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デートの定番といえば、映画

 ここのショッピングモールには、たまに来るのだが、その度に思うことがある。

 広いし人も多いってことだ。ゴールデンウィークと午後の相乗効果もあるのだろう。

 さぞ、儲かってるんでしょうね。一般市民の俺からしたら、とても気になります!

 まあ、嘘だけど。実際はそこまで興味ない。ちょびっとは気になるが、聞いたって得することなど何もないと分かってるからだ。

 世の中は格差ばかりなのだよ。

 今、俺とアリアさんはゲートを抜け、それなりに長い通りを歩いていた。

 ここをまっすぐ行けば、エスカレーターが直接三階の映画館まで続いる為、辿り着くことができる。

 つまり、最初の予定はべたべただが、デートの定番中の定番である映画鑑賞だ。

 すれ違う人の群れは賑やかで、老若男女問わず、人の笑顔で溢れている。

 こういう日に一人でここに来ていたなら、俺は絶大なる孤独感を覚えていたことだろう。

 一人で来たこと自体そもそもないんだけどね。

 何にしても、今日の俺は世に言う勝ち組としてこの場を歩いている。というか、周りがそう勝手に評価してると言っても過言ではない――特に男共が。

 その証拠に、若い男たちの視線だけでなく、彼女連れの男の視線でさえ、俺の隣を歩くアリアさんに吸い寄せられており、蹴られ、つねられ、足を踏まれ、冷たい目で見られ、などと一部では混乱が巻き起こっている。

 その逆で、俺にも何か嫉妬以外の視線が浴びせられた。

 見劣りしてるっていう侮蔑の視線なら最悪だ。心がポキッと折れるかもしれない。

 まあ、それは置いといても、これでハッキリしたな。

 アリアさんの魅力は、私服姿なのも相まって昇華され、ここでも当たり前のように、認識されるほどの美少女だってことが。

 個人的には世界でも通用すると思ってるので、驚きはあまりないけども。

 そう思ってると、ふと視界に入ってきた、腰の曲がった白髪の爺さんすらも、アリアさんの美貌に目を奪われたらしく、恨みがましい目で俺を見る。

 少し興味の湧いた俺は、歩く速度を緩めて動向を窺う。


「わしがあと三十若ければ、あの若造にも遅れはとらん。悔しいわい。この老骨が憎いのぅ」


 無理がある。三十若返ったとしても、まだまだ娘だろうに。

 言葉だけなら、俺に対して滅茶苦茶失礼だな。

 俺が四十代のおっさんと同年齢みたいにも聞こえるぞ。


「あんた、まだそんなこと考える元気があったんだねぇ。そんなに元気なら今夜久しぶりに……た~っぷりと楽しもうじゃないかぁ。最近ご無沙汰だったからねぇ、あたしゃ燃えてきたよ」


 派手なサングラスにヒョウ柄を貴重とした奇抜な服装の強い威圧感を放つ婆さん登場である。

 爺さんと違って腰は曲がっておらず、背筋がそこらの若者よりもピンとしてる。

 口振りからして夫婦なのだろう。


「い、嫌じゃぁぁぁぁぁ! 許してくれぇぇぇぇぇぇ!!」


 爺さんは、その言葉を聞き、ギギッと後ろを振り向き確認すると、お婆さんから背を向け、老体に鞭打つように杖すら捨てて、阿鼻叫喚の絶叫を上げながら全力で逃げ出した……が、五秒で追いつかれ、捕獲される。

 実に早い結末を迎えたリアル鬼ごっこだった。


「失礼だねぇ。愛しの妻に対して。罰として今夜は寝かせないからねぇ。覚悟しときな」


 爺さんは、婆さんに首根っこを掴まれ、人の群れに紛れるように引き摺られてこの場を去った。

 爺さん……あれは哀れすぎる。今日はきっと眠れないだろうな。

 張り切り過ぎで、ポックリ逝かないことを心より願っております。お体にはお気をつけください。

 その光景を目撃した誰もが、呆然と立ち尽くしてる中、俺はアリアさんの意識を引き戻し、いつの間にか止まっていた足の動きを再開させる。

 周囲のことをこれ以上気にしてると際限がない。

 そこで、俺はなるべく視線をシャットアウトし、書き割りめいた背景として認識することにした。





 映画館エリアに到着した俺とアリアさんは、今日上映する映画一覧を確認できる場所にいた。


「せーの!」


 俺とアリアさんは同時に見たい映画を指す。


「……」


「……」


「分かれたね」


「分かれましたね」


 俺は『織田信長が現代にトリップしたら殺人犯となりました』だ。

 あらすじ――本能寺の変で光秀の謀反により、死んだ筈だった信長が、何故か未来にトリップする。

 状況把握の為、近くを歩いてた現代人のヤンキー高校生に話し掛けたのだが……。

 邪険に扱われたことに腹を立て、無礼者と判断して刀で斬り捨ててしまう。

 自分が勢力を保有してた過去なら兎も角、この未来世界は殺人ダメ。ゼッタイ。

 そんなことを理解してる筈もなく、信長は暴走していく。


 アリアさんが選んだのは『その笑い声を聞くとデッド』だ。

 あらすじ――七不思議のひとつに唯一呪いとして存在する噂がある。

 放課後に三人以下で、とある廊下を渡ると、笑い声が突如聞こえてくる。

 それを聞いたら最後、笑い声と共に死後の世界へと連れ去られ、二度と戻っては来れない、というものだ。

 この噂から、別名死神の笑い声とも言われてる。

 好奇心旺盛な三人組の女子高生が真相を確かめる為、動くのだが……。


「意外だなぁ。よりにもよって、ホラーを選ぶなんて」


「お母様から言われたんです。映画を男性と見るならホラーが良いと。ですが、私自身も単純に興味があります」


「へ、へぇ~」


 まさかの、お母さん。

 思わぬ人物のアドバイスだったことに驚きを隠せない。

 そういう話を親子でしてたことが、何よりの衝撃だ。

 変ではないが、イメージがなかったよ。


「ここは公平にじゃんけんをしませんか?」


「オーケー。俺の実力に刮目せよ。きっと後悔することになる」


 俺はじゃんけんの際に恒例のあれを始めた。

 手をまっすぐ伸ばし、両手の指を絡め、腕をくるっと回し、顔に近づけて隙間を覗く。当然ながら俺には何も分からない。

 もうこれは一種の暗示、または必勝祈願みたいなものだ。

 俺はこのじゃんけんにすべてを懸ける!


「最初はグー、じゃんけんポン!」


 俺はグー。アリアさんはパー。

 誰が後悔するって? もちろん俺だけど。

 ……もう一生恒例のあれはやらない。

 この瞬間、神様に誓った。





 入場チケットを買い、ついでに飲み物とポップコーンも買ってから真ん中辺りの座席に着く。一番前だと目や首が疲れることもあって、話し合いでそう決めた。

 定番のポップコーンを買って思ったことがある。

 映画館以外で食べたことないし、食べる気もしないのに、何故ついつい映画館では買ってしまう?

 脳が映画専用の食べ物だと勝手に思い込んでるのか?

 どうやら俺の場合、映画館=ポップコーンという構図は絶対的に切り離せないらしい。

 固定概念ですね。何それコワイ。

 と思いつつも、自然と口の中にポップコーンを運んでる俺の手があるわけですね。もうこれがホラーでいんでね。

 ホラー繋がりだが、アリアさんと一緒に見るとは予想してなかった。てっきり感動系や恋愛系を選ぶとばかり。斜め上の裏切りにはおでれえた。アリアさんのお母さんが何を意図してホラーを選ばせたのか気になるところではある。

 何気に映画館でのホラーデビュー同士で、ちょうど良いとは思ったけど。


「楽しみですね」


 今からホラー映画を見るとは思えないほど、アリアさんは表情柔らかだ。


「度胸あるね。今から大スクリーンでホラー映画見るのに」


「実は私、ホラーを見るのも初なんです。小説では読んだことあるのですが、上手くイメージができませんでした。ですから、映像化でのホラーが楽しみなんですよね」


「あぁ……だからか。おそらく、予想以上に映像の方が怖いと思うよ」


 語り手や小説には限度がある。読者の想像力が豊かでもそれは同じこと。

 アリアさんは尚更だ。今までホラーを映像で見たことないのであれば、想像もほとんど曖昧なままに読んでたことになる。

 映像を見て耐性をつけてなければ、初見はかなり怖い筈だ。逆にへっちゃらな場合も稀にあるが、それは珍しい人種と言えよう。

 

「そうなんですか?」


「個人差はあると思う。見慣れた人はスリルを求めて物足りなさを感じることも多いらしい。まあ、この映画次第だよ、うん」


 マニアは耐性があるから、手緩いホラーじゃ満足しないことも多々あると聞く。

 だが、アリアさんは女の子で、これが記念すべき最初のホラー。ホラーデイだ。

 怖がる可能性の方が高い。


「紫音君も初めて見た時は怖かったですか?」


「うん、まあ、それなりに……」


 言えない。

 小学校一年生の頃とはいえ、トイレに一人で行けず、ドアの前で両親に待っててもらったことがあるなんて。

 過去最大級の黒歴史と言えるかもしれない。


「紫音君にも可愛いところがあるんですね」


「あのさ、面白がってない?」


「純粋な感想です」


 じゃあ、どうしてそんなにもイタズラな笑みを浮かべて、足を上下に動かしてるんだい。


「本当に?」


「本当ですよ。紫音君が怖くなったら私が手を握って安心させますから」


「ノーセンキュー」


「強がる必要はありません。人間には向き不向きがありますからね」


「そもそも昔の話だし。アリアさんは向き不向きすらまだ分からないじゃないか……」


 何なんだ。この謎過ぎる自信の根底は。ホラー映画を舐めてると痛い目ならぬ、怖い目を見ることになるぞ。

 俺はこの後も、映画が始まるまでアリアさんに会話の主導権を奪われ、からかわれ続けたのだった。

 映画がスタートし、約十五分。

 そろそろホラー的な怖さが発揮されてくる頃合いだろう。

 今は女子高生三人組が、夜になりかけた放課後の廊下を歩いてるところだ。

 どこからか、女のヒヒヒヒヒッという高笑いが響いてきた。

 三人組は膝が恐怖で笑っている。

 そこで、一人の女子が肩を叩かれたと訴えた。しかし、二人は叩いていないと主張する。

 ……では、一体誰が? それは確実に第三者だと予想できる。

 高笑いが止んだ。

 肩を叩かれた女子が振り向くと、そして残りの二人も注視して友人の背後を見つめる…………何もいなかった。

 安堵の息を吐いたところで、三人同時に前へ向き直ると、白目をむいた全身蒼白でボサボサ長髪の女が微笑んでいる。そして、高笑いを始めた。

 ホラーに出演してる三人組の悲鳴と映画を見てる観客たちの悲鳴が同時に上がる。

 ……さっきから思ってるけど、腕が少し痛いし、ヤバい。

 俺の腕にガッチリ巻きつくみたいに、アリアさんがしがみついてる。

 なのに、目だけはスクリーンから離さない。恐怖に好奇心がまさったらしい。

 映画中はそんな状態が上映終了まで続いた。

 正直、もう途中からホラーどころの話じゃなかった。柔らかな感触が常時腕に密着してるのだから。

 スタイル抜群なそれは早速凶器で、何度理性が殺されそうになったことか分からない。

 これがアリアさんのお母さんがホラーを押した狙いなのか? だとしたら、俺はまんまと思惑に乗せられたことになる。

 恐るべし、アリアさんのお母さん。

 そして、流石アリアさんのお母さんです。

 きっとアリアさんはお母さんに似たのだろう。少なくとも性格は。何となく悟れてしまうのだった。

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