二人きりの送り道
現在、玄関に待機中である。
これから俺はアリアさんを家まで送るという大事な使命を遂行することになり、今しがた靴を履いたところだ。
いつでも出発できる準備を終えると、お袋がアリアさんに声を掛けた。
「また来てね、アリアちゃん」
「はい、ありがとうございます。お言葉に甘えさせていただきます」
アリアさんは、軽く会釈して笑みを浮かべて見せた。
「今後とも、しーくんと未来をよろしくお願いするわ。仲良くしてあげてね」
「私も紫音君と未来ちゃんとは、末永いお付き合いをしたいと思っています」
末永く……か。両親への結婚報告が思い浮かんだよ。俺はフィクション作品の見すぎかもしれん。
お袋も似たようなことを想像したらしく「あらあら、これは数年後が楽しみね」と含みのある言葉をアリアさんに返した。
「あ……はぅ」
アリアさんは、深く考えずに自然と言葉を口にしていたらしく、自分の言葉とお袋の言葉を照らし合わせ、その意味に気づくと、瞬間沸騰湯沸し器みたいに顔が赤くなっていた。
うん、吐血しそうなほど可愛いね。これはもう逸材ですわ。
アリアさんの照れ力は、無意識的な女の武器として立派に成り立ってるのか。
むしろ、このアリアさんを見て、何とも思わないのなら、男として健全なのか怪しいとさえ感じる。
惚れる惚れないを抜きにしても、強大なる魅力が彼女に備わってるのは、否定しようもない純然たる事実だった。
「アリアさんが強敵だよ~。今日だけで着実に外堀が埋められるような気が……。その本人は天然な大胆さだし」
一方で、未来は頭を抱えている。だいぶ危機感を募らせてるらしい。うんうん唸っている。
「そうねぇ。でも、未来には最大のアドバンテージがあるじゃないの」
「…………あ! そ、そうだった! お兄ちゃんと一つ屋根の下に住んでる。これこそがわたしの最大の優位性。アリアさん、負けませんからね!」
お袋の言葉で元気が戻った未来は、アリアさんをすっかりライバルと認識しているみたいだ。
「私も負けるつもりは皆無です」
アリアさんも同様で、未来をライバル視してるようだ。
この二人って結構相性が良いのかもしれない。
「あの~。そろそろ帰りますよ。アリアさんのご両親に許可を取ったとはいえ、遅くなると心配だろうしさ」
なんとも反応しづらい二人の会話が一区切りしたようなので、俺は横から口を挟んだ。
「そうね。未来もアリアちゃんも改めて明日から頑張るといいんじゃないかしら」
お袋も賛同を示したところで、別れの挨拶をお互いに交わすと、俺とアリアさんは玄関を後にした。
外はもう真っ暗で、夜に綺麗な三日月が映えていた。星は満開とは言わないが、そこそこキラキラしている。遠間隔で外灯が並んでおり、暗い夜道を照らしていた。
「今日は話を聞いてくれてありがとう」
俺は隣を歩いているアリアさんに言った。
「いえ、お礼を言われることでは。元々私が聞きたいと思ったからですし、それに紫音君の中では解決済みだったんですよね。私は余計なお節介をしたようなものです」
「そんなことないよ。嬉しかったんだ。真剣に俺のことを考えてくれたり心配してくれたことがね。学校でもわざわざ待ってくれてた。その優しさで俺は気持ちが温かくなったよ」
「それなら良かったです。ほっとしました。一応言っておきますけど、誰にでも優しいわけじゃありませんからね? 八方美人は目指してませんから」
少し遠回し気味な言葉だが、俺はどうやら好意をぶつけられたみたいだ。
要するに俺はアリアさんにとって特別らしい。
俺は言いにくかったが、この先でする話の流れで必要になりそうなことだったので、敢えて問いかけることにした。
「ということはさ、やっぱり俺のこと……本気で好きってことなんだよね?」
「は、はぃ」
アリアさんは、改めて問われると恥ずかしそうにする。
俺は真面目な顔で、今の素直な気持ちを伝えることにした。
「正直、返事はまだできそうにないかな」
「……理由を教えていただけますか?」
間を置いたアリアさんも、真面目な顔で訊いてきた。
俺は小さく頷く。
「アリアさんのことは、人としてなら間違いなく好きだと自信を持って言える。けど、それはまだまだ恋の段階じゃないんだ」
実際アリアさんは、最高クラスの美少女で、その上性格も良いときてる。
おそらく、俺が『付き合おっか』の一言を発するだけで、次の日から幸せな恋人ライフが待っているのは想像に難くない。
しかし、今はまだアリアさんの一端を知っただけであり、思い出も過ごした時間も少ない。
とはいえ、付き合えば好きになる可能性は高いだろう。だが俺は、相手に惚れてから告白したい。両想いで恋人になるのが理想なのだ。
可愛い、綺麗、スタイル抜群、などの外見ステータス目的で付き合うのは自分が許容できない。
未来にだって同じことが言える。今は妹としての気持ちが強いけど、それだってひっくり返ることが十分に考えられる範囲だ。
それだけの魅力が未来にはある。告白されて意識させられたのだから間違いない。
まあ、二人から同時に好かれてる時点で、恋人になってから好きになるなんて選択肢は、最初から残されてないんだけどな。
「それなら私が紫音君を惚れさせることで解決しますね。気楽に待っていてください。紫音君の心を一番先にガッチリ掴んで見せますから」
アリアさんは明るく微笑み、俺は目を何度かパチパチさせた。
逞しいな。こういう一面もあったのか。
こんな風にお互いの新たな面を発見しながら、親睦を深めるのがベストに近いのだと思う。
そしたら自ずと答えも出るに違いない。
ならば、俺も自分の面倒さを教えておこうか。
「その気持ちは素直に嬉しいよ。でもさ……本当に良いの? 俺は恋愛事に関してはそこそこ面倒なやつだよ」
「どこら辺がですか?」
「好きな人に他に好きな人がいる場合や、他の男と必要以上に仲良い姿を見せられると、好感度が積み重なってても急激に冷めるんだ」
俺は嫉妬で自分に目を向けさせするよりも、純粋な好意をストレートにズバッと伝えてほしいタイプだ。
他に想い人がいたり、俺に好意があっても他に恋愛絡みになりそうな親しい男がいる場合は執着しない。
普通好きな人が決まってるならさ、勘違いされないように他からアプローチされても、どんな形であれ拒否すると思うんだよね。
それをしないってことは、まだまだ本気で相手を好きじゃないんだよ。
「仲良い姿を見ると、普通は嫉妬するんじゃないですか?」
「そう、そこなんだよね。俺は嫉妬の感情が嫌いなんだ。嫌い過ぎるからこそ、一気に通り越して気持ちが冷めるんだよね。簡潔に言えば、ライバル役はお呼びでないってことかな」
「嫉妬されるのは平気なんですね」
「うん、まあね。嫉妬の胸がもやもやする感覚が個人的に苦手なんだ。嫉妬する自分が嫌いなんだろうね。だから、俺は嫉妬を頻繁に誘うタイプの人は好きになれない」
嫉妬した時の独特な気持ち悪さが自分の中では、かなり不快に感じる。
たぶん苦手なタイプは小悪魔系女子。
あの手の人種は男を手のひらの上で転がしたり、分け隔てなく接して誰にでも優しいから、どうしても好感が持てない。
ライバル役が最も多くなるのも、このタイプだろうしな。
「その程度なら全然大丈夫ですね。私は紫音君以外の異性に興味ありませんから」
アリアさんは、俺の目を見ながら、きっぱりと言い放った。
この言葉が嘘偽りないアリアさんの本心であるなら、まったくもって問題ないな。
「そこまでの真剣さなら、俺もアリアさんの好意と向き合うよ」
「今はその言葉で十分です」
満足そうにアリアさんは頷いた。
「でも、あまり気負ったり、繕ったりはしないでね」
恋愛になると、嫌われないように無理する人もいるらしいが、俺はそんなのは望まない。
お互いが自然体で楽しめなければ、最初は合わせわれても、限界を迎える可能性が高い。少なくとも俺はそう思ってる。
俺は恋愛を軽く見ていない。
付き合ってすぐに別れる――そこらの学生に割とありがちな、うっすい恋人関係は望まない。
それなら、最初から付き合わない方が何倍もマシだ。
「はい、私も無理する気は一切ありません。自分に余裕がないと、好きな人といても楽しめないと思いますから」
良かった。どうやらそこは同じ考えのようだ。
この後もそうこう話は続き、あっという間に歩くこと約十分。
西洋風の家が見えてきた。確かに大きい。立派な豪邸だ。門も大きいし、暗いけど広い庭も見える。色々とスケールが違う。
気にしても仕方なく、時間的にも長居はできないので「アリアさん、またね」と俺は手を振り、手短に挨拶を済ませる。
「送ってくださりありがとうございました。お気をつけてくださいね!」
アリアさんは元気良く振り返してくれた。俺はそれを確認すると、回れ右して帰路に就いた。
最初は、車で送ろうとしてくれたが、それでは送った意味があまりなく、本末転倒になりそうだったので断った。一人でこうして夜道を歩いて帰るのも悪くないしな。
それにしても、今日は色んな出来事があった。
姫川の暴走、未来とアリアさんからの告白。印象深いことが立て続けに起こったな。
明日からは、色々な場面で柔軟な対応が求められるかもしれない――そう思いながら、俺は夜空を眺めて歩くのだった。




