ゴールデンウィーク初日
四月は終わり、五月を迎えた。
五月と言えば、休める者には休める最高の連休が待っている。
その名も『ゴールデンウィーク』だ。
まさに黄金の名に相応しい休日である。
とはいえ、その過ごし方も人によって様々。
相変わらず仕事に終われる、家族水入らずでの旅行、友人と遊ぶ、部活動に容赦されない、一人で充実した引きこもりゲームライフ、好きな人と楽しいデート、などこれ以外にも千差万別の過ごし方があることだろう。
合計五日ある休みだからこそ、ちゃんと休める者は拍車をかけるように自由度が増すのだ。行動範囲の選択肢も同様に増えていく。
そんな中、俺は帰宅部である為、とても良い気分である。
なんせ、俺もちゃんと休める者の一人だからだ。
遊び過ぎによる疲労で、学校が始まってからがダルいという――休めるが、ある意味休めないからこそしんどい。そんな贅沢な悩みは、後日あるかもしれないが。
汗を流す部活動生と連休中に働く人々には、脱帽と同時にご愁傷様です。
どこかで結果が報われることを、心より願っていますよ。
俺は誰もいないリビングで、度々テレビに映る忙しそうな人々に向け、私服姿のジーンズで片膝をつき、目を閉じて一礼と共に合掌した。
俺が合掌してると、二階から下りてきた未来の不思議そうな声が聞こえてくる。
「お兄ちゃん何してるの?」
「見ての通り祈ってる」
「え、誰に?」
「ゴールデンウィークなのにも関わらず、忙しい皆様に」
「何でわざわざ?」
可哀想じゃないか。周りが休日ライフを楽しむ中で、変わらずに忙しいなんて。
そりゃあ、忙しい方が好きな人も存在するけど、しぶしぶ働いてる人の方が多いだろう。
「こうして俺がのんびり楽してる時にまったく逆の人がいるんだ。そう考えてみると、何故かこうしなければならない気がしたんだよ」
「近い将来、同じ立場になってたりしてね」
軽い口調で未来は言う。
なるほど。同族になりえる立場の人に共感してたのか。
その発想はなかったけど妙にしっくりくるよ。
とてつもなく悲しいことに。
「十分にありえるから笑えない。むしろその未来が俺を待ってる気すらしてきた」
俺は肩をガックリ落とす。
未来に希望はないのだろうか?
未来と言ってるが、これは未来違いだからな? 妹の方じゃないから、勘違いするんじゃないぞ?
ま、それはさておき、俺は一生学生のままで悠々自適な生活を送りたいな。
社会はんたーい!
学生ばんざーい!
『そんなの駄目よ。将来は働きなさい。誰も養ってはくれないのよ?』
そう……だよな。働かなきゃ生きていけないもんな。
明らかにニート思考だったよ。
『ニートの何が悪い。親のすねをかじれるように立ち回って寄生できれば、ず~っと楽して自由な人生を送れるんだぞ? よ~く想像力を働かせてみな。誰がなんと言おうと最高じゃねえか。……だろ?』
だよな~。いや――だよな~じゃねえよ。何で天使と悪魔みたいなのが突然前触れもなく出てきたんだよ。
『はぁ……きっとあなた疲れてるのよ。しょうがないわね。疲れが無くなるまでは死ぬまでニートでも良いわよ。特別に許可します』
『そうそう。ニートは最高だぜ!』
おい! 俺の中の天使。悪魔は兎も角、お前までニート推奨しちゃ駄目だろ!
お前ら消えろ消えろ。マジで消えろ。しっしっ。
ふぅ……危なかった。もう少しで道を踏み外すところだったよ。
絶対俺の中の天使は堕天してる。
……ホントに疲れてるのかもなぁ。あんな幻を心に作り出すなんて。
俺は頭を抱えた。
「まあまあ、そんなに落ち込まないでよ。まだまだ先の話なんだしさ。それに、今日は楽しむ日……でしょ?」
片膝から両膝つきに変化し、うなだれていると、未来が後ろから俺の着ている七分丈ティーシャツの上から肩に手を置く。
「だな。初日からはっちゃけて、このうつうつとした気持ちも吹き飛ばすか」
俺は立ち上がってリモコンを手に取り、テレビを消すと、未来の方を向いて言った。
「その意気だよ!」
未来は胸の前で握りこぶしを二つ作り、応援してくれる。
俺はそのお返しに、未来の私服姿を褒めることにした。
「それにしても、その服装シンプルに似合ってる。普段も可愛いけど、今日は一段と可愛い。きっと今日は誰よりも可愛いに違いないよ」
長袖の膝丈ワンピースは清楚さを感じさせる。肩にはミニショルダーバッグをかけていた。
背の高さと相まって大人っぽさもあり、白色のワンピに長い黒髪がマッチしている。
出かける準備は万端らしい。
「不意打ち過ぎるよぉ~……」
手で頬を挟んで、左右に振りながら照れている所為か、今は美人というより可愛さが勝っていた。
結局、俺から見たらいつでも未来は可愛い。大人っぽく見えてもそれは同じだな。
午前十時。俺と未来は家を出て駅に向かって歩いている。
これぞ休日なり! そう言えるほど外は晴れており、涼しい春風とちょうど良い塩梅となっていた。
「今日はどうしてパンプスにしたんだ? 珍しいじゃないか」
未来は元々女子の中では背が高く、普段は歩きやすいスニーカーとかを好み、ヒールの高い靴は歩きにくいとかで、持っててもあまり履かないのだ。
「お兄ちゃんにとってはただのお出かけかもしれないけど、わたしにとってはデートだからね。気合いも入っちゃうよ」
「そ、そうか。可愛いやつめ」
澄んだ大きな瞳で見つめられた俺は、あまりにも真っ直ぐな言葉に狼狽えてしまい、気恥ずかしさを誤魔化すように未来の頭をわしゃわしゃと撫でる。
「う、嬉しいけど、少し強いよ~。髪が乱れちゃうから~」
そう言う割には抵抗らしき抵抗もせず、撫でられるがままだけど。
頬が薄い赤色に染まってるのはどうしてかな?
お兄ちゃん気になりますね。
とはいえ、ここらで一応撫でるのは終わりにしておく。
「乱れたって可愛いままだから問題ないのに」
「もう! そういう問題じゃないんだからね」
髪を手で整えながら、頬を小さく膨らませて怒ってくる未来に、ついつい微笑ましくなってしまう。
ヒールで地団駄を踏む姿すら愛らしい。
「何をニコニコしてるの? 少しは反省しようよ」
「うん、したした」
俺は軽い口調と共にうんうんと頷く。
「もう未来は怒ったよ。これは罰を受けてもらうしかないね」
「女神が言うなら構わない。甘んじて受けよう」
「なっ!? め、女神って。えへ、えへへ――ってそうじゃない! ホントにお兄ちゃんは卑怯なんだから。そ、そんなこと言われたって罰は無くならないからね!」
おっと。心の声がポロっとこぼれてしまったようだ。
未来へはそれなりに効いた様子。
動揺してるからだろう。ツンデレっぽい言い方になっている。
にやけてみたり怒ったり大変だな。その原因は紛れもなく俺なんだけどね。
未来が俺に対してだけ、ちょろ可愛さが目立つけど、すっばらしいことだよな。
「わかってるよ。でも、あまりにも厳しめなことは遠慮したいかな」
「それはどうかなぁ。お兄ちゃんの態度次第だよ」
未来がニヤニヤし出した。
ふ、ふむ。この兄を脅すのかね。お兄ちゃんは悲しい。どこでそんな技を覚えたのだろうか。
「い、いつからだ。いつから俺は未来が優しいままだと錯覚していた」
「お兄ちゃん。人って変わるんだよ? いや、これは成長かな。じゃあ、お兄ちゃんの罰は……」
「……罰は?」
俺は強くなった未来を前にして、小さく息を呑んだ。
「わたしと今日一日手を繋ぐこと」
「…………へ?」
「手を繋げる時はずっと繋ぐからね」
俺は若干の緊張感に包まれていたのだが、拍子抜けも良いとこだった。
よくよく考えてみると、未来が俺に無茶な要求をするのはあり得ない。
かといって、まさかこんなにも罰らしくない罰だなんて。
むしろシスコンな俺にはラッキーだぞ。
これってもしや冗談か?
「どう解釈してもご褒美の間違いなんだけども。さ、ホントの罰は?」
「正真正銘これがお兄ちゃんに科す罰だから、疑っても何にも出ないよ?」
未来はコテンと首を傾げる。
こんなにも愛に満ちた『罰=ご褒美』は初めてだよ。
「ありがとう。やっぱり未来は俺の女神だったよ」
「ま、また女神って……。そんなペースで褒められたら最後までもたないよぉ……」
俺が笑顔で本音を言うと、未来はうつむき加減で小さく何かを呟きながら、歩くのを止めてしまう。
少しトリップしてるようなので、危なくないように手を引きながら、俺が先導する形でそのまま歩くことにした。
駅が近づくにつれ、すれ違う周囲の人々が徐々に増えていき、その所為か「チッ、リア充が」「彼女さん美少女過ぎる……。イケメンはどうでもいい。顔面爆発しろ」「どこかのモデルさん?」などと聞こえてくるが、聞き流して可能な限り記憶しないように心がける。
そもそも妬み言葉が恐怖過ぎるんだ。まともに聞き続けたらメンタル削られるな。
約十分ほど歩いて駅に到着したら、未来の肩を揺さぶって現実に連れ戻す。
「お、お兄ちゃん!? あ、あれ? もう駅に着いてる……」
現実に舞い戻った未来は、周囲をきょろきょろと見渡すと、俺に顔を向けてくる。
「俺が引っ張ってきた。おわかり?」
「おかわり」
おかわり?
未来は俺に手を差し出している。
「ん? あ、なるほど」
もう一度手を繋げってことか。
いやーびっくりしたー。
一瞬、犬の芸を想像してしまった。
「楽しみだね!」
未来の手を繋ぐと、花が咲くような明るい表情になり、元気よくそう言ってきたので、俺も同意を示す。
「おう。楽しみだし、疲れるまで楽しもう」
俺と未来は自動改札機のICに『YUCUCA』をタッチして進み、二人で電車に乗り込んだ。




