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FallProbability ~落ちる確率~  作者: 戸塚たかね
FallProbabilityⅠ~落ちる確率~
2/14

     ◆  ◆  ◆



 彼は空に居る。

 空に居る、とは言いもすれど、実際何の助けもなく空に浮いているはずはなく、彼は飛んでいた。

 もちろん自分自身で、ではなく、戦闘機で、だ。自ら空を飛ぶことなど人間には出来ない。そんなことは当たり前か。

 とにかく彼は空を飛んでいたのだ。

 夜明けのダークブルーの機体に、ホワイトで荒々しく『SHOCK』とマーキングされた小型機のごく狭いコックピットの中に彼は居る。

 キャノピィごしに外に目を向ければ、彼の仲間たちが渡り鳥の群れのように列を成して飛んでいる。

 ほとんどが同じ種類の機体のはずなのに、マーキングは多種多様で、中には全身をオレンジで塗りたくった夕焼け色のド派手な戦闘機や海のように真っ青な機体、果てはレインボーカラーまで。

 まるでサーカスの集団か、仮装行列のごとく鮮やかな色たちが、オゾンの青と雲の白のキャンバスに良く映える。

 我ながら詩人だな、と心中で自我自賛しながら彼はレーダーを横目に気にした。今は仲間の光以外は存在しない。他に光が映ればその全てが敵なのだ。

 数えて仲間の数は十六機あまり。その内の半数は『ベテラン』とか『プロ』とか『エース』と呼ばれている強者ばかり。もちろん、彼もその一人だ。残りは初戦かそれに近い戦績のない新人。

 この内の何機が落ちるだろう、と彼が考えをめぐらせているとき、激しいノイズとともに仲間から通信が入る。

『こちらアポロンバード。クリスタル、クリスタル。応答せよ』

「聞こえている」

 いつもそうするように彼が簡潔に答えると、明瞭な発音の声は砕けた口調で彼に話しかけてきた。

『今回のミッション。やけに動員数が多いと思わないか?』

「偵察部隊の報告では、相手も大分準備をしているそうじゃないか。それに対抗してるんじゃないか?」

『まぁ、そりゃそうだけどよ。それにしたって、こんな大規模な戦闘は初めてだ。普段は五、六機。多くたって八機がせいぜいだったぜ』

「確かに、な」

 含むように言って、彼は少し笑む。

 彼が何気なく外を見れば、両翼に星のイラストをマーキングしたライトグリーンの小型機と、鮮やかな空色の中型機とが、隊列から外れてアクロバットを始めていた。

 そしてそれを咎める女性の声。

『ファンキーベイビー、リアルラック! 隊列を崩さないで頂戴』

『ヒャッホウ! こっちらファンキーベイビー。あんまり怒ってるとシワが増えちまうぜ、レディワイルド。ドーゾ!』

『余計なお世話よ! ――リアルラック、先頭はアポロンバードでしょっ』

『かてぇ事言うなよレディワイルド。俺は飛びたいように飛ぶ。それモットー』

『リアルラック!』

 叫ぶと同時に、彼の少し前を行っていたワインレッドの小型機が、怒りに震えるよう左右に揺れた。

 ぐるぐると自由にロールする2機を、彼がなんとなく眺めていると、彼の機体の腹をくぐるようにして真っ白な中型機が前に出てきた。そして今度はその機体からの通信。

『こちらカサブランカ。クリスタル、応答せよ』

「クリスタルだ。…いいのか? 隊列を崩すとレディワイルドが目くじらを立てるぞ」

 とぼけるように彼が言えば、通信機の向こうからは、少し疲れたような、気だるい失笑が返ってきた。

『今更の問題だな。ミッションにファンキーベイビーかリアルラック、あるいはその両方がいると、隊列なんてものは意味を成さなくなる。移動中の隊列なんてあってもなくても同じさ。あいつらが指示通り飛んでるのを見たことあるか?』

「それは言えてるかもしれないな。俺もここで飛んで一年半になるが、あの二人が作戦通りに飛んだところなんて見たことがない」

『だろう? 重要なのは、隊列や作戦なんかではなく、いかに多くの敵を撃ち落すか、いかに生き残るかだ。FPは常にゼロかイチかさ』

「違いない」

 一本とられたな、と彼がおどけると冷静な声は、当たり前のことさ、とクールに言ってのける。

『こちらスターキッド。クリスタルさん、応答を願います』

今度はごく丁寧な通信に、彼は左下方向に目をやった。そこには、ブルーグレーの小型機の姿。胴体のコックピットの両脇には、黒でスレンダー犬のシルエットが描かれている。

「どうした、スターキッド。何か問題でも発生したのか?」

『いえ、そうじゃないんですが。…そのー恥ずかしながら、クリスタルさんやカサブランカさんの会話に良く出てくる【FP】って何かなぁ、と思って』

『コードネームに【さん】をつけるな、気色悪い』

「勘弁してやれよ、カサブランカ。【FP】ってのは【Fall Probability】のイニシャルさ」

『フォールプロバビリティ…落ちる確率ですか。物騒な話ですね』

『何、落ちなければいいことだろう。ところでクリスタル。新型の【Arrow】の調子はどうだ?』

 しみったれた話はしたくない、と冷静な声はうまく話をすり替えてしまう。

 彼は、自分の機体――新型の小型戦闘機【Arrow3.2】をローリングさせて通信に答えた。

「エンジンも力があるし、機体も軽くていい感じだ。が、欲を言えばもう少しカスタムしたかったかな。俺はどうも右に傾く癖があるらしい。重量が左右対称だと逆にやりづらくていけない」

『仕方ないさ。おととい着いたんだろう? その機体。カスタムなんてしてる暇なかったじゃないか。微々たる問題だ、我慢しろ』

『それもそうですね。新型を優先配備してもらったんですから文句は言いっこなしです』

 軽く冗談を言って笑い合い、丁寧な声が、そう言えば、とまた話題をふる。

『中型の新型はリーダーが乗ってるんですよね?』

『いや、【Spear3.1】はアポロンバードが乗ってる』

「そうなのか? てっきりリーダー乗ってるもんだとばかり思ってた」

 意外な事実に少し驚いて彼が言う。その彼の言葉に、冷静な声は通信機の向こうで微かに、だが確かに舌打ちをした。

『あいつ、新型乗れるっていうのにその話蹴りやがったんだ。俺の乗ってる2.8より旧型の1.9乗ってるくせに。愛着が、とか甘いこと言ってるんだぜ。信じられん。あんな古臭くてどんくさいオンボロ機体に乗っているくせに、ナンバーワンだからなぁ』

 うらやましいぜ、とため息をつく冷静な声。

『ま、そんな話はどうでもいいか。せいぜい落ちないように頑張れよ。ルーキー』

『はいっ、頑張りますっ』

 その健気な意気込みに少し励まされた気分になって、彼は改めて辺りを見渡した。

 自分たちをすっぽりと包む青い空。優しく見守る白い雲。ほど近い眼下には碧い海。それを彩る様々な戦闘機たち。今日もティレニアの海は快晴だ。

 彼はふと自分の機体の上空を飛ぶ中型機に目をやった。

 夜より深い真っ黒な機体の腹には、ホワイトでポップなお化けの落書きがある。

マーキングには吹き出しがついていて、殴り書きで『You shall die.』と書かれている。古典的な英語は、今はもう殆ど使われていないのに、あの機体のパイロットはつくづく変わっている。

若し訳すとするなら『貴方には死んでいただきましょう』だろうか。気取った言い回しが逆に薄気味悪い。

とにかくそれにしえてもだ。中型機でバランスが取りやすいとはいえ、一寸の乱れもなく飛ぶその様子は、静止しているようにすら見える。腕が確かな証拠だ。

半ばのんきに彼が思っていると、静かになった通信機から、再びノイズの走る通信。

『こちらハロウィン、こちらハロウィン。全機体、応答せよ』

落ち着いたハスキーヴォイスに、それぞれの機体のパイロットが、それぞれ返答するのを、彼はただ聞いていた。

『クリスタル? クリスタル、どこに居る』

 彼が返答するのを忘れていると、少し動揺した声とともに、あの黒い機体が周りを見渡すためか、ぐるりと数回転。スパイラルする。

 それを見て、他の仲間は口々に、「中型機でスパイラルロールなんて」と驚きの声を上げている。

「悪い。返事をするのを忘れていた。あんたの下に居る」

 言って、彼は機体を振る。

『脅かさないでくれよな。途中で落っことしてきたかと思って焦ったじゃないか』

「すまない。リーダー」

『別にいいんだけどな。とにかく――』

 落ち着いた声が言いかけたところで、通信にものすごいノイズが入り、会話は途切れる。

 どうしたかと彼は上空を飛ぶ機体を見上げると、黒い大きなシルエットが不自然にかしいで大きく列から外れた。

『ハロウィン? どうした応答しろ、ハロウィン!』

 慌てた他の仲間が声を上げる。

 しばらくはノイズしか聞こえなかった通信機から、咳払いとため息が聞こえた。

『…あぁ、びっくりしたぁ』

「どうした、ハロウィン。」

『いや、鳥とぶつかりそうになった。ビビった…』

『ちゃんと前を見ないからだ、ハロウィン』

 冷静な声に言われ、落ち着いたハスキーヴォイスはむっとした様子でぶつぶつと文句をたれる。

『仕方ないだろ、カサブランカ。何キロで飛んでると思ってるんだこの機体。前見てたって鳥なんて判らんって。だから低空航行作戦は嫌なんだ。空で渡り鳥と交通事故とか面白くもなんともない』

 などと言い訳した後、オホン、といかにもわざとらしく咳をし、改めて落ち着いた声は話し始めた。

『皆。わかっているとは思うが、今日ほどの大きな戦闘は今までにほとんど例がない。それに、小型、中型ともに新型が一機ずつ導入されている。密偵が命がけで手に入れた情報では――相手さんも、新型を導入しているらしい』

 重苦しい言い方に、一瞬、ほんの一瞬、仲間たちは通信機の向こうでざわついた。

 それをかき消すつもりだったのか、二つの陽気な声が、おちょくるように通信を入れる。

『HEY! こっちらファンキーバード。向こうの新型なんてオモチャみたいなもんだろう? 毎回新型って言って導入されてきて撃ち落とす前に勝手に空中分解してるじゃねぇか。つまりオレたちにかなうやつなんて居ないってこと。ドーゾ』

『そうゆーこと、そうゆーこと。もしマジにウェポンなんてあったとしても、乗ってる奴は脳みそカラッポ。オーケィ?』

『あんたたちって本当に軽いわよね。なんだか心配になっちゃうわ』

『あいつらのことは放っておけ、レディワイルド。馬鹿につける薬はない。時間の無駄だ』

『わぁ、きっつい事言いますねぇ』

 まばらに明るい笑い声が上がったかと思えば、今度は逆に静まり返ってしまい、嫌な沈黙が彼らの間に流れた。

 しばらくの間聞こえてくるのは、耳障りに風が機体をなでる音と、通信機のノイズだけになる。

『――俺さぁ』

 不意に、明瞭な発音が沈黙を切った。

『来月、嫁さん――ダイアナに、子供が生まれるんだよねぇ』

『良かったじゃないか、アポロンバード。おめでとう』

『サンキュー、ハロウィン。それでな、俺…今回のを最後に、チームを抜けようかと思ってる』

 再びの、沈黙。

『うちの嫁さんがさ、危なっかしくてしょーがないって家に帰るたびに泣くんだよ。基地から手紙が届くたびに心臓が止まりそうになるってさ』

 だから、これを最後に。と明瞭な発音の声は告げた。それに続いて、今度は女性の声が、

『あたしもね、これを最後にしようと思ってるの』

 と言う。

『あたし、来月結婚するのよ。彼がそろそろ式を挙げないかって言ってくれて。だから――』

 女性の声は、一度言葉を切って、力強く言った。

『絶対生きて帰る』

『俺も』

『こんなところで死ぬなんてナンセンスだぜ』

『そーゆーこと、そーゆーこと』

『右に同じ意見だな』

「・・・当たり前なことを」

 自信に満ち溢れた声と声。この自信は信頼にもつながっているのを彼は知っていた。

 自信と、信頼と、実力とが、“落ちる確率”を限りなくゼロに近づける。

『そうだな。じゃ、帰ったらアポロンバードとレディワイルドを祝して、祝杯を挙げよう!』

 言わずとわかるその台詞の後に続くのはもちろん、「みんなで」だ。

 それを言い終わる前に、レーダーに異常が起きる。光は、おおよそで仲間と同数。

『そーら敵さんのお出ましだっ』

 明瞭な発音の声が言うと同時に、全身オレンジの中型機が大きく翼を傾けて、より下空へと進行方向を変えた。

 それに倣って、鮮やかな鳥は獲物に襲いかかるように次々と急降下を始める。




 それが、戦闘開始コンバットオープンの合図だった。

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