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幼なじみは僅か一週間で別れたそうです

 幼なじみ――姫川桜と決別し、距離を置いてもう三日が過ぎた。

 この数日を軽く振り返る。

 俺は未来が女神だと再認識した。

 未来の目の前で情けない姿を晒した――そのことさえ忘れられれば万事解決なのだが、残念なことに鮮明過ぎるほど覚えている。

 顔から火が出るほどの羞恥に襲われるとは、あの時点では思いもしなかったよ。

 後先考えないで弱さをさらけ出した結果、よもや後悔することになるなんてな。

 朝起きた時なんて早々に記憶が呼び覚まされたから、枕に顔をうずめて叫んだよ。

 未来と顔を合わせた時なんかは、とびきりの笑顔で「貴重なお兄ちゃんが見られたよ。バッチリ脳内保管しておいたからね!」と俺の元気を出す為なのか、明るい声で冗談混じりに言われた。

 微笑ましかったが、一方的な展開で終わらせるのも面白くないし、兄としての沽券に関わる。


「ありがとな。それと……嬉しいよ。どんな形であれ、未来の記憶に刻まれたんだからさ」


 正面から未来の肩を掴んで言うと、照れた様子が窺えた。

 そこで更に抱きしめて「……大好きだよ」とダメ押しに耳元で囁く。


「――ひゃわ!? お、お兄ちゃん、ダ、ダメだよ……まだ心の準備が……」


 想定してた以上のリアクションだ。顔から耳の付け根までみるみるうちに赤が占領していく。

 最後はボソボソ喋りで変なこと言ってたけど、可愛くて気にならなかった。

 俺から未来への好感度は加速とブーストを繰り返してうなぎ登り。まったくの天井知らずである。

 学校に行く俺の足取りはいつもより重かった。

 日をまたいだことで、ある程度は整理できたが、本人を前にしてしまえば、冷静さを保つ自身があまり持てない。

 涙を流されてしまったからだ。涙を流されず、関係を終わらせられたなら、心境はまったく違うものだったと思う。

 好きという好意が無くなっても、過ごした時間と思い出は普通に残っている。間違っても忘れたいとは願わない。

 自然に忘れるならまだしも、今がどうであれ、大切な記憶である。

 決別は自分が蒔いた種。今後、俺から話し掛けることはしない。

 それこそが、幼なじみに向けて放った言葉の重さであり、俺の覚悟の証でもある。

 少しずつで良いから、桜――いや、もう姫川の方が良いか……。姫川に向けている感情を少しずつでも幼なじみから、ただのクラスメイトに向ける程度まで薄めていこう。

 決別した以上、いつまでも幼なじみ気分でいるわけにはいかない。

 俺は短い時間で決意したのだから、勢いで決別した面もあると思う。

 だから、百パーセント後悔してないとは言い切らないが、冷静になった今でも選択は正しかったと信じてる。

 そもそも彼氏彼女ができたなら、異性の幼なじみと今まで通り仲良くするなんて無理に近い。

 俺が決別を申し出なくても、付き合いは疎遠になってた可能性が高いな。

 少なくとも俺ならそうなる。もしも恋人ができたなら、新たに親しい女性は作らないし、優先度も当然彼女だ。既に存在する女友達がいれば、彼女と一緒になら会うという制限を設ける。

 間違っても勝手には会わない。不安を煽らせたくないからだ。

 仮に俺が、今まで通り幼なじみとして仲良くしてたなら、彼氏の方が不信感をいだくだろう。

 人っていうのはどんなに綺麗事を並べ立てようとも、好きな人に一番親しい存在を自分に望む。恋人だったら尚更自分以外の異性と親しい姿は見たくないはず。

 男と女を二人きりにしても平気な彼氏彼女は、ちょっと俺には理解が厳しい。最悪が起これば、いつか浮気される、もしくは襲われる可能性もなきにしもあらず。

 恋人同士がお互いにリスクリターンを測り違えてしまえば、破滅の一歩を辿る可能性はどこにでも潜むことだろう。

 まあ、浮気や不倫をするような人格の持ち主と付き合ってしまった時点で、ご愁傷様である。

 ちなみにこの日、姫川は学校を休んだ。ただの風邪か、あるいは……。


 一昨日の学校は、姫川が登校してきた。時たま、沈痛な面持ちでこちらを見てくるものの、気にしたらドツボなので、気づいてない振りを貫き通した。

 この状況で俺が気にかければ、負の連鎖の始まりだ。

 最初は辛いかも知れないが、姫川には自分で優しいと認めた彼氏がいる。きっと心の支えになってくれるさ。

 信頼できない相手と付き合うほど能天気ではないだろうし、彼氏は彼女に頼られてなんぼである。

 永井が姫川を本気で大切に思ってるのであれば、今の暗い状態は見過ごさないはずだしな。


 昨日も姫川は遠い席から見つめてきたり、時折足を向けようとしていたが、徹底的に避け続けた。

 ここが我慢のしどころ。乗り切れば自然と距離を離せる。

 俺は、そう信じていた。

 昼休みは最近、女子が代わり番こで俺の席へ移動してくる。


「ワンチャン狙ってるんだぜ!」


 親友の光一はこの状況に、片目を閉じた状態でサムズアップしながら、突然そんなことを発言してきたので、俺はユーモアに返した。


「ワンチャン? 犬のことか? 俺は犬飼っていないぞ」


「はんっ、しけ」


 真顔で言い放った渾身のギャグに、しらけた視線を向けられ、しかも鼻で笑われてしまう。

 ダ、ダニィィィィィィ!!

 く、屈辱だ……。

 俺が野菜星の王子なら、今頃ぶちギレて光一はあの世に直行便だぞ。

 ふっ、命拾いしたな。

 俺がプライドの塊なら、君は汚い花火だった。

 冗談はさておき、人間は順応する生き物。

 この状況にもすぐに慣れるだろうと、俺は軽く現実逃避しながらも考えていた。




 

 そんな過程を経て今日は金曜日。

 ほとんどの生徒が、この日を終えたら嬉しく感じるだろう。

 例外的にスポーツ系の運動部は、休日来るな! と思っているかもしれない。主に練習試合や、午前から午後にかけての、平日よりも長い練習が嫌で。

 頑張れ、スポーツ少年たちよ! それを耐え抜いた先に希望が待ってるぞ!

 俺が人知れず運動部にエールを送っていると、朝から早速、野球大好き少年こと光一が大きめな声で話し掛けてきた。


「重大ニュースだぞ!」


 席に着くと、光一が俺の肩を遠慮の欠片もなくバシバシ叩いてくる。

 うん、普通に痛いからね。手加減って知ってるかな?

 朝からテンションも高いし。

 ……これは恒例のあれだな。

 光一は結構な情報通で、俺に多くの情報を教えてくる。その内容は、どうでもいいことから、割と面白い話まで様々だ。

 時たま、無意識かもしれないが、情報話をすり替えて姉の愚痴を挟んでくるのは、相当ストレスが溜まってる証拠なのだろう。

 

「また何か新しい情報か?」


「ああ……聞いて驚くなよ?」


 そういうセリフを言うやつは、大概驚いてほしいと思ってるものだ。所謂いわゆる前フリってやつだろ。

 押すなよ、押すなよ、絶対に押すなよ。みたいな感じの。


「実はな、姫川さんと永井が……別れたそうだ」


「……っ!?」


 少しの間、言われたことを呑み込むのに時間を要した。

 情報が脳まで正常に伝達されると、一瞬だけ驚愕が顔に出たかもしれない。


「……へ~そう。そんで?」


 俺は努めて冷静な口調で続きを促す。


「やけに冷静だな。もう少し慌てると思ってたんだが……」


 俺の淡白な反応に、光一は意外そうな顔をしていた。

 確かに衝撃だった。でも…………俺はもう姫川とは幼なじみの関係ではない。

 俺が気にするのは筋違いだ。

 

「肝心な続きなんだが、詳細までは正直わからなかった。だけど、これだけは確実で、姫川さんから別れを切り出したそうだ」


 付き合って間もないにも関わらず……早いな。

 普通、キスまでする仲なのに、こんな簡単に別れるなんてことが、あり得るのだろうか。

 何故だ? 心の支えになってくれるはずの彼氏だろうに。

 彼氏の性格がよっぽど悪いのか? でも優しいと太鼓判を押していた。

 姫川に何らかの心境を変える出来事が?

 ……分からん。

 付き合った者にしか理解できない苦悩があるのかもしれない。

 だとしたら、これ以上思考を巡らすのは無意味かもな。

 

「心配か? 幼なじみだもんな」


 俺の表情を見た光一は、心配してると思ったようだ。

 少しはその気持ちもあるのだろう。

 でも、根本はそうじゃない。

 恋愛は想像以上に複雑なのかもしれない――そう思わされた部分の方が強かった。

 ごちゃごちゃ考えても答えの出ない午前中だったが、四限目まで授業は何事もなく進み、昼休みを迎える時間となった。


「一緒に食べようぜ!」


 いつもの元気なハッピースマイルで、隣から俺を誘う声が掛かる。

 光一には悪いが、今日は一人になりたい気分なんだ。

 最近何かと騒がしかったし。

 今日くらいは……な。

 たまにあるじゃんか。こう……一人の時間が欲しい時が。


「今日は何となく一人でゆっくりしたいんだ。昼休みが終わるまでは帰って来ないから、誘ってもらって悪いけど、他の友達と今日は食べてくれ」


 席を立ち、ごめんポーズをして光一の誘いを断る。

 光一は「そうか。行ってら」と言って、ニカッとした笑みで俺を見送ってくれた。

 俺も短く「おう」とだけ返して教室を出た。




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