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FallProbability ~落ちる確率~  作者: 戸塚たかね
FallProbabilityⅡ~スタート オブ バラッド~
9/14

FPⅡ ニ

 クリスタルが荷物を床に放ると、静止した空間に波紋が広がった。

 まだ、この基地に到着して3時間程度しかたっていないというのに、何なのだろう、この疲労感は。

 大きな基地の割には人が少ないとクリスタルは感じた。これまでに遭ったのは、包み隠さない物言いのカサブランカに、パイロットに敬語を使う可笑しな数人のメカニック。それから上官らしい振る舞いをしないハギモト指令に、ホープマン…希望の男などと言うふざけた名前の男、ハロウィンだけ。後で改めてハギモトに聞いたところ、どうやらD・ホープマンと言うのは本名らしい。妙な名前だ。

 ため息を吐く気にもなれず、クリスタルはボストンバックの中から本を取り出す。パイロットの私物にしては珍しい。普通、戦闘機のパイロットは目が悪くなるのを避けるため、本はほとんど読まない。

 申し訳程度に備え付けられたデスクの上に、クリスタルは数冊の本を器用に立て、前のデスクチェアに腰を下ろす。

どれも陳腐なファンタジー小説だ。クリスタルは、こういった頭を使わない、つらつらとただ妄想を述べられる本を好んで読んでいた。どれも繰り返し読んでいるものだから、表紙は擦り切れているし、読んでいても真新しいドキドキさはしない。

 彼はその数冊の中から一冊をとり、ぱらぱらと手遊びしながらつらつらと思考をオフにしていく。

 内容自体はさほど難しくも面白くも無い。ある戦士が仲間と共に活躍し世界を平和にするという、よく言えば王道、悪く言えばありがちな読み物だった。

 誰に、だったかは覚えていないが、自分で買ったものではなく、確か他人にもらったものだとクリスタルはおぼろげに覚えていた。

 普通の人が嫌になるくらい読んだものだから、もう主人公の台詞をそらで言えるくらい内容を暗記してしまっている。

 そのうち、なんだか身体がだるくなってきたので、クリスタルは簡素なベッドに身体を横たえた。だが、しばらく眠気はやってこず、軽く眼を瞑ってクリスタルは思案した。

 この基地はどこか普通の基地と雰囲気が違う。表向きは和気藹々としているが、どこか寂しく、そして冷たい。

 ふと、クリスタルの脳裏にあの花壇の赤い花のイメージがよぎった。

 何故だろう。綺麗なのにどこか今は薄気味悪い。あの花を昔見たのは、一体いつだったのだろう。

 映画の一シーンのように、色んなイメージが次々と脳裏に浮かんでは消えていく。

 赤から連想されるのは。火。太陽。幼少の頃与えられたクレヨンの赤。母親のワンピースの赤。そして人間の血。

 突然、理由を説明できない喪失感が彼の心臓を締め付けた。

 息が苦しい。息が出来ない。息をしなければ。息をしろ。でないと死んでしまう。

 こんなに無感動になってしまったのはいつからだろう。ただ生きるために息をして、死なないために食べ、起きるために眠る。

 自分にももっと感動に身を震わせた時代があったのだろうか。思い出してみたくて記憶を探っていたら、彼はいつの間にか海より深い眠りに落ちていた。





 一面の白。まず視界に認識されたのは水蒸気の塊である雲だった。

(知っている。どうせ夢だろう)

 彼が少し顔を下に傾ければ、計器が見える。今の戦闘機とあまり変わりは無いが、どう見ても古い型だ。

彼は新人時代の戦闘機に乗っていた。

 狭いキャノピィ越しに辺りを伺うと、自分を他の戦闘機が囲んでいた。どの戦闘機も、型にも、マーキングにも見覚えがあった。かつての仲間たちだ。

 あの薄黄色の戦闘機は、左翼を撃たれて落ちたな。

 向こうの浅黄色の戦闘機は、ラダーをやられてコントロールを失い、基地まで辿り着いたけど、管制塔に突っ込んだんだっけ。

 こっちの薄桃色の戦闘機は、エンジンを一発。

 あっちの戦闘機はタンクを撃たれて大爆発。

 その向こうの戦闘機は着地に失敗して。

 皆が皆。この世にはもう居ない戦闘機たちが彼を囲んで飛んでいる。さながら、天国からの迎えみたいだ。

 もっと眼を凝らすと、戦闘機のコックピットの中ではパイロットがこっちに向かって手を振っていた。落ちた奴らの中でも、比較的懇意にしていたパイロットだ。

 きっと、ポジションが変わって不安だったクリスタルを、慰めに来てくれたのだろう。

 彼は柄にも似合わず嬉しくなって、スパイラルした。

 戦闘機のパレードだ。地上に降り立ちたくない一心で、逝ってしまった彼らが、クリスタルの為に現世へ舞い戻ってきた。

 でも。

(俺はベッドの中で動けないで居る)

 もどかしい。地上に戻らなければ生きていけないこの身体が。憎い。

 かつての仲間たちがフワリフワリと飛んでいる。エンジン音は静かだ。振動はない。

 もう、彼らは居ない。

(俺も、あいつらのように、空で死にたい。地上で野垂れ死ぬのなんて、御免だ)

 

 このまま夢が目が覚めければどんなに楽だろう。

そう思うことがよくある。



 彼は仲間たちと同じようにただ進行方向を機体に任せて操縦桿から手を離した。

 現実の世界ではありえない。飛行中に操縦桿なんて離したら、舵を取られて一発でアウトだ。でも、夢だから許される。

 しばらくそうして静かな飛行をクリスタルは楽しんだ。安寧のひと時を贅沢に過ごしていく。フェイクなのに、なんてリアル。

 そのフェイクの中でクリスタルの視界に何かが掠める。

 次の瞬間、別の機体のエンジンの轟音が急に耳に煩く侵入してきて、思わずクリスタルは両の耳をきつく塞ぎ込んだ。

 雲の集団の中に何か黒い陰が揺らめいている。

 キャノピィが曇ってよく見えない。クリスタルは無駄だと判ってはいたがキャノピィを内側から拭わずには居られなかった。

 安穏とした夢を揺さぶられるように邪魔されて、クリスタルは不機嫌に操縦桿を握りなおす。

 ――撃ち落してやる。

 雲の中にゆれるシルエットにクリスタルは照準をあわせた。

 静かな音で機銃が回る。そして、まるでその雲自体が何かの生き物かのように、弾丸は雲に吸い込まれて消えた。

 しばらくの間。雲の中の何者かとクリスタルの無言の闘争が続いた。

 そろそろ、クリスタルが単調な攻撃に飽いてきた頃だった。

 密集していた雲が薄くなっていき、果てしない空が現れる。そしてそこに降り注ぐのは、暖かくない、ただ透きとおった強烈な白い闇。

 仲間たちはその闇の中に吸い込まれるようにして消え失せ、クリスタルの視界はその強烈な白とある黒い一点だけになった。

 中型機だった。

 全身黒の【Spear1.9】。マーキングはラダーの付け根辺りにホワイトで『You shall die.』。

 『シャル』を使う文法なんて酷く古典的だ。訳すのなら、『死んでいただきましょう』だろうか。気取っている。

 相変わらず、その戦闘機のエンジン音は煩い。何故だろう。スピアーシリーズは中型機だがここまでエンジン音が煩い機体ではなかったはずだ。

 自分の少し下の前方を行く黒い中型機がスパイラルする。中型機は全体が重すぎて、アフターバーナーが利いてもロールには向かない。そんな中型機でスパイラルロールするなんて、何処の猛者だろう。

 と、油断した隙に黒い機体はくるりと反転して、クリスタルの懐にもぐりこんでしまった。

 まずい。

 そう思ったときはもう遅かった。

 軽いフットワークでボクサーように翻弄し、それでいてその機体は蝶の側面だけ持っているわけではなかった。

 容赦なく吐き出される弾丸に、クリスタルは腹部を抉り取られる。

 そう、こうやって空で死んでいくのが夢なのだ。

 暖かな業火に焼かれ、クリスタルの夢はそこでブラックアウトした。


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