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女性だけの街を作ろう

作者: 鈴木美脳

■女性だけの街


 「女性だけの街」などといったものが一部で少し話題になったらしい。


▼〜〜〜〜 以下引用 〜〜〜〜▼


「女性専用」とか「男性単独入場禁止」の文字を見たときの女性、どう感じるんだと思う?「安心する」んだよ。泣けてくるだろ。女性は無意識にいつも男性を恐れて安心できてないんだよ。この世界のどこが女尊男卑なんだ


「女性専用の街」があったら夜の9時でも買い物に行ける。深夜早朝勤務もできる。なにより、ボーッとしながら散歩ができる。気を引き締めなくていいんだ、後ろ気にしなくていいんだよ、足音、自転車の車輪の音、バイクの音に振り返らなくていいんだよ。幸せすぎて涙出るね…。RT


いつも思うんだけど

女性専用○○

じゃなくて

女性保護○○(女性専用)

っていう名前に変えていってほしい。名前通り保護されてるかどうかが重要になって、嫌がらせで居座る男を追放できる。


▲〜〜〜〜 以上引用 〜〜〜〜▲


 といった(2018年1月17日の)言及に端を発して議論になったらしい。

 「女性保護の街(女性専用)」、すなわち、「女性だけの街」の実現性や合理性については、ナンセンスであるという批判が一通りなされたようだ。

 まあ、その提案そのものがどうというよりも、同様な議論の背景にある男女観が論争になっているのだろう。

 もとより、一部の女性による極端な主張であり、それへの多くの反論も一部の男性によってなされたにすぎない。それを過大に見て男女間の不和を煽ることはこの論稿の主旨ではない。仲良きことは美しきかな。

 土木工事や清掃や警察や軍隊も女性でまかなう覚悟があるか、科学技術の研究についても女性のみに依存する覚悟があるか、といった意味での妥当な批判はすでにある。

 「女性だけの街」とは少し異なる「女性専用の街」ということも言われているから、そのニュアンスからすると、インフラや行政等は既存社会のようなものに依存した上で、特に男性の入場のみ禁じられた街という発想で主張・支持・共感している女性も多いようだ。男性の移動だけを制限して、しかし共有地域で男性が女性を弾圧することは許さないであろうから、言わば蜂起を許さない階級社会であり、民主主義の基本的な概念には矛盾している。しかし民主主義の原則に反していれば直ちにナンセンスだとは言えないし、「女性専用の街」が将来世界においては標準にならないとも限らないと思われる。しかし基本的には、浴して受け取っている利益を軽視して我欲を謳ったものにすぎないだろう。つまりある種の病的な男性が、「女性全員が奴隷の街」があったらいいな、と言うようなもので、言うこと自体は自由だ。蔑まれることも自然だ。

 よって、あえて自立した街に限って、あえて肯定的な方向に考えてみたい。

 つまり、「女性だけの街」がナンセンスだという議論は巷間で尽くされていて退屈なので繰り返さない。言わば男性の保護のもとでの「女性専用の街」は必ずしもありえなくはないが、もしそれを論じるとしてもまずは自立した街の場合を考えておきたい。なぜならそれは、「女性専用の街」が男性の労力や善意に依存する程度を客観視するために必要だからである。

 要するに、ギリシア神話の女性部族アマゾーンのような意味での「女性だけの街」に、議論を限定する。


■出産


 男女を棲み分けて暮らすと単純に考えよう。

 すると、子供が作れずに、男性だけの街も女性だけの街も一代で滅びる。

 逆に言えば、その点だけを技術的にクリアすれば、単性の街は可能だろう。

 隕石が落ちてきて地球滅亡は明らかだという時に、多くの男性と女性を宇宙船に乗せて住みよい星に逃げて、しかし移動中の事故で片方の性が全滅してしまうというレアケースを考えれば、その可能性に対策するために単性生殖技術が将来に実現されることは明らかだ。

 例えば頭部の無い肉体は現在で言う脳死以上に死んでいるだろうけれども、人工妊娠中絶が殺人ではない期間において頭部を喪失させた胎児をもし十五歳程度まで成長させることができたなら、精子や子宮などの男女の機能は得られると考えられる。頭部の無い異性の肉体を必要としている社会は今から見れば気持ち悪いが、単純に生殖という意味での異性の必要性は、技術的には少なくともその程度に限定される。未来永劫の夢物語だとは思われない。

 よって、単性の街においては生殖が不可能だから不合理だ、という論点はこれ以上は論じない。


■異性への欲求


 表面的な意味での肉体的な性欲は女性よりも男性において強いように見える。女性だけの街よりも男性だけの街のほうが、欲求不満でイライラしてそうである。

 しかし現代でも例えば刑務所では異性との縁が無いだろうし、性的な行為ができないということはきっとどちらの性にとっても死ぬほどのストレスではないのだろう。ポルノが禁じられているわけではないし、代償的な行為が最大限に行われるのかな。

 例えば現実に女性の存在が絶無である社会においては、異性についての児童ポルノも全面的に解禁されるかもしれない。現実の肉体関係が得られない、または必要としていない男性で、ポルノにおいては児童ポルノを願望するような男性にとっては、現代の現実よりも幸福に暮らせる社会かもしれない。

 また逆に、男性が実在しない社会においては、表現活動の上で男性の人権を考慮する必要もないだろう。男性を糾弾して処刑する創作が自由であって、病的に強い男性嫌悪を持つ女性には理想郷かもしれない。女叩きをすると男性の首輪が爆発する社会とかを空想すると、ある種の女性のストレス解消に良さそうである。

 単性の街においては(繁殖の本能による)性的な欲求が達成されない気はするが、別に死にはしない、ということで、この論点もこれ以上は論じない。


■防衛


 いかなる政策もその実現性については、対外的な持続可能性が問われる。

 例えば日本の国内総生産を現在のままに維持するとしても、同じ生活水準が保たれるとは限らない。なぜなら、諸外国の国内総生産は増加しつづけ、国際市場での競争力は失われ、軍事力の格差が生じて屈服させられるからである。

 軍事的な非武装中立の議論も、非武装中立を過去に行った国は屈服されたから存在しないのであって、屈服されたらその後は非武装中立ではないから、非武装中立という選択肢は瞬間的な現象としてしか存在しない。

 男女を完全に棲み分けたとして、それぞれが保有資源の拡張を目論むことは避けられない。支配して奴隷化してしまうと、単性の街という前提が崩れてしまうので、投降の許されない完全な殲滅戦がはじまる。その結果おそらく、人類から片方の性が消える。

 軍事力は基本的にはテクノロジーの話だろうから、現代社会から直ちに開戦したなら、学者や研究者の多そうな男性が優位なのではなかろうか。

 直ちに開戦すると結果が見えている気がするから、直ちに開戦する場合は考えないことにしよう。

 例えば、数百年間の猶予が存在するとする。女性社会が男性社会よりも何らかの理由で著しい合理性を発揮すれば、勝利する可能性はあるだろう。

 そこにおいて、相手の性よりも努力して何とかしようと言ってもあまり意味がないだろう。片方の性に実際に潜在する何らかの性質によって、自然の必然によって勝利がもたらされる場合に期待して、その場合を考えることにしか知的な意義は存在しないだろう。

 戦闘的な体力だけで言うと男女の差は大きいと思われるし、それを埋め合わせるほどに食費に差はないだろう。女性だけの街においては、少しでも男性に近い筋力を持つ女性とその遺伝子が、非常に珍重され敬愛される結果になるかもしれない。


■中性


 そもそも、単性の街では同性愛が流行りそうである。

 男性だけの街では女性的な男性がモテそうだし、女性だけの街では男性的な女性がモテそうである。

 男性だけの街では女性的な男性が属性として独立し、女性だけの街では男性的な女性が属性として独立するかもしれない。

 少し頭の弱い女性的な男性がキーキー言って男性的な男性を困らせたり、女性的な女性が横暴で性欲たくましい男性的な女性を見かけて恐れるということもありそうである。

 安心したい時には、男性的な女性には立ち入れない場所を設定して……、おっと、無限ループである。

 よって、同性の一部を異性化することは考えないことにしよう。

 ついでに、防衛の議論もこれまでにしよう。


■本論


 ここまでの議論は前振りのつもりである。

 結論から言うと、私は、「女性だけの街」っていいのでは?、って少し思ったのである。

 なお私は男性である。入れませんね。

 正直、現代日本の男女関係を見ることに私は疲れている。

 若い女性の肉体を消耗品くらいに扱う男性と、経済的な野心を胸に、積極的に媚びる女性。それを俯瞰した者の見る悪夢。現状が合理的とは思われない。

 男性が女性を外見で選択することを恥に感じない現実と、女性が男性を金銭で選択することを恥に感じない現実がもたらす、果てしないモラルの減衰。救いがありませんね。

 本当の意味で優れた男性も、本当の意味で美しい女性も報われずに淘汰されていく。……しかし、暗いのでこの話題はやめます。


■脳の性差


 男性の脳は論理的で、女性の脳は感情的である。

 女性は乳が出るから進化の歴史において子育ては女性のものであり、子供と馴れ合って喜びを感じるように女性は(比較的)なっているし、将棋のような理屈の戦略を考えるのに男性は適していて、戦争で友人が倒れていく状況でも理性で混乱を自制できる。

 男女の肉体や脳の性差が時に過大に言われていると批判することは可能だが、脳に性差が無いというような主張は乱暴すぎるだろうから、考える必要はあるまい。

 社会状況は成長に影響するから、男女平等の幸福な実現を願望する私としては、女性の脳の知的能力は男性に劣らないと思っている。しかし、そうであっても、性格は異なると考えられる。

 男性は自身に厳しくあれるが、他者への無前提な優しさに欠ける。

 女性は他者への無前提な優しさを持ちうるが、自身への厳しさに欠ける。

 まあそんな方向性を仮定して議論を進めます。


■男性的個人主義と女性的民主主義


 現代社会を支える思想は、個人主義に由来する民主主義である。

 これは、最高に難しい論点だと思うので、根拠を深く示さずに結論を語る。

 個人主義は、他者への共感を捨象するものであって、極めて男性的である。

 民主主義は、他者への責任を捨象するものであって、極めて女性的である。

 なので、個人主義がはじまった時に慈悲深い女性は淘汰されて、次いで、民主主義がはじまった時に正義感に満ちた男性は淘汰されたと考えられる。

 個人主義は民主主義思想の論理的な基礎だが、日本の民主主義は与えられたものなので、現実の社会で個人主義はさほど生きていない。

 民主主義は具体的には制度なので、今の日本で現に生きていて、それがもたらす政治構造がもたらす社会構造の中にあっては、正義感や良心を並外れて保有することは損にしかならない。

 正義が意味を失った時代においては、理性的な意味での知性は、他者に対する残酷性としてしか作用しない。

 つまり、現代における男性の特徴とは単にその残酷性であって、馬鹿な分だけ女性のほうがマシである、と考えられる。

 (なお、個人主義に注目した場合のこの逆は、どうせ優しさを持たないなら賢い分だけ男性がマシ、である。)


■知性への恐怖


 女性は主観的にしか考えられない、論理的に考えられない、と言われることがある。

 一面の傾向としてはそうだと思う。

 しかし、主観的にしか考えられず、論理的になど考えられない立場から見たらどうだろうか。

 思いついた願望を気ままにインターネットに呟くたびに、決して真似できないほど客観的かつ論理的に反証されてボロボロにされたら、どう感じるだろうか。

 ちょっと怖いだろう。

 自分が悪いとか分からないままに、怖いばかりだろう。

 知的才能に欠陥のある子供が厳格な両親から躾を受けるようなものである。愛情など伝わるわけもない。武器を手にした途端に両親を殺す。

 だから、男女が地上に存在することは最終的には悲劇でしかないのかもしれない。

 生物学的な格差を有する二つの生物が、繁殖という歴史的な理由のために平等な社会を形成しようとすることは、失敗に終わると約束されているのかもしれない。


■自己の性への客観視


 性を棲み分けると、自らの性をどこまでも客観視させられることになる。

 相手の性が味わっていた苦労の全てを、不器用な自らの手で数倍に味わうことになる。

 相手の性が存在することを前提に存在していた風習は消える。

 男性に媚びる意味での女性の習俗の全てが消える。暗にその意味で存在した分の「可愛い」という概念は消える。

 女性は可愛い、女性はかよわい、という発想が消える。華奢な女性は単にヒョロガリと呼ばれて虐げられる。

 若い女性が色っぽい格好をしても、性的な野心を潜在させて甘く見る男性はいない。

 男性の無意識のおごりが客観視させられるのと同様に、女性の無意識の甘えが客観視させられる。

 えっ、いいのでは?

 女性において、陰湿や不正直や無責任や不徹底や愚鈍やイジメ体質の性質があれば、女性自身がそれと格闘することになる。

 男性は、奴隷を失った貴族のように足場を瓦解させるだろう。女性は、主人を失った養豚場の豚達のように、社会と科学をゼロから建設することになるだろう。

 無意識な欺瞞に覆われた現代よりも、いいのでは?


■二次元


 創作でも、主な登場人物が女の子だけの作品なんていくらでもありますよね。

 女の子は絵面的に優しい。小動物的な意味で可愛い。

 オジサンは絵面的にいまいち。可愛いとは言いがたい。

 二次元の女の子達のように、ほんわか仲良くやってもらえたら理想ですね。

 戦争がなくなって、男性という性は役割を終えたのかもしれません。

 しかしどうかな、男性が描く女性キャラクターが一番、女性ホルモンが出ている気がします。それに、心に自己欺瞞がなくて純粋な感じがする。

 私が空想する女性像もきっと、女性に潜在する精神的な優しさを過大評価していることでしょう。


■結論


 「女性だけの街」を支持します。

 真剣に頑張るなら支持します。甘えて都合のいいこと言ったらダメです。

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[良い点] 筆者さんのいう肯定って女性優位社会。家畜人ヤプーとか、よしながふみの大奥※1、小説版ポケットモンスターの世界※2でしたか。完全勘違いしてました!!すいません。 ※1隕石についていた伝染病…
[一言] 性差とか性本能とか3世代くらい経過したら経験者0になってメリットじゃなくなると思います。 それくらいになると生きる意味も死なないために価値観が統一されてそうでもありますが。 介護ロボットとし…
[良い点] 丁寧なレスポンスありがとうございます。 [気になる点] ≫オカルト本みたいなことですか? もっと真面目なもの読みなさい! ちくま文庫【偽史冒険世界~カルト本の百年~】はちょうぜつ真面…
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