実はモテてた主人公
「紫音おはよう!」
笑顔が似合う男子生徒が挨拶をしてきた。
元気の良い彼――山田光一は、高校からの付き合いで、既に親友だ。
身長は俺より低めだが、運動系の部活だからか、筋肉質で肌が焼けている。野球部だけども、坊主ではなく、黒髪ベリーショートでスポーツ刈りだ。顔は整ってる方だと思う。
「おはよう。今日も相変わらず元気だな。流石スポーツ少年だ」
「おう、まあな。紫音はいつも通り、妹さんのこと以外だとクールだな!」
光一は知っている――俺がシスコンなのことを。
俺と光一の会話の中には、よく未来が登場する。
基本暴走するのは心中だけだが、溢れる妹愛を完全には抑制できず、信頼の置ける光一にはついつい話してしまうのだ。
「ふっ、まあな。今日もその妹と幸福な登校ライフだったよ」
「そりゃ良かったな! 仲が良くて羨ましいよ。それに比べて、おれの姉ちゃんなんて、おれをパシリとしか思ってないんだぜ。昨日だって……」
俺が妹の話をしたら、必ずと言って良いほど、光一は姉の話を始める。光一の場合、珍しくネガティブな内容ばかりだ。
しかも話す時は、雰囲気も少し暗くなって目が死にかける。
俺のポジティブ話と光一のネガティブ話は、ちょうど釣り合いが取れてるから面白い。
「そういえば聞いたか?」
「何をだ?」
光一は話題を切り替え、主語なしで訊いてきた。
「今ので分からないなら、まだ知らないな。衝撃的なニュースだから、耳かっぽじってよ~く聞いてくれ」
「そこまでのことかよ……」
「言うからな。言うぞ? 言っちゃうぞ?」
「早く言ってくれ。芸人じゃあるまいし、もったいぶるな」
「心して聞いてくれ。なんと! 『姫川さんとC組の永井が付き合った』という情報を入手したんだ。それでさ……」
「……」
一瞬時間が止まったかのような感覚に陥る。
光一がパクパクと口を動かして何かを喋っているが、耳に内容が流れて来ない。
「おい紫音、紫音!」
俺の肩を揺らす感覚と呼ぶ声により、無音の空間から半ば強制的に意識が戻される。
「……ああ、なんだ?」
俺は動揺を悟らせないように平静を装う。
ここで動揺を察せられるのは、プライドが許さない。
「なんだ? じゃないよ。今の話、聞いてたか?」
俺は右手でこめかみ辺りを掻き、苦笑いを浮かべる。
「あー。悪い聞いてなかったわ。で、何だっけ?」
「姫川さんと永井が付き合ったことで、これがまた中々に周囲が面白い反応してるんだよ」
光一が周囲に視線を巡らせながら、声を弾ませてそんなことを言ってくる。
「面白い?」
周囲の反応が関係あるのか? それに何が面白いのか、光一自身がニヤニヤと愉快そうな顔をしている。
「まずな、前提として、姫川さんと紫音が付き合ものと思われていた。実際、付き合ってると思ってた生徒もいる。それなのに大判狂わせが起きたんだ。そう……永井に告白されて付き合っちまった。つまり今、荒れてるんだ。特に女子がメインで」
へぇ~。幼なじみだから俺が付き合うと予想されてたのか。残念なことにもう振られたけど……。
これは誰にも言ってないから、噂になる可能性は桜がばらした時か、俺が自分から話した時だけに絞られる。
「荒れるってどういうことだ?」
「周囲の女子を見てみな。紫音に注目が集まってるからさ」
「そんな馬鹿な。客寄せパンダじゃあるまいし」
そう言いつつ見渡してみると、何人かの女子がこちらをチラチラ見ていた。目が合えば、顔を赤く染めて背けられる。
何か目が合った女子が、友人同士でひそひそ話を始めてるんだが。
どういうことだってばよ……。
「つまり嫌われてると?」
俺の言葉に呆れたのか、両手を肩辺りまで持ってきて指先を外側に向け、やれやれというようにリアクションしてから、光一は溜め息を吐いた。
その動作やめい。様になってる分、腹立つから。
「紫音は自分で気付いていないようだが、学校中での人気は高いんだぞ」
俺に人気……。そんなアホな。仮に本当だとしても、告白されたことなんてただの一度もないぞ。
まさか! ……いじられキャラで人気、とかそういうお笑い的なオチか? いやそれはないな。ならば文字通りということか。
「本当か? 俺は人気になることした覚えも、モテる要素があるとも思えないのだが。バリバリ現役の帰宅部だし」
「本当だよ。それと帰宅部は関係ない。疑ってるようだから、まずモテる要素を教えてやる。この機会に自覚させてやるぜ」
しょうがない奴だなぁ、という風な顔をした光一に、俺はほんの少しイラッときたが、話が進まないので見逃した。
「わかった。教えてくれ」
「最初にスポーツ万能だということ。去年のスポーツテスト、球技大会、体育祭、ロードレース大会で運動部を差し置いて勝ったことだろ。次に頭も良くて勉強もできる。最後に顔がイケメン。言われたことくらいあるだろ?」
確かに昔からスポーツは大体できたな。唯一水泳を除けば……。
水泳だけはどうしても駄目だ。初めて努力は実らないと学ばされたスポーツだから。
息継ぎはできない、勝手に沈む、ガチで意味わからん。俺は石かなんかか? と何度思ったことか。
世界水泳とかの競技を見るのは好きなのに、泳ぐのはマジで嫌い過ぎる。中学時代、どれだけ水泳の授業をサボろうと思ったことか。
挙げ句の果てには、あまりにも上達しないものだから、俺だけの為に歩行するだけのコースが作られた。
泳ぎ苦手コースはあったけど、歩行コースって何だよ! 俺はフィットネスジムに通うお爺ちゃんお婆ちゃんか。
水泳の時だけは毎回同情的な目で見られ、耐え難い屈辱を受けた。
ここに入学したのは、水泳の授業がない高校を調べ尽くした結果なのだ。
他のスポーツに関しては、遊べば大体のコツは掴めるし、走りについては、毎朝ランニングをしてるから体力はある。
それ以外は何もしてない。
えっ? 今日は寝てたって? 四時から五時までの間がランニングだから、シャワー浴びたら二度寝してるんだ。もちろん寝ない時もある。完全ランダム制だ。
頭が良いかはわからないが、勉強は得意な部類に入る。テストも毎回十位以内をキープ中だ。
自顔の評価はあまりわからないんだよなぁ。身長は去年の測定で百七十八、髪は黒髪ショート。主観的にはこれくらいだ。
客観的な意見では、妹や両親には整ってる、格好良い、などなど言われたことあるけど、てっきり身内贔屓かと思ってた。
お世辞ではなかったんだな。
「モテ要素は、なんとか納得した。しかし、生まれてこの方モテたと実感したことなど、俺には一度もないぞ」
「さっきも話したが、いつか紫音達は付き合う、または既に付き合ってると思われてたから、みんな諦めてた。おれも実際そうなると思ってた一人だし。だからこそ、今になって女子が荒れてる。理解したか?」
なるほど。俺は何年間も桜にしか目が向いてなかったらしい。
結果、他に寄り道することなく、選択肢も勝手に自ら破棄してた。
やけにしっくりきたよ。胸にストンと落ちた気がした。
「理解できたし、納得もいった」
「そうか、やっとか。おれも紫音の鈍感には手を焼いていたが、ある意味環境の所為だったのかもな」
この機会に桜のことは、きっぱり諦めよう。元々好きな人がいたのなら、振られても納得するしか他ない。
新たな恋を探すのだって良いかもしれないな。
なんか周囲が開けた気がする。視界が広がったのだろう。
まだ、気持ちは残ってるのかもしれないが、叶わないなら意味がない。
きっと時が解決してくれる。
さようなら俺の初恋……。
無理せず見つけよう。新たな恋を。
「あ、覚悟しといた方が良いぞ。早ければ今日、遅くても明日辺りから告白ラッシュを迎えるかもしれない。他にも、仲良くなろうと女子が話し掛けてくることも十二分に考えられる。強く生きろよ……」
せっかくの良い雰囲気が台無しだ。
光一が俺に向けて合掌をし、目を閉じている。
縁起でもないこと言うなよ……。まだ朝だぞ。授業すら始まってないというのに。
それにラッシュは言い過ぎだ。よく知りもしないで告白しても意味ないだろ――付き合い長くても振られることを、他でもない俺が証明しちゃったけどさ。
そうなると、結局フィーリングが本当の意味で合うかどうかなのかもしれない。
こうして、朝のちょっとした――俺にとっては自分の価値観をおおいに変えた雑談が終わった。
俺に心境の変化が起きようとも、授業はいつも通りに進んでいく。
そして誰もが待ち望んだ昼休み。
「海田くん、わたしと昼食どう?」
「あたしと食べましょう!」
「いいえ、わたしです!」
えっ、まさか早速なの? 女子の圧倒的行動力恐るべし。
本当にモテたんだな。
しかし助け船……欲しい。助け船は、どーこでーすかー。
おーい親友。どこ行った?
あ、見っけた。
光一のやつ。俺を見捨てて他の男子グループに避難しやがったな……。あろうことか、安全地帯でケラケラ笑ってやがる。
許すまじ! 光一の姉に会う機会があれば、パシリを重くするように頼み込んでやる。
この瞬間、俺は心の中でそう固く誓う。
人生初。女子に詰め寄られるという緊急時、別方向から輝かしい助け船が出現した。
「みなさん、海田君が困ってるみたいですよ。楽しい昼食の時間に、喧嘩していたら空気も悪くなりますし、海田君にNGを出されちゃうかもしれません。それは嫌ですよね? まず私も含めた皆さんで許可を取って楽しい食事にしませんか?」
美しいプラチナブロンドの髪を靡かせて登場した彼女――香山アリアは、去年からの知り合いである女の子だ。
ハーフだからか、女子の中では高身長でスタイル抜群である。細長い足に、豊かな胸が男の視線を釘付けだ。
海外の血が強いのか、髪もそうだが、瞳はとても綺麗なブルーで、吸い込まれそうな印象を受ける。加えて端正な顔立ちが決定的だ。
正直、俺は彼女以上に綺麗な子をまだ見たことがない。
芸能人よりもオーラがあると、個人的には思っている。
「そうだね。香山さんの言うとおりね」
「ごめんね海田くん」
「あたしもごめんなさい」
ふぅ。助かったー。
香山さんには感謝だな。この子たちにも悪気は見えない。
「大丈夫だ。香山さんもありがとう。じゃあ皆で昼食にしようか」
「はい!」
「うん!」
「はい!」
「ええ」
この昼休みは、一部の女子プラス香山さんと雑談をしながら楽しく過ごした。
桜以外の女の子と、あまりこうして話さなかったから、新鮮な感じがした。
ちなみに薄情者は、憎たらしい笑顔で戻ってきた為、アイアンクローを正面からプレゼントふぉーゆーすると、喜んでくれたみたいで、泣いて悲鳴を上げていた。
授業が始まれば、光一はマンガみたいに、何事もなく復活を遂げている。
光一には、ギャグ補正があるかもしれない……割と本気でそう思った瞬間だった。
授業が終わり、放課後を迎えた。
今日は多くの衝撃的な出来事があったお蔭か、時間の進みが早く感じられた。
俺は未来を待つ。
友達と帰るだろうから先に帰宅する。
その悩ましい二択で迷っていた。生徒がまばらな教室で一人熟考中だ。
そうしてると、未来から『一緒に帰ろう』とメッセージが送られてきた。
これはまるで、女神のお告げ。
早速俺は未来が待ってる校門へと急行するのだった。
校門が見えると、一際目立つ華やかな三人の女子生徒が見えた。
当然二人は分かるが、もう一人は誰だ……?
辿り着いた俺を待っていたのは、未来と香山さん、そして謎のハーフ美少女だった。
「お兄ちゃーん!」
未来がいち早く俺に気づくと、助走つきで飛びついてきた――想像以上に早いスピードで。
「――ぐふっ!」
未来の高速アタックで、俺は危うくボーナスを吐き出すところだった。
「お兄ちゃん大丈夫?」
少し注意してやろうと思ったが、首を傾げて可愛くそう言ってきたので、許すことにした。
「大丈夫だ。お兄ちゃんはな、妹を全力で受け止めるために強くなっていくんだ」
「お兄ちゃん……大好き!」
俺と妹とのワールドが展開された。このワールドは誰にも破壊など……できはしない!
説明しよう。ワールドとは、妹と抱き合う時に発生するラブラブ空間のことだ。
「仲が良いのですね」
な、なんだ……と!
香山さんが微笑ましそうに、こちらを見ながら言うと、簡単に破壊された。ワールドは思っている以上に貧弱だぜ。
「まあな。ところで、その子はどちら様で?」
白色に近いプラチナブロンドの髪、背は未来と同程度。スレンダー系に近い体型だが、出るところは分かるほどにある。透き通るような白色の肌。瞳は金色に近い色をしており、端正な顔立ちとマッチしている。
例えるなら、綺麗な高級西洋人形のようだ。
「私の妹のマリアです」
今朝未来が言っていたのはこの子のことだったのか。
香山さんの隣にいるその子は、こちらの様子を窺っていた。おそらく高校で初めてできた未来の友達だ。
第一印象が大事だな。
「俺は未来の兄の紫音だ。よろしく」
俺は柔らかな笑みを意識して挨拶した。
「わ、わたくしは、未来ちゃんの友達になりましたマリアです。よ、よろしくお願いしますわ」
少し緊張しているようだな。それにしても姉妹揃って、丁寧な話し方だ。育ちが良いのだろう。
「マリアは初対面の方には少し人見知りなのです」
徐々に慣れてくれることを祈るばかりだな。
未来の友人から苦手に思われ続けるのは、あまりよろしくないことだし。
「香山ちゃん、未来と友達になってくれてありがとう。これからもよろしく頼むよ」
「はい! 大丈夫ですわ。それとわたくしはマ、マリアとお呼びください」
おどおど口調だが、勇気を出した提案に思える。ここはお言葉に甘えさせてもらおう。
「わかったよ。マリアちゃん」
マリアちゃんは頬を赤らめていた。
「それなら、私のこともアリアと呼んでください」
「そ、それは」
マリアちゃんは年下だからすんなりいったが、前からの知り合いとはいえ、同級生を名前で呼ぶのは気恥ずかしいな……。
「嫌……ですか?」
そんな綺麗な瞳で不安そうに見つめるのは反則技だよ。
「わかったよ。ア、アリアさん」
「さん付けは、余計ですよ……」
俺が少し緊張しつつも名前で呼ぶと、何かをボソボソと呟いていた。さん付けはどうのって聞こえた気がする。
「むぅ。お兄ちゃん、そろそろ帰ろうよ」
未来がむくれてるように見える。嫉妬か? 可愛いなぁ。
未来と待っていたということは、二人は同じ方向なのだろう。
マリアちゃんとの軽い自己紹介を終えると、俺たち一行は帰路に着いた。
「しおくん……?」
香山姉妹と途中の分かれ道で別れると、未来が腕に抱きついてきて、そのまま家まで直行した。
帰宅後は何事もない日常を送った。未来が甘えてくるのは最近では当たり前のことである。
今日は濃い一日だったな。ネガティブな気持ちになる暇もないほどに。
俺はこれからどうなっていくのだろう。
桜との関係は? 日常の変化は? まだまだ予想もつかない。
ベッドで仰向けになり、目を瞑ったまま、色々思考を巡らせていると、俺の意識は徐々に暗闇へと向かっていくのだった。