FPⅡ 一
ゴロゴロと、ジープが音と砂煙を立てながら田舎道を走っていた。
運転席と助手席には、屈強な男が二人。後部シートには、まだ少年臭さが抜けない若者と、たれた目じりの優男が、ジープの揺れに顔をしかめていた。
どれくらい走った頃だろう。赤茶けた土肌にぽつぽつと植物。そういった景色しかなかった田舎の光景にに、ぽつんと標識が一つ。
若者の視線が、気だるげに標識を捉えた。
“カステルヴェトラノ”
若者にとっては、あまり馴染みが無かったのだろうか。すぐに興味を失い、また何処と無く視線を泳がせる。
ふと、隣で同じくジープに揺られていた男が、若者に声を掛ける。
「なぁ、イナガミ」
若者は、呼ばれても答えない。それどころか、見向きもしない。
それを知っていて男は独り言のように言う。
「何で許可が下りたんだろうな? 転属の際の専属メカニック同行を条件とする。だったけか? 普通だったら痛いお言葉ともに一蹴されるのがオチなんだがなぁ」
こうもあっさり承諾されると、かえって気味が悪い。男はそう思いながらあちらこちらへと辺りを見渡す。標識を過ぎてからというもの、またつまらない光景が延々と続き、やる気を損なう。
男が、初めて若者の方向を見やった。
「イナガミ。…もしかしてお前、酔った?」
その言葉に、若者は気だるそうに――いや、車酔いの為ぐったりとしながらもかすかに、こくん、と頷いた。
男は若者に気取られない程度に喉の奥でくく、と笑った。
(いつも戦闘機に乗って無茶苦茶な飛行ばっかりして平気なのに、どうして車ごときで酔うかな。)
こういうときだけは若者が年相応に見えて可愛い。そう、男は思う。
「お二方、見えてまいりましたよ。あれが、P‐183“カステルヴェトラノ”飛行基地です」
助手席の男の言葉と共に、若者と男は進行方向を見やった。
開けた田舎の風景の中にたたずむ、黒い影。有刺鉄線付きの高いフェンスにぐるりと囲まれたその風情が、何とも物々しい。こちら側からは滑走路は見えないが、少なくとも規模は大きそうだ。薄クリーム色の壁の建物は宿舎だろうか。海が近い割には、錆びた風も無く綺麗だ。その隣に立ち並ぶ丸い屋根の建物は倉庫、いやだろう。きっとあそこに戦闘機がしまわれているに違いない。
若者の目が、きらりと興味に光った。
それを横目で見ていた男は、ほっと一安心する。
(何とかやってけそうか?)
そう思ったのを最後に、男も、一切の思考を止める。
二人を乗せたジープの運転手は、黒い鉄の扉の前に車体を止めると、インターフォンになにやら一言二言言いつけた。
そして、少し間を置いて、鉄の扉は横にスライドして開いた。
ぎ、ぎ、と頼りない音を上げて開き終わると、ジープの運転手が二人を振り向く。
「私たちのお供はここまでとなります。頑張ってくださいね、イナガミさん!」
元気良く言う運転手は、どうやら若者のファンらしい。迷惑そうな表情をする若者をよそに執拗な握手の後、名残惜しそうに男たちは手を振ってそのままジープで来た道を去っていった。
基地内は、外見よりもはるかに広かった。外から見ても確かに大きな建物が並んでいたが、その奥にもまた、建物があり、そして滑走路。今は滑走路に機体は居ない。
「えーと、何処が本部棟だ?」
男はなれない地図をまわしたりなんなりして現在地と懸命に照らし合わせる。それを、無関心に見る若者。うんうんと男がしばらく唸っていると、若者がひょいと手を伸ばして地図を男の腕から奪う。
「何だよ」
「…地図が逆だ」
呆れたように若者は言って、地図をくるりと回す。
「こっちだ」
若者に促されて、男は渋々とその後を付いていく。
ふと、辺りを見回して疑問に思う。基地の中ではAランクの大規模な基地のはずなのに、ここ、P‐183カステルヴェトラノ基地に着いてからと言うもの、誰にも出会わない。大規模なら大規模なりの、相当な数の職員が居てもいいはずなのに、人っ子一人いやしない。なんだか異様だ。
「お、見ろよイナガミ。花壇に花が咲いてるぜ。前の基地じゃ考えられないな」
男が大げさに声を上げたものだから、仕方無しに若者もその方向に目を向ける。
赤い花が咲いていた。細い茎から何本にも分かれて赤い花が花火のように開いていた。綺麗だが、それだけだ。何にも役に立たない。若者はそう思って視線を向ける以上の反応は見せなかった。
(…相変わらずつまらん奴だな~。ホントだーぐらい言えっての)
見事にスルーされてしまった男は、居たたまれない気持ちになって心の中で毒を吐く。
そのやり取りの最中も、若者は迷い無く歩く。小柄な体格では若者が早歩きをしているつもりでも、男にとってはさほど苦にならない。会話のきっかけが見つからず、しばらく沈黙しながら進んでいくと、若者が唐突に足を止めた。
「ん? どうした道に迷ったのか?」
男のからかいを含んだ台詞には耳を貸さず、若者は改めて地図と現在地を照らし合わせる。自分の目的地であることを確認して、若者はい無く建物へ入っていく。男が慌てた。
「おいおい、ここは明らかに本部じゃないだろ」
「そうだな、どう見ても格納庫だ」
含んだ声で返事をすれば、男が訝しげな顔をした。
「マジで道に迷ったか、イナガミ」
「違う。一緒に飛ぶお仲間だ。ちょっと見学に」
若者がそう言って、男が止める間もなく作業員用のドアを押し開ける。
ぎぎ、と少しきしんだ音。そして鼻腔をくすぐる、オイルと鉄の臭い。
三日ぶりに嗅ぐその馴染みの臭いに安心しながら、若者は薄暗い格納庫の中に入っていく。
「…おい、イナガミ。勝手に入ったら大目玉くらうんじゃないか?」
「黙っていれば問題ないだろう」
薄暗いその雰囲気に男が声を潜めて諌めると、若者は何でもないように平然と奥へ進んでいってしまう。
若者と男が所属していた基地とは比べ物にならない規模だった。
この格納庫だっていくつか有るうちの一つでしかないはずなのに、四台の戦闘機が収容されていた。しかも、その四台が四台とも技術の最先端をふんだんに盛り込んだ最新鋭、最新型だ。
「うわっお。みろよイナガミっ。これ米製ND‐45だぜ。その向こうはもしかしてND‐47か? 一機いくらするんだよ…」
「こっちはSpear2.4だ。しかも中型機なのに使い捨て追加バックファイアがついてやがる。こんなモンスターマシンに乗る奴なんて居るのか?」
声こそ潜めてはいるものの、興奮した様子の二人は、とある一機に目を留めた。
「…こんなどぎつい色の戦闘機、どんな奴が乗るんだと思う?」
「さぁな」
引きつった笑みを浮かべながら、男がそのショックピンクの機体に触れる。そう、ショックピンクだ。どぎつい色という言葉がぴったりの中型機は、よく手入れされていて今すぐにでも飛び立てる状態にあった。だがしかし、こんな目立つ色では敵にすぐ見つかってしまうのではなかろうか。
二人が沈黙したそのとき。
「ドギツイ色で悪かったな」
突然かかった別の声に、ただ驚く男と、その声の場所を探す若者。
「何処を見ているんだ。こっちだ、こっち」
感情のこもらない、冷静な声に促されて、若者は慎重に上を向いた。
「汚い手で俺のマシンにベタベタ触るな。指紋が着くだろうが、この馬鹿共」
開け放したキャノピィの下。少しの灯りに照らし出されたコックピットの中に、人影。
「誰」
若者が、相も変わらず無関心な声で表情を崩さずに人影を見上げた。逆光で人影の顔ははっきりとは見えないが、低めの声と広い肩幅からして、性別は男のようだ。
「それはこっちの台詞だ。まったく。警備の奴らは何やってんだ。町のクソガキ共が入ってこないようにちゃんと警備しろっていつも言ってるのに。ボウヤ、ここは社会見学はお断りだ。さっさと帰って糞して寝な」
「町のクソガキ共?」
男が首をかしげた。それを見た人影は、意外そうな声音で、
「レトレヴィーナの奴らじゃないのか?」
と聞く。男はいっそう首を傾げて人影に質問した。
「この辺、町なんてあるんすか?」
子供が入り込むくらい基地の近くに町があるなんて、ちょっと無い立地条件だなぁ、と人事のように呟く男の目の前に、なんの断りも無しに人影が降ってくる。
「お前ら、町の人間じゃないって言うなら、何者なんだ?」
いきなり振ってきたものだから驚き後退しつつも、男はまじまじとその人影を見てしまう。
彫りこそ深いものの、自分や若者とよくにた顔のつくり。
「あんた、もしかして日本人か?」
「生まれはな。…ん? もしかしてあんたメカニックのヨシタカ・クルス? 今日からここに転属になった?」
心底意外そうに人影は、頷く男――クルスを見る。
「じゃぁ、こっちのボウヤはもしかして“キラーマシン”クリスタル?」
今度は若者のほうに向き直って人影は若者を覗き込む。
「キラーマシンかどうかは知りませんが、クリスタルは俺のコードネームです」
「噂程度には聞いている。天使の面を被った殺戮者だってね。だからキラーマシンなんてあだ名がついてるんだろ? まぁ、兎にも角にも。とりあえずはようこそと言うべきかな。お仲間だもんな」
ここまで平然と悪口を述べられると、かえって変な気は起きないから楽だ。思っていたよりも楽しい生活が出来るかもしれない、と若者――クリスタルは考えた。
「カサブランカだ。宜しくはしない。俺と宜しくしたかったら、まずは一戦、勝ち残ることだな」
人影――カサブランカが意味ありげにニヤリと口の端を上げた。
若者も、それに答えるかのように微かに微笑んだ。それを見たクルスは、あまりにも珍しい光景だったので、口をあんぐりと開けて固まってしまう。
面白い人間も居たものだ。今までにだってそれこそ何人ものパイロットに出会ってきたが、このタイプの人間は初めてだ。
――自分と同じ種類の人間だ。
クリスタルはそう思って微笑んだ。
面白くなってきた。この好機を逃す馬鹿が何処に居る。見てみたい、このどぎついピンクの戦闘機が空を舞うのを。
クリスタルが半分自分の世界にトリップしていると、今度は自分たちが入ってきた作業員用入り口のほうからまた別の声。
「あー、カサブランカさん! またコックピットで寝たんスか!? 止めてくださいっていつも言ってるでしょー!!」
昼食にでも行っていたのだろうか、作業服の何人かが、ぞろぞろと列を成して格納庫の中に入ってくる。途中、誰かがフロアライトのレバーを上げる。
機械的な音を上げて、格納庫内が明るくなった。
「まったくまいどまいど言ってるのに、これじゃチャールズさんが可哀相ですよ、もう。…あれ、誰ですこの方々は」
若い男がクルスとクリスタルの存在に気づいて、カサブランカに尋ねる。
「新入りさ。 “ゴットハンド”ヨシタカ・クルスと “キラーマシン”クリスタル」
「え、この人がクルスさん!?」
止せばいいものの、若い男がわざわざ大声を上げるものだから、あっという間にクルスは取り囲まれてしまう。
「ゴットハンドって…」
メカニックという立場からして、こういう目に遭ったのは初めてなのだろう。照れていいのやら、迷惑そうにしたほうがいいのやら判らずに、クルスは揉みくちゃにされた。
二歩程度はなれたところでそれをクリスタルが無表情に見ている。
「おい」
いつの間にか、カサブランカがクリスタルの後ろに立っていた。カサブランカは一瞬何か言いたそうな顔をして、クリスタルと同じ無表情に戻る。
「その様子じゃ、司令にはまだ会ってないだろう。クルスのことは後で俺の方から言っとくから、ちょっと顔見せて来い。話がこっちに来たときから、しきりにお前と話したがってたから」
クリスタルは、軽くお辞儀をして無言のうちにその場を立ち去ろうとする。だが、一歩を踏み出す前に、カサブランカの左手が右肩に触れた。
「本部の場所はわかってるよな」
「大丈夫です」
「じゃぁ、行って来い。あと、Dには気をつけろ。おかしな奴だから」
何が言いたいのかさっぱり判らないうちに、クリスタルはカサブランカに背を向けた。戦闘機に乗っていたら、絶対しない行動だ。
(早く空を飛びたい)
禁断症状がでそうだ、とクリスタルは爪を噛んだ。ここ何日かはストレスが溜まりっぱなしで爪ももうボロボロだ。
格納庫から抜け出して、空を見上げれば、もう日が傾き始めていた。
早く行かないと上官にどやされるだろうか。そんなことをつらつらと考えながらクリスタルはとぼとぼ歩く。
格納庫と格納庫の間のアスファルトの隅に、花が咲いている。こじんまりとしているが、きっと花壇なのだろう。申し訳程度に石で囲まれていた。
ここに来るまでに見た、あの赤い花と同じものが咲いていた。名前は知らないが、どこか記憶の片隅で見たことが有るような気がする。
思考がクリスタルから注意力を奪っていた。それ故に、クリスタルは近づいてくる二つの影に気が付かなかった。二つのうち大柄な男が、心無い様子で歩くクリスタルに気が付いて声を上げた。
「ほーら、俺の言った通りだろぉハギやん。賭けは俺の勝ち。一週間昼飯奢り大決定ですな」
「チックショー…まったく何でお前判るんだ? レーダーでもついてるのかよ。言っとくけどなぁ、酒は奢らんからな」
「あぃ。りょーかいしてます」
いきなり目の前で繰り広げられた頓珍漢なやり取りに、クリスタルはどう対応していいのか判らず、フリーズする。
大柄な男がクリスタルの顔を覗き込みケラケラと笑った。
「おーおー、困ってる困ってるぅ。かわいーなぁ。ウチの基地にはこんな可愛げの有る奴はそうそう居ないからなぁ。女性陣は別格ですけども」
「からかってやるな、ハロウィン。お前の新人歓迎は皆に嫌がられてるんだぞ? 折角のルーキーに逃げられたら困る」
もう片方の口ひげを蓄えた男が、ニコニコと笑顔で大柄な男の肩を叩く。そしてクリスタルに向き直り、丁寧な仕草でクリスタルに手を差し伸べる。
「改めてようこそ、カステルヴェトラノへ。ユウ・イナガミ。私はここの責任者のシンヤ・ハギモトだ。宜しく。歓迎するよ」
「俺はD・ホープマンだ。いちおーこっから飛ぶチームのリーダーをやってる。コードネームはハロウィン。宜しくなー」
一方大柄な男の方――ハロウィンは、クリスタルが呆然している中、無理矢理に近い形で握手をした。ブンブンと大げさに腕を振り回すものだから、腕を痛めはしないか、とクリスタルは一瞬不安になる。
と、クリスタルはそこである重大な事実に気が付いてしまった。
クリスタルは、上官と先輩パイロットを前にして、挨拶もせず棒立ちになっていたのだ。彼は慌てて敬礼した。
「今回P‐102より転属になりました、ユウ・イナガミです。ご指導のほど、宜しくお願い致します、ハギモト司令」
口早に言った後に、一瞬の沈黙。そして弾かれたように笑い出す二人。何かまずいことでもしたのだろうか。普段なら考えられないほど、人間味のある不安感が体中を駆け巡る。
ハギモトが眼の端に滲んだ涙を拭いながらウインクした。
「いいって。そんなに畏まらなくても。ここでは自由だ。上下関係はほとんどない。実力で左右されるからね」
最後の方は含み笑いをして、ハギモトは馴れ馴れしくクリスタルの肩を叩いた。前の基地では同僚にさえそんなことをされたことは無かったので、どう反応していいのやら、ただクリスタルは干からびた樫の古木のように身を硬くした。
ハロウィンがクリスタルの柔らかな髪をくしゃりと撫でた。
「まぁ、せいぜい落っこちないように頑張るこったな、ルーキー」
その厭味な笑みが、なぜか自信に満ちていて、クリスタルは憎むことが出来なかった。




