4、襲われそうになって……
あの発作の件から、広瀬くんの行動がエスカレートした。
どんな映画の時も、まわりの視線がない時は、私の手をこっそり握ってくるようになった。
広瀬くんは、私に好意をもってくれているのだろうか。
嫌なら振り払わなきゃいけないのはわかっていた。
なのに私は何も行動出来ずにいた。
広瀬くんは、相変わらずクラブ中はくっついて来たが、教室ではあまり話しかけてこない、そんな、いつもと変わらない態度だった。
私が手を振り払わなかったことが、広瀬くんの勘違いをさらに増長させてしまったのだと、後から気付く結果となった。
それから、数ヶ月後。
その日は二年生が修学旅行で居なかった。
テスト直前という事もあり、いつも通り、葛西先生はすぐに居なくなった。
視聴覚室は私と広瀬くんだけになった。
広瀬くんがいつも通り手を握ってきたのに、私は二人っきりという状況もあり、過剰に反応してしまった。
しまったと思ったがもう遅かった。
転入初日に葛西先生に忠告された言葉が、頭を過ぎった。
『過剰な反応は返って相手を変な気持ちにさせる』
「水城さん……僕にドキドキしてるの?」
私は広瀬くんが怖くなって、
椅子から立ち上がると、首を横に振った。
「違うよ。勘違いだよ」
「隠さなくていいよ。僕も少しドキドキしてるよ。
やっと水城さんと二人きりになれた」
私は後ずさりしたが、
広瀬くんは私を追って前進してきた。
コイツちょっと精神的にヤバイ感じじゃない?!
「広瀬くん……あの……ちょっとまって」
私はポケットに入っていた携帯を手探りで探し、
葛西先生の番号である短縮1番をコールした。
手探りだから、
うまく電話が出来たのかわからない。
こんなことになるなら
葛西先生にちゃんと相談しておけばよかった。
「水城さん、僕のこと好きなんでしょ?だから僕と同じクラブに。健気で可愛いよね。
僕も水城さんならいいかなって思って、リード出来るように僕なりに色々勉強してきたよ。
ねえ?せっかく二人っきりになれたし、水城さんもその気なら…試してみよっか?」
勉強って……リードって何!?
試すって……何する気よっ!
それ以上、近寄ったら、蹴飛ばすわよ!
っと、強気で思っても行動が伴わない。
「あのね!広瀬くん……誤解なの!」
私は広瀬くんの方を向いたまま下がろうとして、
何かにつまずき、床に尻もちをついた。
そんな私に広瀬くんは、
じわりじわりと近づいてくる。
「ねぇ、聞いて? 私が好きなのは……えっと」
葛西先生が好きっと言いたかったが、
口には出せなかった。
「水城さん、もう隠さなくていいよ」
床でじたばたしていた私は、広瀬くんにそのまま床に押し倒された。
広瀬くんは左手で私の両手首を掴むと頭の上で押さえつけ、
私の上にまたがって、動けないように床に押しつけた。
「いたぁっ……」
男の子の力って強い……!
振り払えないっ!
「怪我しちゃうから、水城さん……ジッとしてて!」
広瀬くんは、私の下あごに右手を当てがうと、口を少し開かせた。
「ぃやぁ……」
嫌がり顔をそむける私を床に押し付けながら、
広瀬くんが無理やり唇を重ねてきた。
私の口の中に、
広瀬くんの舌が絡みつくように強引に入ってきた。
広瀬くんに頭の上で押さえつけられてる両手が、
血が止まっているのか、しびれるように痛い。
まるでヘビのように、
絡みつく広瀬くんの舌の感触が気持ち悪かった。
いやぁ……こんなの……キスじゃない。
気持ちが悪い。
葛西先生!助けて……。
広瀬くんはキスだけではおさまらず、
私の上の服を脱がし始めた。
「やぁ……やぁだっ!」
私の抵抗もむなしく、外されるボタン。
広瀬くんは私のブラの間に手を滑らせ、
顔を埋めようとして叫んだ。
「なんだよ、これ!キモっ!」
私の手術痕を見つけたからだ。
広瀬くんは傷痕を確認するように、
私の服のボタンを全部外した。
「げっ!どこまであんだよ!フランケンかよっ!」
広瀬くんの私へ対する気持ちが急にしらけたのが、
女の私からでも手に取るようにわかった。
「マジ、気もち悪ぃ~、俺、無理~」
「水城~!!!大丈夫か?!」
そこに慌てて走ってくる葛西先生の声が聞こえた。
「やべっ!」
広瀬くんは私をそのまま放置し、ドアから逃げるように出て行った。
広瀬くんと入れ違いに、葛西先生が入ってきた。
私は葛西先生が来る前に、服のボタンをかけなおそうとしたが、
自分が思ったよりも自分の手が震えてて、上手くできなかった。
「ひ、広瀬ぇぇぇ!!」
私の乱れた姿を見た葛西先生は、
カッとして広瀬くんの後を追いかけようとした。
「葛西先生!待って!お願いだから……行かないで」
私の言葉に葛西先生は追いかけようとした足を止め、
私の方へ歩みよった。
私は近くまで来た葛西先生の胸に、
倒れこむように抱きついた。
「来てくれてよかった……怖かった……」
葛西先生も私の体をぎゅっと優しく包み込んでくれた。
さっきまでの恐怖心から一気に安心感に包まれる。
「大丈夫だ。もう大丈夫……」
葛西先生は広瀬くんの変な行動に気がつけなかったことに、深く後悔しているようだった。
「水城、すまない。広瀬のこと、全然、気がついてやれなくて」
「葛西先生のせいじゃないです。相談しなかった私が悪いんです。……先生は来てくれた。それで十分です」
私は少し切れて血が出た唇に手を当てた。
まだ口の中に広瀬くんの舌の感触が残っていた。
「……気持ち悪い……キス」
私はキスのことを思い出して
吐きそうになり、同時に涙が溢れた。
胸の傷痕のおかげで、
キス以外は何もされてない……。
それは良かったけど……
でもそれと同時に、
私は一生、男の人と交わるのは
無理なのだと確信させられた。
この胸の傷痕を見れば、
誰でもひいてしまうだろうから。
まあ、私が見ても気持ち悪いし、仕方ないよね。
「手術の傷痕…気持ち悪いんだって。
でも……この傷痕のおかげで助かちゃった」
私は無理して笑顔を作って葛西先生に笑ってみせた。
そんな私を葛西先生は痛々しく思い同情したのだろうか?
葛西先生は、はだけた服の間から、
ちらりと見えていた私の傷痕に触れた。
「痛い?」
私は首を横に振った。
「これは、水城が頑張った証だろ?
その証が水城の魅力を減らしたりなんて事、絶対にないよ。駄目男のいう事なんか、気にするな」
葛西先生の真っ直ぐで思いやりのあるその言葉に、
「わたし……せんせい……が……すき」
言うつもりはなかったはずの私の気持ちが、
無意識に口から溢れ出ていた。
葛西先生は両手で私の頭を囲うように撫で、
その手を頭のてっぺんから左右に頬まで撫で下ろすと、
右手の親指で私の唇をそっとなぞった。
次の瞬間、
葛西先生の顔が私に近づいてきて、互いの唇が触れるかと思った。
でも、その寸前で先生の動きが止まった。
「ごめん……俺は教師だから」
葛西先生は私のおでこに、おでこをあてがった。
「水城……ありがとう」
先生は私の気持ちに、
『ごめんね』と断る訳でもなく、
ただ『ありがとう』と言い、
私の頭をいつものように、ポンポンっと撫でた。
葛西先生のおかげなのかわからないが、
それから数日経っても、
私に関する噂は流れることはけしてなかった。
それからしばらくして、
あの日からずっと休んでいた広瀬くんが、
学校を辞めたことを聞いた。
事件後……。
葛西先生はクラブ活動中、
職員室に行くことはなくなり、
視聴覚室でみんなと一緒に映画鑑賞をするようになった。
転入初日から、登校時はずっと、母の車で送ってもらっていたが、下校はいつも一人で帰っていた。
葛西先生はそのことを心配し、下校は先生が家まで車で送ってくれるようになった。
両親が仕事で遅い時は、家に一人にするのは、病気のこともあるし危険だと、両親の帰りを待ちながら、夕飯を一緒にする事もあった。
両親に慕われ、信頼されていた葛西先生は、
私と先生が家で二人きりで待って居たとしても、
微塵も怪しんだりすることは無かった。
葛西先生の私に対する態度も相変わらず、
病気持ちの生徒を気遣う先生のままで、
意識しているのは、私一人だけだった。
私が期待する、
甘い恋のような出来事も、まったくなく、
葛西先生と一緒にいられる時間が増えて嬉しいはずなのに、
その反面、
叶わない思いに、
胸が締め付けられるように苦しくなったりもした。
『先生が好き』
あの告白は、葛西先生の中で、
完全になかったことにされているのだろうか?
葛西先生に、もっともっと近づきたい。
欲張りな私が、
葛西先生の教師としての立場を狂わせてしまいそうで怖かった。




