教室で待っていたのは?
休日を挟んで、今日は週の始まりとなる月曜日。
先週の金曜日からの三日間は、普通に楽しい日常だった。
香山姉妹は、俺たち兄妹と同じ帰宅部なこともあり、金曜日も一緒に下校した。
その時に俺達は連絡先の交換をしている。
なんでも、連絡先を知ってた方が、何かと便利らしい。何が便利なのかに関しては、イマイチ不明だったが。
土曜日は未来と一緒にエンタテインメントモールに行った。ショッピングとゲーセンをメインとして遊んだ。
癒しの時間で、俺の心はハッピータイムだった。
日曜日は光一が昼から暇だったらしく、遊びに誘われた。
俺も暇だったから了承し、バッティングセンターで遊んだ。
「朝も部活で野球したのに、昼間も似たようなことするのか?」
光一に単純な疑問を投げ掛けると、純粋MAXの笑顔になって「野球が大好きだからさ!」と言われた。
この時『THE BEST OF 野球少年』という賞があれば、真っ先に受賞させてあげてくれと思った。
バッティングセンターで、二人ともホームランを何本か出し、ホームラン賞で景品のスポーツドリンクや千円、など他にも色々と貰った。
ストラックアウトやスピードガン計測もしたな。ストラックアウトでは、光一がパーフェクトを達成していた。
流石! 野球部の二年生にして現エースだ。球速もさることながら変化球のキレも凄い。パーフェクト賞として三千円を獲得していた。
俺はスピードガン計測の方をした。MAX百三十五キロが自分の最高記録として表示されている。これが素人として速いのか知りたかったので、光一に訊いてみた。
「素人がこれだけの速さで投げられるのは凄いことだぞ! その才能を腐らせるのはもったいない。今からでも遅くないぞ。野球やろうぜ!」
結果――テンション高めの光一に勧誘された。高校二年生という中途半端な時期に部活は始めたくないので断ったが。
光一も本気で勧誘してないから、この話はあっさりと終わりを迎えた。いつも通りのノリだな。
そもそも俺が部活をやる気がないことを知ってる前提で、意味のないやり取りだが、こういうのも悪くない。
楽しい時間ほど、短く感じるとはまさにこのことで、充実した休日はあっという間に過ぎ去った。
そして月曜日の放課後。
登校して靴箱を見ると、ラブレターと思われるピンクの可愛らしい手紙が入っており、率直に言うと反応に困った。
嬉しいという気持ちは確かにあるのだ――あるのだが、親しくない顔も知らない人に貰っても、断るしかないのが俺の当たり前。
複雑な心境だ……。
面倒な性格だよ。顔が良ければOKのチャラ男な性格ならば、初彼女ゲットだったのに。
断る方向で考えをまとめ、俺は指定された屋上に到着し、扉を開ける。
俺は屋上の中央辺りで、佇んでいた女子生徒まで歩みを進め、声を掛けた。
「君……だよな? 俺にこの手紙をくれたのはさ」
「は、はい……。あの、話したこととか全然ないんですけど……み、見ているうちにだんだん好きになりました。付き合ってください!」
緊張した面持ちの彼女は、少しどもりながらも、精一杯想いを伝えてくれた。彼女は頭を下げた姿勢で返事を待っている。
「ごめん。気持ちは嬉しいけど、君とは付き合えない。告白してくれてありがとう」
「そうですか。そうですよね……。来てくてれてありがとうございました! では……」
彼女は、俺の返答に悲しそうな顔で笑顔を見せると、お礼を言って、走り去った。
最後の悲しそうな、無理して作ってたであろう笑顔は、彼女なりの気遣いだったのかもしれない。
断るのも結構グサッとメンタル削られるな。桜もこんな気持ちで振ったのかもしれない。
ワンチャン狙いの軽い告白なら、何も思わないんだろうけど、本気の告白っていうのは、する方もされる方も互いにきつい部分があるんだよな。
二つを体験して初めて分かることもあるらしい。
……さっきの子。可愛いかったし、優しそうな雰囲気も感じられた。
惜しいことをしたかな。
自分が少し恨めしいが、性分なので割り切るしかない。
振られたばかりの俺が、別の女の子の告白にOKしたら、それこそお笑い草だ。
誰でも良いのか? ってなってしまう。
でも、本気で好きになったなら、そんなこと言ってられないんだろうな。
この短期間で振られて振ってを経験するなんて、少し前の俺じゃ考えもしなかったことだ。
俺は若干ネガティブ思考になりつつも、帰宅する為に鞄を取りに戻った。
教室に戻ると、生徒がポツンと一人だけ。しかも俺の席に座っている。
その人物は、最近お互いに距離をはかりかねている幼なじみ――姫川桜だった。
窓際の夕空の明かりが窓を通過して桜を照らしている。
茶髪セミロング、顔は整っており、可愛い系の顔立ちだ。平均的な背だが、スタイルは平均よりも良い方だろう。
引き戸の開く音で俺に気がついたようで、桜はこちらの方に振り返る。
控えめに胸の前で手を振ると、俺の正面まで駆け寄ってきた。
「話すのはちょっとだけ久し振りだね。こんなに話さなかったのって初めてかな?」
「……そうだな。何か用でもあるのか?」
「うん。だから、一緒に帰らない?」
彼氏持ちが男子と二人きりで下校……。
桜の中では、幼なじみとの下校は別枠なのだろうか。
あまり利口な考えとは言えないな。彼氏に許可を取ってるのなら、話は変わるのだろうけど。
「……俺の方は構わないけど、桜は彼氏ができたんだろ。俺と一緒に、しかも二人きりで帰ってもいいのか?」
俺は重要なことだと思い、敢えて言葉の一部分も強調してからきちんと尋ねた。
「……えっとね、大丈夫だと思うよ」
少し考える素振りを見せる桜だが、返事はすぐだった。
そんな曖昧なことで大丈夫か? まだ付き合い始めなんだから、危ない橋だと思うが。
俺は桜の恋愛に対する姿勢が、分からなかった。
本当に彼氏を好きなのか? そう疑問に思ったのだが、俺が気にすることではない――直ちに疑問を霧散させた。
「そうか。だけど、これは言っておくな」
「何かな?」
「俺たちは幼なじみだけど、所詮は幼なじみ。桜には彼氏がいるんだから、男と二人で帰るような真似は避けた方が賢明だ。桜の彼氏に絡まれるのも嫌だしさ」
俺は問題が起きないように、あらかじめ桜に釘を刺しておく。
嫉妬深い彼氏だった時に、いざこざに巻き込まれたくない。
「何で? 和くんは、優しいから大丈夫だよ」
桜は首を傾げ、疑問顔を作ると、自分の常識を口にした。
和くんとは――永井和志のことだ。
それなりに人気があるらしい。顔はイケメンだが、顔だけならまだ上に何人かいるとのこと。
サッカー部のエースは、それだけステータス価値が高いと言えるのだろう。
よく知らないし、興味もないけど。この情報も光一が教えなければ、一生知らないままだったしな。
基本シスコンな俺が、何の繋がりもない男に興味を示すことはあまりない。あったとしても、光一みたいな友人になりたいと思った者だけ。
「いや、優しいとか知らんよ。桜は彼氏が他の女子と二人きりで行動してても平気なのか?」
「う~ん。嫌かも」
煮え切らない答え方だな。そこは、ハッキリ嫌と言っても良かった場面なんだが……。
桜の恋愛観は謎だな。嫉妬の色もあまり見えないし。独占欲が弱いタイプなのか?
「よっぽどの用事の時以外は控えた方が良いぞ。これ以上は桜次第だから、何も言わないけどさ」
あとは、自分で考えてもらうしかない。それにイチイチ言わなくても、失敗したら桜がそこで学ぶだろう。
「わかった。でも、今日は帰ろっか。話もあるからね!」
俺の言葉に小さく頷くと、桜は嬉しそうな顔を浮かべた。
そこまでテンション上がることかな。
「ああ」
俺が短く返事をすると、桜は俺の机に鞄を取りに行き、手渡してくる。
「ありがとな」
「うん!」
こういう気配りはできるんだよなぁ――と思いつつ、教室を後にした。