7、先生との内緒のこと
その日は病院で定期健診の日だった。
検診の後、両親だけが医者に呼ばれた。
その理由はなんとなくわかっている。
前の手術では、体が完全に治っていないこと。
たぶん、完全に治すには後は心臓移植しかないこと。
それを私の居ないところで伝えるためだ。
今のままでどのくらい生きられるのか、
医者にもたぶん予測できない。
急に駄目になることもあるだろうし、運が良ければ、けっこう長く生きられるかもしれない。
先の不安を思って何もしないより、
今を大切に生き、
未来へとつなげていこうと決めた体育祭の日。
医者に何を言われても、
ひたすら前に進むと決めたから。
両親が医者と話してる間、
私は病院内をうろうろしていた。
ふと、見覚えのある人が診察室から出てきた。
葛西先生だ……。
どうしたんだろう?
風邪でも引いたのかな?
「水城……」
葛西先生と目が合ったが、いつもと違って表情が暗い。
その理由がすごく気になったが、
葛西先生が話してくれるまでは聞かないでおこうと思った。
「葛西先生。偶然ですね。私は、定期健診ここに通ってて」
葛西先生の顔があまりに真っ青だったので、
私は先生が倒れるんじゃないかと思った。
そういえば、体育祭の日も少し変だったような……。
「水城……俺……」
葛西先生がまるで私に救いを求めるように、
私の方へ手を差し述べてきた。
私がその手を掴もうとした時、
「お父さん、麗になんて話しましょう……」
っとお母さんの声が聞こえた。
葛西先生の手が条件反射のように引っ込んだ。
触れそうで、触れられなかった葛西先生の手。
出来ればもう少し葛西先生と二人っきりで居たかった。
居たかった?……そうだ。
諦めたらそこで終わりだ。
二人で居たいなら、そうなるようにすればいい。
「葛西先生、こっち」
私は葛西先生の手を取ると、すぐ近くのエレベータに乗った。
私は屋上を押すと閉まるボタンを連打した。
「水城?」
私はお母さんたちに『先に帰ってて、買い物してから帰る』
っと、すばやく打つとメール送信した。
「ここの屋上、景色きれいなんです」
握ったままになっていた私の手を、葛西先生は離そうとしたが、
私は葛西先生に振り払われないようにと、ぎゅっと硬く握った。
「水城?」
葛西先生は少し困った顔をしながらも、それ以上振り払うことはしなかった。
「嫌なことあると、私いつもここにくるんです。
夕日綺麗でしょ?もう少し経つと、ここの夕日、もっと綺麗になるんですよ、こっち!」
私は葛西先生を、夕日が見えるベンチまで引っ張って行った。
四人がけのベンチだったから、二人で座るには余裕だったけど、
私は葛西先生に寄り添うように座った。
諦めたのか、葛西先生はもう何も言ってこなかった。
それに屋上には、私と葛西先生の他は、
誰も居なかったからかも知れない。
「夕日!めちゃくちゃ綺麗ですよね~?」
私ははしゃぎながら葛西先生の方を見たら、
先生の目から涙が溢れ出そうだった。
「葛西先生?……」
葛西先生は泣くまいと、涙をぐっとこらえようとしているようだった。
大人な葛西先生が泣きたくなるなんて、何かよほど深い事情なんだろう。
葛西先生が泣きやすいように、
私は気が付いてない振りをしながら、
ただ黙ったまま先生に寄り添った。
葛西先生が泣きたくなる理由は私には検討も付かなかったが、
泣きたいときは、泣いた方が少しはスッキリすると思った。
自分もいつもそうしてきたから。
「水城は、とても強いんだな」
気持ちが落ち着いた葛西先生が、しみじみと私に言った。
「全然~。毎日、嫌な事ばっかりで凹んでばっかですよ。
あ、でも、最近は……葛西先生が居てくれるから、いつも笑顔でいられます」
私は葛西先生の不意を付き、先生の頬にキスをした。
「葛西先生、口止め料にもらっておきます」
葛西先生はそんな私をクスっと笑った。
「あげてどうする……そうじゃないだろ?」
そういうと、
葛西先生の顔が近づいて来て、
私の頬にキスをした。
「今日のことは、内緒な」
葛西先生は口の前で人差し指を立てた。
そんな葛西先生が大人なのに少し可愛く見えた。
葛西先生に近づけば近づくほど、
先生のこと失いたくないって思った。
葛西先生に私が先生を「好き」って気持ち、
いっぱい、いっぱい伝えたかったけど、
今はまだ胸の中にそっとしまって置いた。




