動物公園ではっちゃけよう
ゴールデンウィークだからか、電車内は思ってたよりも人が多く、外の涼しさとは違い、密集度の所為か、少しむんむんとした暑さがこもっていた。
電車に乗ろうとも、相変わらず視線は感じる。
もうこれは仕方ない。
仕方ないことではあるのだが……諦めない。
俺はドア側に未来を隠すように人から背を向け、壁役に徹して無遠慮な視線をガード。
完全シャットアウトが理想だが、残念ながらすべてを防ぐのは不可能。
明らかな面積不足である。だが、何もしないよりかは遥かにマシだろう。
これぞ兄の役目。
兄の本懐。
シスコン魂。
俺の許可なく未来を見つめるなど、一億年と二千年早いわ!
ガタンゴトンと振動し、揺れる電車内。
俺と未来は話さない。このような静かで人が密集してる場での会話は好ましくない。容姿関係なく悪目立ちしてしまうからだ。
しかし、会話の代わりか? と思うほど、未来が揺れでバランスを崩し、何度か抱きついてくるというハプニングが起きた。靴の問題か?
各駅で停車する度に乗り込んでくる人を避け、また元の位置に戻る。
それを繰り返してる間に、目的の駅に到着した。
今度は電車からモノレールに乗り継ぎ、最終目的地まで移動。
「着いたな」
「やっと来れたね」
「念願の動物公園だぞ」
ここまで来るのに移動時間約四十分。
俺と未来は動物公園の正門前に立っていた。
入り口には『ようこそ動物公園へ』と看板があり、上の屋根部分には、ゴリラやキリンなどの動物がデザインされていた。
午前中だというのに、それなりに多くの来場者が見られる。家族連れ、カップル、友人同士、中には動物をカメラで撮るのが趣味っぽい人も僅かに存在する。実に高そうなカメラだ。
ここをお出かけ先に選んだのは、幼い頃に動物園へ両親と行ったのがきっかけで、俺と未来が動物好きになったからなのと、この県では有名な動物公園でもあるからだ。
動物好きな俺と未来だが、ペットとして飼いたいという欲求はあまりない。こうしてたまに動物を見に来られれば、それだけで満足なのだ。
こんなにも見た目や仕草だけで、人を癒せるのは凄いこと。是非とも長生きして俺たちのような動物好きに幸せを届けてほしいと思う。
「行こう行こうと思ってたのに中々行けなかったもんね」
未来の言葉通り、ここに行こうとする日に限って雨が降ったり、都合が悪かったりしたのだ。
「よーし、未来。動物たちに会いに行くぞー」
「おー!」
えいえいおー! 的な軽いノリで、俺たちは握りこぶしを空へとかかげ、入場口へと足を運んだ。
ジーンズの後ろポケットから財布を取り出して料金を払い、未来の手を引いて入場する。
「まずはモンキーエリアだな。未来も基本は近い順で良いだろ……って、そんな不満そうな顔しちゃってどしたの?」
園内に入って隅の方で止まり、予定確認の為に隣を向くと、未来が膨れっ面で俺を見ていた。
「自分の分くらい自分で払えたのに」
「兄が妹と出かける時、料金を払うのは俺の中で決定事項だぞ」
男には払わなければならない時がある。今がそうなのだ。
まあ、俺は未来の分なら喜んで払うんだけどね。
「わたしだってもう立派な高校生なんだよ? 毎月のお小遣いだって上がったし、お兄ちゃんばかりに負担かけたくないよ」
しかーし。未来は何も深刻に考える必要はない。
「平気平気。去年の夏と冬の長期休みに短期バイトで稼いだし、お小遣いだって未来と同額貰ってるんだからさ。お兄ちゃんの懐事情はポカポカだから心配無用だよ」
今年はバイトするかわからないけど、去年はイベントスタッフや引っ越しアシスタントのバイトをしていた。
ある理由でお金を貯めてたのだが、それも意味のないことに終わり、そんなに使ってもいない為、稼いだ八割は余っているのだ。
「ありがとう。でもね、お兄ちゃんがわたしを一人の異性として、少しでも意識してくれるつもりがあるなら、わたしにもちゃんと払わせてほしいかな」
未来は真面目な顔で俺を見つめ、真剣に言葉を紡ぐ。
なるほど。対等に見られてないと思ったのか。
「そこを気にしてたのか。確かに妹だからっていう部分もある。だけどな、俺はデートの時は極力自分が払いたいんだ。男の見栄ってやつだよ。未来が今をデートだと思ってくれてるなら、お兄ちゃんに格好つけさせてくれないか?」
俺も真剣な声音と表情を意識しながら、心からの言葉を返して、その直後に微笑んで見せる。
「……そんな言い方卑怯だよ。でも、わたしにだって譲れないものがあるの。次にデートする時はわたしにも払わせてね」
「ふふっ、まったくもって頑固だな。わかったよ」
俺は思わず笑い声がこぼれた。
良い方向に成長してくれて純粋に嬉しいよ。
払われることを当たり前に思う子よりも、未来の方が好感を持たれることだろう。
だからといって、未来をよそに出す気はさらさらないが。
「うわー! 可愛い!」
隣で未来が感激の声を上げた。
俺よりも数段動物好きだから、テンションも目に見えて上げ上げだ。
「オープニングアニマルはニホンザルか」
毛繕い、じゃれあい、睡眠、など行動は様々。
「赤ちゃん猿、小さくて可愛すぎるよぉ」
未来は赤ちゃん猿の可愛さにノックアウト寸前。
赤ちゃん猿は、岩山で母猿の近くをついて回っている。目はくりくりつぶらな瞳で、直接ふれあいたくなるほど可愛い。
「同感だ」
「ね、ね。お持ち帰りしようよ。一匹くらいなら何とかなるよね……?」
未来が口元を隠すと、小声でとんでもないことを言ってきた。
発想が泥棒とか誘拐の方向にドカンッ! とぶっ飛んでるんですが。
流石にはっちゃけ過ぎ。はっちゃけ注意報だよ。
「ならないぞ。まず前提として犯罪だからな」
「そっか~。そうだよね。知ってた」
確信犯かよ……尚悪いわ!
冗談はさておき、他の猿を見に行く。
ニホンザルから少し離れた別の場所には、オラウータンやテナガザルもぶら下がったりして遊んでいた。
「見て見てお兄ちゃん! ゴリラだよゴリラ!」
モンキーエリアをあらかた見て回り、未来に手を引かれて次に訪れたのは、このエリア最後、メインと言っても過言ではないゴリラがいる場所だった。
瞳をキラキラ輝かせてる未来は、ゴリラを指して幼い子供ようにはしゃいでいる。
「ニシローランドゴリラだな」
「強そうでカッコいいよね!」
「ああ、そうだな。しかもあれはリーダーのシルバーバックか。貫禄あるな」
ドッキリ番組の偽ゴリラとは動き方や迫力からして全然違う。本物のゴリラを見たら、着ぐるみゴリラに騙されることはないように思える。意外と動物園でゴリラを見たことある人って少ないのか?
疑問に思っていると、未来がモンキーエリアに満足した様子なので、疑問を捨て去り、次へ向かうことになった。
ここは、アイドル的な有名動物――レッサーパンダのエリアだ。
その知名度は、テレビで取り上げられたことがあるほど。
「レッサーパンダって犬や猫、他にタヌキとかにも似てるよね」
「そう言われてみるとそうだな」
「顔のまろ眉みたいな白い模様とかさ、人では無理な領域の可愛さだよね」
「まあな。人がまろ眉にしたなら、大抵笑えるか怖いかのどっちかだろう。可愛く似合ってる人なんて一度すら見たことないしな」
「あ、立ち上がったよ! 凄い!」
確かに、四足歩行から見事な仁王立ちになっていた。
感激した様子の未来はこの機を逃すまいと、スマホカメラで連写している。
写真を撮られ慣れてるのか、レッサーパンダは全然動じていない。
むしろ、好きなだけ撮りなさい、とばかりにサービス精神旺盛なようにも見え、悠然とした態度でこっちを向いている。
その隙に俺と未来は、レッサーパンダを背景に近くのスタッフに頼んで撮ってもらった。
そこまで終わると、図ったかのようなタイミングで、レッサーパンダは四足歩行に戻る。
未来は長く綺麗な黒髪を激しくなびかせながら飛び跳ねて喜んでるが、俺は目を見開き驚いていた。
まさか、俺たちが撮り終わるまで待ってたのか?
だとしたら……奇跡って起こるもんだな。
「貴重な瞬間が見られたな。ここに来ても立ち上がらない時もあるらしいし」
「ラッキーだったね。この写真は待ち受けに決定だよ。お兄ちゃんとレッサーパンダで、ダブルの癒しだから」
未来がスマホで撮ったばかりの写真をニコニコしながら見つめている。
「俺は癒し系ではないけどな」
「わたしにとっては癒しだよ」
「そっか。俺にとっては未来が癒しだけどな」
「その返しは予想してなかったよぉ……」
この後、照れる未来を連れて、小動物エリアに移動し、コツメカワウソなどを見たら、一旦昼休憩として、園内の店で食事をした。
ある程度休憩をしたら、午後は草原エリアから始まる。
コース的にはライオンが先なのだが、それは最後のお楽しみとして残すことにした。
「ゾウって改めて考えると、ホントに大きいよね」
のんびりたたずむゾウを見ながら、未来は王道的な感想を口に出す。
「陸上動物の枠組みで言ったら一番だからな。人間が飼い慣らせるのが不思議なくらいだ」
ゾウからしたら、俺たちみたいな小さな存在は、武器さえなければ取るに足らない相手だろうし。
「だよね~。ゾウにどこぞの戦闘民族みたいな、明確過ぎるプライドがあったら大暴れだよね。芸を覚えるくらい頭も良いし」
「ああ。悲惨だ悲惨。潰されたトマトになるなきっと。だからこそ、温厚な動物園のゾウさんは最高だな」
「優しく触られると、くすぐったくて尻尾を大きく振ったりするらしいし、大きい割に小さな目とかも可愛らしいもんね」
そうそう。なのに、世界では今も尚、密猟者がゾウを含めた様々な動物を平気な顔で殺してるんだよな。
生きる手段すべてを試してその結果、経済的な理由で仕方なく、とかなら情状酌量の余地はあるんだろうけど。
金儲けの為だけの奴もいるからなぁ。
目の前にいたら確実に性器潰してるね。
もしくは、一度狩られる側の立場に置かれて、恐怖を最大限に感じてほしい。
そこまでされて無理ならもう末期なんだろうけどさ。
許すまじ、密猟者。撲滅されよ、密猟者。
心の中で静かな批判をしていると、未来に手を引かれた。
次に向かうらしい。
それからはシマウマや、足と首、舌すらも長いキリンなどを見て回り、鳥類・水系エリアでペンギンや泳ぐアシカなどをじっくりと見た。
中でもハシビロコウという灰色のあまり動かない鳥が、のそのそと歩く瞬間を見れたことは印象深かった。
そして最後は、お楽しみであるライオンが観覧できるエリアに来ている。
「ライオンって何でこんなにも格好いいのだろう。猫科の大型肉食動物は、だいたい見た目勝ち組だけどさ……俺的には」
俺は動物の中ではネコ科とイヌ科が好きだ。
理由はやっぱり見た目だな。格好いい種類が比較的多いし。
「あ、吠えた。勇ましい……」
あの重低音の吠え声も魅力のひとつだ。
俺はライオンの吠え声が一番好きだしな。
「お、こっち来たぞ。ここの動物たちは最高だ!」
ライオンは、ガラス張りのギリギリまでこちらに近づく。
やべえー、超かっけえー。
もう純粋にそんな感想しか思いつかない。
俺は未来にカメラを渡してライオンとのツーショットを撮ってもらった。
「良かったね」
完璧な映り具合に感動してる俺に対し、未来は苦笑い気味だ。
あれ、忘れてないよな? 未来も今の俺と同じ、いや――俺以上に他のエリアで散々はしゃいでいたことを。
急に冷静になるなんて、許しませんよ!
……ストッパー不在よりはマシか。
「おう」
本来はこのライオンで締め括ろうと思っていたのだが、閉園時間までにはまだ早く、未来が「せっかくの機会だからさ、もう少し見て回ろうよ!」と提案してきたので、閉園ギリギリまで見て回ることになった。
長い舌を器用に使ったキリンの食事風景も見ることができたので、残って良かったと思う。
時間を忘れた俺と未来は、人が少なくなった閉園時間の五時前まで残り、今日来場した誰よりも満喫していた。
未来よ。これで良いのか? と思ったが、本人が俺よりも断然満足そうな顔をしていた為、言うことはしない。
帰りは行きと同じ様にモノレールと電車を梯子。
電車内は時間帯が良かったのか、朝よりも人が全然少なかったこともあり、席に座れた。
歩き疲れたのか、未来は現在進行形でコクッコクッと船を漕いでいる。
睡魔と戦い始めたらしく、目を開けようとささやかに抵抗するも、ほぼほぼ意味をなさず、意識はもう沈む寸前だ。
素晴らしく癒される光景だが、休んでもらうことにしよう。
「肩貸してやるから、寝てても良いぞ」
「ん……でも」
声に力がない。相当疲れたのだろう。
ならば、俺が未来の為にすることはただひとつ。
「遠慮はいらない。ほら」
俺は隣に座り、うとうとして半目に近い未来の頭を自分の肩に優しくいざなう。
「ありがと……」
未来も我慢が難しかったらしく、一言短く発すると、肩に吸い込まれるように倒れてきた。
俺はそんな未来の頭を優しく撫でながら、揺れる電車内で静かにその様子を見守った。




