が盗まれ、ノイローゼで自室に引き籠った経験があったマロンはパニック状態だった。
嫌な予感にマロンは連れ出される時に手に握りしめた紙を見る。この紙は母国で窮地にいたマロン助け出してくれた密偵さん(この国の貴族の三男)が渡していたものだ。
そこには『好き。きゅる~ん(きゅる~んの下に二重線が引いてあって、「ここ、重要!! 声に出して言うこと」)』と書かれていた。
「・・・」
「マリーナ。俺は真実の愛と出会ってしまった」
婚約破棄とか言い出しそうな愛の告白にマロンは崖っぷちに立たされているような気がした。
駄目だ、コレ。王子様が婚約破棄なんかしたら駄目だ。婚約者の家と軋轢生まれて国が荒れる。どう収拾を付けるの?
私、どうしたらいい? 暗殺とかされたりしない? 王子様の結婚に邪魔だからって、婚約者どころか、国が動きそう。
その前に、好意の欠片も持てない王子様と結婚なんかしたくない。
次の瞬間、マロンは心を決めた。
今、この状況を打開できるのは自分しかいない。なんとしても、婚約破棄は口に出させてはいけない。
密偵さんは身分が低くて口が出せないし、王子様の婚約者も王子様の身分を慮って話をさえぎることができない。
「好き、きゅる~ん」
マロンはすべての神経を演技に注ぎ込んだ。それでも、片言にならなかったのが不思議なくらいぎこちない不自然な語調になった。
元からマロンに演技力を求めていない密偵さんは細かな指示まで書かなかった。本当なら上目遣いで目を潤ませ、「好き❤」と言わせたかった。
にもかかわらず、王子たちには効果覿面だった。
婚約者に婚約破棄を申し付けようとした王子はコンマ一秒でマロンのほうを振り向き、驚いた表情をした後、デレデレとしまりのない顔になった。
「マロン・・・!」
顔を赤らめて喜ぶ王子にマロンの顔は引き攣った。
感激されてここまで嫌なことが果たしてあるだろうか?
あるだろう。好意の欠片もない相手に一方的に好意を持たれて、生命の危機に瀕しているのだから。
「もう一度、言ってくれ。今までの素っ気ない態度も、俺との身分の差を気にしていたんだな」
違う! 仕事の邪魔ばかりしてきて、鬱陶しかった。
マロンの心の声が聞こえない王子は勘違いして大喜びだった。
「よかったですね、アラステア様!」
脳筋な天然騎士が主人である王子の幸運を祝福した。
「うむ」
「それはどうかと思うぞ。マロンは好きとしか言っていない。その相手が殿下とは限らない」
切れ者の王子の側近は幸せな主従の空気に水を差す。
「ジョシュ?」
「この流れならアラステア様に決まってるだろ?」
「それこそ、殿下の告白を前にマロンが別の人物に告白して、殿下の傷を浅くしようとしたのかもしれない」
その指摘は二重の意味でひどかった。王子がふられること前提で、別の相手への告白が目の前でされたというものなのだ。
「・・・」
王子はもう何も言えない。切れ者の側近が言うことが本当だったら、立ち直れない。
「でも、それって・・・」
しかし、空気の読めない天然騎士はつい口を滑らせて続きを促す空気にしてしまう。
「殿下は断られたということだな」
「そんな! 嘘だよね、マロン!」
それまで黙っていた腹黒公爵令息が恋敵の殿下にふられて欲しくて、わざとらしく言った。
ここで腹黒公爵令息の言葉を肯定して、なし崩し的に腹黒公爵令息を好きだということにされたくなかったマロンはまたしても密偵さんのメモに頼った。
「好き、きゅる~ん」
「マロン!」
「殿下のことなんか好きじゃなかったんだな!」
喜色満面な腹黒公爵令息と切れ者の側近。その二人とは正反対なのが――
「そんな・・・。アラステア様じゃなくて、俺のこと思ってくれていて・・・?」
「やっぱり、俺のことが好きだったんだな」
強い信頼関係で結ばれていた主従の間に亀裂が入った。
効果覿面だった。
「サム! それはどういう意味だ?!」
「あ、いえ、アラステア様・・・。これは・・・あわわ・・・」
慌てて言いつくろおうとする天然騎士。
「マロンが好きなのは殿下ではなくて、ボクだってことですよ」
そこに王子がマロンにふられた事実を突き付けたい腹黒公爵令息が口を挟む。
「なんだと、アレック!」
「ふられたのに未練がましいですよ、殿下」
「そうだ! アラステア様はふられていない!」
三人が言い争っている隙にマロンはその場から逃げ出して行った。
アルフォンソマンゴーは美味しい国だったが、マロンはその国からも逃げ出すことになった。今度は一人・・・ではなく、この国に連れて来て苦労をかけてしまった罪悪感と愛国心に動かされた密偵さん付きで。
母国にも帰ることができず、密偵さんの国にもいられなくなったマロンは別の国のお店で旅に出た密偵さんの帰りを待っている間のバイト中にお忍びの国王に見初められた。しつこく口説かれて逃げられそうにない窮地に母方の祖父母だという他国の元宰相夫妻が駆けつけて無事にそこでも逃げ切ることができた。マロンの両親に事情を説明しに旅に出た密偵さんはそこで母親の実家のことを教えられ、元宰相夫妻にマロンのことを知らせたのだ。
こうして、マロン・クリームこと、マロン・モンブランはア・ラ・モード公爵家の孫娘として両親の祖国で生きていくことになる。
やがて、マロンの両親も娘の尽力でそこに戻れるようになり、王子に浮気されて、謝罪しに来たその相手の兄と駆け落ちした婚約者は家族そろって祖国に移住した。