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突然の告白

 勉強机、丸型の机、本棚、クローゼット、ステレオ、ベッド、見渡す限り、目立つ物といえばそのくらいだ。

 それらの物が置いてあるこの場所は――俺の部屋である。

 部屋の形は長方形で、平均的な一般高校生の部屋の広さと変わらない。所謂いわゆる普通の部屋に近いと俺は思う。

 時計は既に十八時前。アリアさんと一緒に帰宅した自室には俺、未来、アリアさんが揃っていた。

 部屋の中央に位置し、ラグマットの上に設置してある、楕円形のブラウンテーブルを挟んで、向かい合う状態で座っている。

 未来もアリアさんも、真剣な眼差しで俺が話し出すのを待つ。こんな優しい子たちに心配されるなんて、男冥利に尽きるな。

 二人には本当に感謝の気持ちで一杯だ。

 もし同じ立場なら、ここまで熱心になれるだろうか。

 色恋関係では役に立たないかもしれないが、他のことなら助けになりたいと思う。

 二人から学び、考えさせられることは、これから先の場面でも多く訪れそうだな。


「じゃあ、話すよ。今日は昼休み、一人になりたいと思い立って教室を出たんだ」


「どうして一人になりたかったんですか?」


「それは何となくかな」


 周囲の変化に少し疲れたからだが、これは別に話すことでもないだろう。こればかりは慣れだしな。


「じゃあ、その後に何かあったんですね?」


「ああ。俺は屋上でのんびりしていた。そんな時に姫川が来たんだ」


「だから、紫音君が教室を出て行った後に、姫川さんも教室を出て行ったんですね」


 アリアさんは納得顔をして姫川の行動を教えてくれた。

 行動力は一人前のようだ。今は暴走しているみたいだけど。

 いかんせん結果が伴っていない――ある意味姫川には、伴った結果があれなのかもしれないが……。

 物語では、後で思いに気づいた者が、告白してハッピーエンドになる――というのがよくある手法だが、俺は違う。

 感情のある人間だ。そんな都合の良い相手にはなってあげられない。


「そこで、姫川さんと何かあったんだよね?」


 今まで沈黙を保っていた未来が核心に迫ってきた。真剣な力強い綺麗な黒い瞳が俺を映す。


「そうだ。スルーすることは不可能だと早々に判断した俺は、姫川と会話をすることにした」


 俺は二人に、全ての内容を補足込みで話した。

 話を聞き終えると、未来は噴火寸前の火山のように、いつ怒りが爆発してもおかしくない状態に。

 アリアさんは、口に手を当てて唖然としていた。

 まず口を開いたのは未来だった。

 普段と違って、可愛さはどこ行く風といったような怒りに満ちた表情だ。


「あの人許せないよ! わたしは昔からお兄ちゃんが、あの人のことを好きだって知ってた。でも楽しそうだったから、我慢してたのに……。振ったと思えば、今度は好きってどういうこと!? あまのじゃくにもほどがあるよ……。どれだけお兄ちゃんを振り回せば気が済むの! しかも、ファーストキスまで……」


 我慢してたのか……。だから姫川と遊ぶ時には、俺の後ろに隠れてたり、不機嫌そうだったり、どこかに出掛けたりしてたのか。

 前々から相性は悪そうだったが、そこまで溝が深かったとは。

 しかしながら、ファーストキスの部分で、一番悔しそうな感情を表面化させていたように見えたのだが、それは気の所為だろうか。


「ありがとな。俺のためにそこまで怒ってくれて」


 こんな兄思いの妹が他にいるだろうか。

 天が俺のために、女神を直々に送ってくれたに違いない。割と真剣まじで。


「お兄ちゃん……」


 俺は未来を落ち着かせるために、頭をポンポンした。

 怒った顔はあまり似合わない。

 未来がある程度落ち着いたら、先程まで唖然とした表情だったのを、元の冷静な表情に戻したアリアさんが話し出す。


「キスを無理矢理なんて……最低です。姫川さんのように付き合ってから、大切な人に気づくことはあるのでしょう。実際問題距離が近すぎて、紫音君を好きだと自覚するのが遅れたんです。ですが、そんな言い訳はまかり通りませんし、暴走して良い理由にもならないと思います」


 アリアさんは意外と辛辣だった。しかし正論だ。

 見事に俺と姫川はすれ違ってる。

 最初は俺が好きだったのに、今度は姫川が俺を好き。しかもその好きはどちらも一方通行。

 本人は自分の秘めてた思いに気づいたから、一直線に好意を表現したのだろう。

 でも、選んだ手段が悪かった。あれでは逆効果に働いてしまっても仕方ない。

 姫川が女だったから良かったものの、男が好意を持たれてない女に同じことをしたら、強烈なビンタに加えて下手したら晒される可能性も否めない。


「アリアさんの言うことは、ごもっともで的を射ているよ。的確な意見ありがとね」


 アリアさんも自分の口から、こんなにも続けて言葉が出るとは思っていなかったのかもしれない。俺の感謝を聞いてから、やっと安心したらしく「どういたしまして」と言って微笑んだ。


「お兄ちゃんはさ、あの人のことをどう思ってるのかな? まだ好きな気持ちも残ってたりするの?」


「幼なじみとしての感情は、正直まだまだ残ってると思う。家族の次に付き合いが長いからね。姫川を見ると、色々な記憶が思い出される。でも、恋愛感情はまったくないと言ってもいい。それだけは紛うことなき事実だよ」


 当然と言えば当然だ。幼なじみに恋をすること自体がそもそも厄介だ。普通は振って振られてさよならーで終われる。

 それは、思い出が少ない場合が多いからだ。幼なじみはそれに、過ごした月日と数多の思い出がプラスされる。

 とはいえ、俺は決別を申し出た身だ。そして覚悟した上での決断をした。中途半端な覚悟なら、今俺は決別をしていない。

 彼氏と別れたからといって、今さら戻る仲にはしない。仮に戻るとしたって、お互いに精神的な成長を続けなければ無理だ。少なくとも現段階では不可能に近い。


「そっか……。これは一度訊いてみたかったんだけど、お兄ちゃんは何であの人を好きだったの?」


 未来は心底不思議だという風に言ってきた。下手したらこれが一番聞きたかったのかもな。俺も理由なんて誰にも言ったことないし。





 あれは確か――

 俺と姫川は近所に住んでおり、親同士の仲が良かったから、自然とその子供である俺たちも仲良くなった。

 漫画やラノベなどの物語に出てくるような将来結婚しよう――なんて約束はなかったが、毎日のように楽しく遊んだ。

 俺が好意を寄せ始めたのは、小学五年生になって間もない頃だ。恋を経験したことのなかった当時の俺は戸惑っていた。

 今まで平気だったのが、姫川の顔を見るだけでドキドキして顔が熱くなったからだ。

 明確な理由なんてないかもしれない。五年生になるまでに、自然と近くにいた姫川に好意を持っただけかもしれない。それでも好きという気持ちは嘘ではなかった。

 人が人を好きになる理由なんてそれぞれだ。外見がドストライク、一緒に過ごす時間が多かった、会話が楽しかった、とかね。

 俺の場合は典型的で、一番近くの存在だったからだ。

 勝手に自分の中で、他の子を度外視してたのも否定しない。

 当時から最近までは確かに夢中だったから、仕方のないことではある。


「しおくんはさ! 好きな人いるの?」


 公園のブランコで遊んでたある日。

 五年生の頃、何の前触れもなく、唐突にそう訊かれたことがあった。その時は恥ずかしくて「いないよ」と素っ気なく答えたのを覚えている。


「そうなんだ。今日ね、クラスの子から『しおんくんのこと好きなの?』って聞かれたんだ!」


 この当時は、訊きたいけど訊くのは怖いという葛藤を密かに抱いていた。


「あたしは好きだって答えたよ! だって大事な幼なじみだからって!」


 満面の笑顔でそう言われた時は、嬉しさ半分落胆半分だったんだっけ。


「あたしね、しおくんのこと大好きなんだ! これまでも楽しかったけど、これからもたくさん思い出作ろうね! ずっと仲良しでいよう!」


 ブランコから降りてきた姫川は、俺の前まで来てそう言うと、ニコッと笑って指切りを求めてきたので約束した。

 この頃の俺は、この言葉に満足していたし、幸福感も満たされていた。所詮小学生の時の恋なんてこんなものだろう。実際に付き合いたいと思ったのも高校生の時だしな。

 姫川は純粋だったんだ。行動や言動にいつだって素直だった。そんな彼女だからこそ、俺は好きになったのかもしれない。

 

「俺は最初、姫川の純粋さに惹かれていたのだと思う。俺に笑いかけてくれる、一番仲が良い、一緒にいて楽しい。そんな気持ちが高校進学してくらいから変化して、もう一歩先へ進みたいと思ってしまった。告白した時は惨敗だったけどな」


「純粋というのは少し分かる気がするよ……。良い意味でも悪い意味でもね。でも今回は純粋に行動したからこその失敗だよ。あの人がそれに気づいてれば良いけど……」


 未来の言う通り、重要なのは姫川が気づいていないことだ。

 だから今も尚、どこまでも純粋に俺と仲直りできると信じている。もしくは、これまで仲が良かったのだから、これからも変わらないと思っているのかもしれない。


「今日は二人とも話を聞いてくれてありがとな。自分の中では整理ついてたけど、話してみることで楽になることもあったよ」


「これくらい当たり前だよ! お兄ちゃんのこと大好きだからね!」


 テーブルから身を乗り出して、言葉と共に可愛らしい笑顔を見せてくる。

 癒しだ、癒しすぎる! 俺も大好きだぞ!


「私も大好きです!」


 アリアさんも身を乗り出して、未来と同様に好意伝えてきた。

 俺もす――


「えっ」


「えっ」


「えっ」


 ……危ない。勢いで「俺も好きだ」と言いそうになった。

 それにしてもアリアさんが俺のことを好き……だと。

 どういうことだ。冗談か? 俺を含めたこの場の三人は目に見えて動揺している。


「ど、どういうこと?」


「い、今のはその……はぅ」


 アリアさんは、顔をゆでダコのように真っ赤にさせてうつむいてしまった。


「お兄ちゃん! 未来も男としてお兄ちゃんのこと大好きだから! 下に行きましょう! 今日はアリアさんのご飯も用意してありますから!」


 未来も俺に向けて衝撃の告白をし、アリアさんの腕を引っ張って、立ち上がると、ドタドタ慌てるように部屋を出て行った。

 何だこれ……。シリアスから一転しての超展開。


「……」


 俺はそれから五分程、思考を停止する。

 結果――その場で固まり、一歩足りとも動くことはなかった。

 震度六の地震が起きたとしても、耐えられたのかもしれない。


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