ゴールデンウィーク終了
「はぁ……」
俺はぶらぶらと目的地を決めず、ゆったりとした足取りで、昼の散歩をしていた。
時折、ため息を吐きながら。
「好きになってしまったら……か。それってつまりは、そういうことなのだろうか? 自意識過剰……ではないよなぁ」
マリアちゃ……マリアのことは未来の友達兼身近な後輩――というイメージが強かったから戸惑いが強い。
難しいな。どう対応するのが正解なのか。
下手に振って傷つけるのは避けたい。未来の友人関係がギクシャクする可能性もあるから。
となれば、保留がベスト。
当分は、様子見するしかないか。
「ちょっと」
「……」
「ねぇ、ちょっとあんた」
「……」
「海田!」
「だ、誰だよ。って成瀬じゃないか。……びっくりさせるなよ」
不意打ち過ぎて、肩が跳ね上がってしまった。
よほど深く考え込んでいたらしい。
俺の肩を後ろから掴み、大きな声で呼び止めた彼女――成瀬乙女は、姫川の親友である。
明るい茶髪のツインテール。気の強さが目や話し方に表れているが、整った顔立ちをしている。背は少しだけ低めだ。
「呼び掛けてんのに、あんたが何度も無視するからでしょ」
「考え事してたんだよ」
「ふ~ん。まあ、どうでも良いけどね。そんなことより、この後少し付き合いなさいよ」
ひでぇ。
しかも、そんなことよりとか。
そんな無礼者には当然こう答える。
「ノーセンキュー」
「あんたに拒否権なんてないわ。訊きたいことがあるの。行くわよ」
「えぇ……」
駅前付近まで来ていた俺は、この付近のハンバーガー店まで、有無を言わせぬ勢いそのままに連行された。
ハンバーガー店まで来たら、飲み物だけ買って席に着く。
ハンバーガーを頼まないのに、ハンバーガー店に来る日が訪れるとは思いもしなかったよ。
「無理矢理連れてきて、一体どんな用件があるんですかねぇ?」
「大事な話があったのにあんたが断るからよ」
成瀬はショートデニムから伸びる足を組んで、安定のツンツンした物言いをしてくる。
いっそ清々しいほどに偉そうだ。
まあ俺の場合、ある程度聞き慣れてるからなのかもしれないが。
「成瀬は言い方ってものを少し学んだ方が良いぞ。むしろ推奨する」
「余計なお世話よ。それに、用がなければあんたになんて好き好んで話し掛けないわよ」
棘しかないな。
言葉の針がどんどん加速して、襲いかかってくるのだが。
鋭さも増している。
はぁ~。コワイコワイ、コワーイ。
「さいで」
「訊きたいのは桜のことよ」
「姫川の?」
予想の範疇ではある。
そもそも、成瀬が俺に話し掛けるのは姫川が一緒の時、あるいは姫川関連で訊きたいことがある時くらいだ。
中学の時は、言い方が今よりもまだまだキツく、周囲から敬遠されており、それが原因で孤立していた成瀬に話し掛けて、徐々に仲良くなったのが姫川だ。
そんな経緯があったからなのか、それ以来ずっと姫川大好きっ子だからな~こいつ。
永井のことも良く思ってないはずだ。
それどころか、姫川を惑わした悪者とすら思ってるかもしれない。
「あんた……いつから桜を姫川って呼ぶようになったのよ?」
「別にそんなのどうだって良いだろ。成瀬には関係ないことだ」
姫川が成瀬に話してないなら、俺からその件に関して話すことはない。
「そう……ね。じゃあ、ここ一ヶ月くらい、桜の様子が変なんだけど、何か知らない?」
「さあな。いつも一緒にいるわけじゃないし。姫川は成瀬になんて言ってるんだ?」
「何でもないって……」
成瀬は落ち込んだ様子で、小さく言った。
姫川は一人で整理してるのだろう。
それなら、普段通りに接してあげるのが一番な気がする。
「じゃあ、放っといてやれよ。何かあるなら姫川から相談してくるはずだ。そうだろ?」
「でも! でも……明らかにあんたとの関わりが減ってから変なのよ。笑顔が減ったし、暗い顔をすることの方が多くなったわ。あんたが原因なのは間違いない。最近になってからは、薄化粧もするようになったし」
確かに、ノーメイクだったのが、化粧するようになってたな。
効果があるらしく、男子の評判はゴールデンウィーク前に上がってた。
今時の女子高生なら、薄化粧するのも自然だと思うけどな。
「俺が原因だったらなんなんだ」
「桜ときちんと話し合って仲直りしなさいよ」
言われずとも、二十日後には話し合いの日が訪れる。
「今は一時的に距離を置いてるんだよ。だけど、話し合う日は決めてある。だから何の問題もない」
「何で、そんなに冷静なのよ。最近は周りに目に見えて女子が増えたし。あんたは桜が好きなんでしょうが。それなのに!」
成瀬が机をバンッ! と叩いて俺を睨む。
音が響いた所為で、何事かと周囲に注目されてしまった。
「落ち着けよ。俺はもう姫川のことは好きじゃない。失恋もしてることだしな」
「……永井と桜が付き合ったからよね? あれにはわたしも驚いたわ。でも、寄り道しちゃったかもしれないけど、桜はあんたのことを好きだって気づいたじゃない」
意外だな。成瀬が姫川の恋を遠回しでも応援するとは。
百合ではなかったんだな。ただ友情が少し重めなだけで。
だからって、それとこれとは関係ないことだけどな。
「恋ってのは簡単なことで冷める。気づいたって後の祭りだ。姫川に元気がないのであれば、成瀬が支えてやってくれ。今の俺では支えてやれない」
「……ちっさい男ね」
「今、何て言った?」
「ちっさい男って言ったのよ。結局あんたは桜が最初に自分を選んでくれなかったから、へそを曲げてるんでしょ。そして、仕返しに突き放した。あんたが桜のことを本当に好きなら、そのくらい水に流せたはずでしょ。結局あんたは本気で桜のことを好きじゃなかったのよ!」
恋したこともないようなやつに言われたくない。
だいたい、恋は人それぞれの形があるんだ。
それなのに、何で成瀬に否定されなくちゃならないんだよ。
「知った風な口を……。仮に、仮にだ。俺の恋が本気じゃなかっとしても、既に終わったことだろ。今さら蒸し返すのはよせ」
「そうやって逃げるのね」
俺の眉がピクッと動いたのを感じた。
少し気が立ち始めたのかもしれない。
それもこれも、成瀬が俺に対して常時喧嘩腰な所為だ。
「逃げてない。好意が本物だろうと偽物だろうと、俺の姫川への恋はとっくに終わってる。それだけの話なんだよ」
「それが逃げてるっていうのよ。あんたが逃げてないなら、迷いなく本物の恋は終わったって言えるはずよ。なのに、そこでぼかした。あんたもあんた自身で桜に抱いていた好意を疑ってるのよ」
「そんなはず……」
あるわけない。あるわけないんだ。
あの当時に芽生えていた好意は、紛れもなく本物だった。
俺が常人よりも冷めやすい性格なだけで。
それを、それを! 変に解釈するのはどう考えても違うだろ。
「もう良いわ。あんたを見てると、わたしまで悪い影響を受けそうよ。次に桜と話し合う時には、もう少しまともに自分のことを考えられるようになっててほしいわね」
言いたいことは済んだとばかりに、成瀬は立ち上がる。
「ふざけんなよ。勝手なことばかり……」
俺が見上げる形で睨んでそう言っても、意に介すこともせず「ふん」と鼻を鳴らして、店内から姿を消す。
「こんな空気にして出ていきやがって……。居心地悪いったらありゃしない」
俺はもやもやを胸に抱きつつも、人目から逃げるようにして足早に店を出た。
「何なんだよあいつ。強引に付き合わせた挙げ句、キレて帰りやがって」
散歩する気がすっかり失せた俺は、愚痴を言ったり不満を思ったりしながら、帰路に就いていた。
今回は明らかに俺に対して敵対心持ち過ぎだろ。
どうして俺が成瀬にあそこまで言われなくちゃいけないんだ。
まったくもって気分が悪い。
「あら、紫音くん?」
ポケットに手を突っ込んで、不機嫌気味に下を向きながら歩いていると、前方から聞いたことのある声が掛かる。
目を向けてみれば、幼い頃から知っている、年齢不相応の綺麗な容姿をした女性が、買い物袋を両手に持ち、笑顔を作って歩み寄ってきた。
「結花さん……」
姫川に似た面影を持つ茶髪の女性――姫川結花は、姫川桜の母親であり、お袋の友人でもある。
思えば、この人にはこれまでだいぶお世話になった。
姫川と中が良かった頃なんか、家にお邪魔する度に必ずお菓子を準備してくれたし、車で遊園地や水族館などのレジャー施設へと遊びに連れて行ってもらったことも多々ある。
高校に進学してからは、交流する機会が自然と減ったけど、結花さんへの感謝の気持ちは今でも忘れていない。
そんな人の娘と今現在に至るまで、あまり良くない関係にあるのだから、できることなら遭遇したくなかった。
近所なのがここまで不都合――いや、これまで遭遇しなかったことの方が不思議だったのだ。
「久しぶりね。元気にしてた?」
「はい、相変わらずです。結花さんもお変わりなさそうで何よりです」
「ありがとう。でも、最近疲れやすいのよねぇ。もう年かしら?」
結花さんは茶目っ気のある言い方で、微笑みを浮かべながら訊いてきた。
「とんでもない。その辺の主婦よりも全然若く見えますよ」
「あら、いつの間にそんな気の利いたお世辞を言えるようになったのかしら。時間の経過も早いわけよね。それに、あんなにも小さかった紫音くんのことを今では私が見上げてるんですもの」
結花さんは視線を俺の足元から頭まで移動させ、うんうん頷くと、満足そうな顔をする。
「そうですね。時の流れは早いです。高校もあっという間に二年目ですし」
「こ~ら。紫音くんはまだまだこれからなのよ? そう感じたとしても私の前で言うのは控えなさい。最低でも十年は早いと思うわ」
「以後気をつけます」
いくら若く見えようとも、結花さんは俺の約二倍生きてる。
改めて思えば、確かに年長者の前で時の流れを語るには、まだまだ十代の俺には早かったのだろう。
まあ、母親世代から見たら俺なんて全然若い部類だ。当然と言えば当然か。
「よろしい。そうだわ、紫音くん。ちょうど訊きたいことがあったのよ」
「何をですか?」
俺はそう尋ねたものの、姫川のことだと見当がついていた。おそらく、十中八九外れてない。
「桜のことなんだけどね。……少し前まで暗かったんだけど、最近では急に明るくなって、身嗜みに気を使うようになったの。今までは化粧に興味すら示さなかったのに、化粧の仕方まで訊いてくるようになったわ。紫音くんは何か知らないかしら?」
やっぱりそうか。
それにしても、今は結花さんの前では明るいんだな。母親には心配かけないようにしてるのかもしれない。
身嗜み……か。確か成瀬もそんな風なこと言ってたが、それってつまり、誰かに自分の外見を良く見せたいわけだ。
それは誰に? いや分かりきってる。
「……分からない、ですね。高校二年になってからは、お互いに都合の悪い時も多いですから。流石に中学の時ほど一緒にはいませんし。今は女友達の方が詳しいと思いますよ」
俺は無難な答えを返す。
直接的原因を言うにしても、そこは姫川が言うべきだし、俺から言いたいとも思えない。
「そう……分かったわ。貴重な時間をありがとね」
「いえ、俺も久々に結花さんと話せたので嬉しかったです」
「私もよ。あ、そうだそうだ。できることなら、今後とも桜をお願いね」
「……」
俺はどう返答すべきか瞬時には分からなかった。
嘘を言うのは簡単だ。この場限りの言葉で「はい、任せてください」と言えば済む話だから。
だけど、お世話になった結花さんには、不確定なことを無責任に言いたくなかった。
「それじゃあ、またね」
結花さんは俺の返答を聞く前に、すぐ近くの家に帰った。
「何かを勘づいていた? それとも……」
できることなら……か。
不穏な空気を出してたつもりは無かったんだけどなぁ。
俺は少し動揺しつつも、少し歩いて自分の家に辿り着くのだった。
ゴールデンウィーク最終日。
日にちで見ると長いが、体感時間にしたら短かった休日も今日で最後。
午前中は、休日の経過する理不尽とも言える体感スピードの残酷さに打ちひしがれ、絶望感に苛まれた。
未来という癒しがなければ、一日中ネガティブな言葉を永遠に吐き続けていたことだろう。
兎に角、今日は家でダラダラ生活を謳歌することに決定した。
四日間も外に出たのだから、今日くらいは引きこもりライフ万歳でも良いじゃない。
テレビ、ゲーム、読書などをしながら過ごし、学生の本分である勉強は一切することなく、この日はどこまでも休日を休日らしく過ごした。
そんなこんなで、楽しかったり、考えさせられたりと、忙しななかった黄金休日はこうして幕を閉じるとこになる。
明日からはまた学校。
長期休みの後である学校こそ、俺の中では嫌な日上位にランクインするのだが、そこは気合いでカバーすることにしよう。




