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FallProbability ~落ちる確率~  作者: 戸塚たかね
FallProbabilityⅠ~落ちる確率~
3/14

 彼は息をひとつ、深く吸って、操縦桿を握りなおす。

 操縦桿を前に倒し、エレベータを下げ、高度を急激に落とす。一瞬、それ特有の身体が浮く感覚を楽しみながら、彼は前を見据えた。そこには、彼らとは違い一様に地味な深緑で統一された戦闘機たち。

 彼はトリガーに指をかけてからふと思う。

(――俺が一番手か)

 一拍おいて出遅れたはずの彼の機体は、もう隊列の先頭に居た。

(エンジンの調子も上々。燃料もまぁまぁ。心配なのは、右のロールだけ)

 スロットルを引いて、エンジンをふかし、最初の一発。

 照準を慎重にあわせ、トリガーを引く。

機銃が、轟音を放つ。

ヒット。

 機械的にその動作を繰り返す。

 敵機を確認。照準をあわせる。トリガーを引く。ヒット。照準をあわせる。トリガーを引く。ヒット。トリガーを引く。トリガーを引く。トリガーを、引く。

 敵が彼を追う。

 彼は冷静に、かつ大胆に思いっきり操縦桿を引いた。エレベータのメータの針がぐんとゆれ、機体ががくんと上向きに傾いだところで、スロットルを引く。エンジンにも自分の身体にも少々負担はかけるが、中型機相手ならこの方法が一番手っ取り早い。

 腹の膨れて重い機体が、宙返りなどできようはずもない。

 刹那の出来事で敵の後ろを取った彼は、短くトリガーを引く。狙いは両翼、フラップだ。

 もちろん、ヒット。

 短時間で、それも的確に多くの敵を落とすのが彼の手だ。

その腕は、誰もが認める天才。を落とすために生まれてきたようなもの。

 そんな彼も、今日ばかりは苦戦を強いられることとなっていた。

 同数かと思った数が、あとからあとからまるでゴミのように涌いて出てくる。

 そのくせ、噂の新型機様の登場はまだだ。

『――太陽の中に何か居る――』

 通信機が入れっぱなしだったのだろう。冷静な声がつぶやいた次の瞬間。

 一瞬目の前が光ったかと思えば、次の瞬間視界に飛び込んできたのは。

 赤い炎と、黒い煙。そして無残にもげた白い翼と、翼を失い、真直ぐに下へ落ち行く、白鳥。

『――カサブランカッ!』

 誰のともわからない声が叫ぶと同時に、彼の目の前を赤い何かがものすごいスピードで通過した。

「あれが――――新型かっ…」

 彼は、誰に聞かせるでもなくつぶやいていた。

 赤いボディに、ブラックのラインで彩られたその中型機、いや、小型機だろうか。その中間くらいの大きさの戦闘機は無慈悲に次々と仲間を撃ち落していく。

『っよくも、カサブランカをっ…!』

『よしなさい、リアルラックっ!』

 女性の声が止めたのも虚しく、空色の機体は無謀にも赤い戦闘機を追っていく。

 一度はそれで背中を取ったものの、赤い戦闘機はくるりと身を翻しただけで簡単に空色の腹にもぐりこんだ。

 そして、まるでボクシングでジャブを放つように軽く、左フラップとラダーに何発かずつ、弾丸を撃ち込んだ。

『ちくしょーっ!』

 最後の叫びとともに、空色の機体は、いともたやすくコントロールを失い、はるか下の海面へ激突し、大破した。

(強い)

 彼が思うのもつかの間、赤い戦闘機は彼の視界から消え失せる。

(何処へ行ったっ)

 気を張って、周りを見渡し、赤いシルエットを見つけたときにはもう遅かった。

 ライトグリーンの機体が心臓部を撃たれ、それが爆発を起こし、その爆発によって生み出された炎が燃料に引火し、更なる大爆発を引き起こす。

 空中へ津波のように広がる紅蓮の業火は敵、味方を問わず何機もの戦闘機を飲み込んでいった。

 その中には、ブルーグレーの機体の姿も。

『ファンキーベイビー・・・スターキッド!』

 一気に数が減った。相手も、赤い戦闘機を残して、他に居ない。が、こちらも、エースが8機居たにも関わらず、この数十秒で4機までに減った。新人など、残っているはずが無い。

『・・・負けるわけには行かないのよ。あたしは帰るんだから』

 ワインレッドの機体が仕掛けるように前へ出る。

 それに気が付いたのか、はるか遠くに飛ぶ赤い戦闘機は、挑発するように小さく機体を左右に振った。

『負けるわけにはいかないのよ――――っ』

 一直線の勝負。ドッグファイト、つまり度胸試しだ。

 同じ直線を向かい合って飛び、そのスピードは増す一方。

 このままではぶつかってしまう。

『あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ――――!』

 互いに一歩も引かず、最後の最後、ぶつかる寸前で赤い機体はさっと横にそれる。

「やったか、レディワイルド!」

 興奮して彼が叫んだ。だが、それに対しての応答は無い。

『レディワイルド?』

 仲間が呼ぶ。

 ワインレッドの小型機は、緩やかに円を描いて高度を落としていた。

『…レディ?』

 再び仲間が呼ぶ。

 それでも応答が無いのを不思議に思って、彼は機体を傾けてワインレッドの小型機に寄り添う。

 そして彼は見てしまった。

 コックピットの内側に飛び散った、塗料ではない赤。そして、操縦桿を握ったままの形で絶命する、肉塊。胸から上は、原型をとどめていない。

「――――やろぉっ、キャノピィだけ…パイロットだけ撃ち抜きやがったっ!」

 彼は心底頭にきていた。

 この辺り一帯の中でも、もっとも優秀なものだけが集まったこのチームが、ここまでコケにされている。それぞれ、【空の悪魔】の異名を少なからずと名づけられた事のある仲間たちが、エースたちが、コケにされている。

 このままで、いいはずが無い。

『気をつけろ、一機増えてるっ!』

 落ち着いた声が、珍しく焦った声を出した。

 確かに、深緑の中型機が一機増えている。ただ、その中型機、どこか様子がおかしい。

 腹部が、普通より一回り大きい。

 疑問に思ってすぐ、その中型機の腹の大きいわけがわかった。

 その腹部から、何かが剥がれ落ちる。

 明瞭な発音の声が、それを見て叫んだ。

『ミサイルだと! 規定違反だっ!』

 剥がれ落ちた何か――いや、熱・電磁探知ミサイルは、無情にもまっすぐにオレンジの機体めがけて飛んでゆく。

『くっ、だめだ、追いつかれるっ』

『アポロン、チャフは!? チャフとフレアを落として、エンジンを切れば弾道がそれる――』

『そんなもん、つんでるわけねーだろっ! もともとこの案件は相互戦争規定を結んでるんだからよぉ!』

 もとより、この限定戦争のルールなら、ミサイルなんぞ使ってくるはずも無いのだ。

 おかしな話、戦争を始める前に決められた規定に則って、国が雇った雇われ傭兵達が戦っているだけなのだから。

 この空戦にいる誰しもが、この戦争にかかわっているのにこの戦争に関係がないのだ。

『ダイアナ――――――っ』

 エンジン音に交じって爆発音が聞こえたかと思えば、ビリビリと重い振動をキャノピィを騒がしく叩いて、彼の機体が揺れた。

『アポロンバードっ!』

 叫ぶ間に、再び熱・電磁探知ミサイルが投下される。そして、今度狙われたのは、他でもない。彼だ。

「くそっ!」

 何とか避けようと、彼は技術巧みにローリングする。

 小型機、それも最新型の小型機に乗る彼ならば、もしかして、避けることが可能かもしれない。

 ――――が。

「何!?」

 不意に、がくんと機体が揺れた。そして大きく右に傾く。彼は何事かと右翼を垣間見た。そしてそこにあった驚くべき光景に彼は思わず息を呑む。

 右翼のフラップが一部破損しているではないか!

 今更になって、カスタムが間に合わなかったことが悔やまれた。彼は腕こそいいものの、右の方向に力を入れすぎる癖があるのがいけない。

だから操縦桿の比重が左右対称だとやりづらいのだ。一方に力が入りすぎれば、その分パーツへの負担は大きい。

 きっと、そのときだったのかも知れない。彼が覚悟を決めたのは。

 彼は、手遅れの状況で、一人つぶやいた。

「FP(落ちる確率)は――100%だな」


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