FPⅡ 六
「それでよぉ、相手国さまお抱えの戦争屋にはとんでもないような腕のスーパースターが居るわけよ。その名も【デスエレクトロ】! 頭悪そうなコードネームだよなぁ~」
食がどうしても進まない。理由は、彼らにある。
「あー、【デス様】ね! あいつは確かに頭悪そうだよなー。この前の戦闘のときのマーキングみた? 【Taste my hips.(俺のケツにキスしな)】だぜ。笑えるよ、まったく」
「その前は確か【 please kiss me!(どうか私にキスして下さい!)】でしたっけ? なんか彼女居ない暦30年って感じの臭さですよね~」
「確実に女にはモテんな」
「右に同じ意見」
聞いても居ない敵戦闘機の話で勝手に盛り上がるパイロットたち。しかも、完璧に左右前方全てを囲まれた。
「だいたいあの戦闘機テクニックは許せるんですけど、マーキングは許せないですね。趣味が悪すぎます」
「いや、ハッピー、お前の【 .】よりはマシだろう。パイロットが本は無いよな」
「貴方のドピンクには言われたくありません」
「まぁまぁ」
(食事中にしゃべくるな。汚らしい)
クリスタルは顔をしかめながらシチューを一口、口に運んだ。ほのかに甘いクリームが、口当たりまろやかで、美味しい。
「どーだ、うまいだろう。食堂でうまい飯がでる基地なんてそうそうないぜ?」
知った風なハロウィンが、クリスタルの顔をわざわざ覗き込んできた。確かに今まで居た基地の飯は最高に美味しくなかった。だが、胃に入ってしまえば何でも同じだと考えているクリスタルにとって、その不味い飯を食べることは然程苦ではなかったのだ。
「……いえ」
どう答えていいか困ったが、とりあえず声だけは発していた。後は、黙々とただ熱量を胃の中に収容する。
「詰まらん奴だなぁ」
ハロウィンは、そんな様子のクリスタルにぶぅたれながら、自分の飯を喰らうのに専念した。
一瞬、辺りは気まずい静けさに包まれてしまった。
「…そういえば、全員集まっていてちょうどいいから話そう」
その沈黙が嫌だったのか、ハギモトは俯き調子に語りだす。
「明日の戦闘が決まったぞ。相手さんも準備万端。こちらもイナガミ君を向かえて早々に戦闘したいという意見が一致した。初戦機が登場するって広報部がほのめかしたものだから、戦闘せざるを得なくなってしまってね」
そう言ってハギモトが広げて見せた新聞を見て、クリスタルは思わずスプーンを取り落とす。
トピック!
【キラーマシン】クリスタル、
ついにカステルヴェトラノへ参戦!!
【デスエレクトロ】の新人食いの餌食か!?
「おっおい、クルス! シチューこぼれてるぞお前!」
でかでかと載ったその文字に、驚愕したのはクリスタルだけではなかったようだ。今朝の新聞をたまたま読まなかったのか、知らない様子だったクルスが、あんぐりと開いてふさがらない口から、認知症老人のようにシチューをこぼしていた。
「何故マスコミが俺のコードネームを知ってるんですか!? 情報の管理は一体……」
取り乱したクリスタルは、言葉が見つからなくて黙り込んでしまう。しかし、小刻みに揺れる膝は、彼が動揺していることを如実に表していた。
「言ったろう。ここは我が社の宣伝塔だ。君たちは、さしずめCMに出演する俳優か広告に写し出されたモデルだ。せいぜい、派手に立ち回ってくれたまえよ」
ウインクするハギモトに、クリスタルは顔を覆った。
どうやら来るところを間違えてしまったらしい。それも高い確率で。クリスタルは、その場から消えてなくなってしまいたい衝動に、駆られた。
夜が更けた頃。クリスタルはなんとなく、降って湧いた気持ちに任せて格納庫に居た。
クリスタルは自分の戦闘機のすぐそばに置かれた道具箱に腰を下ろし、闇夜のぼうっと浮かぶ【クリスタル】を見た。
このArrow2.1小型機は、二年ほどクリスタルの相棒をやっている。乱暴な乗り方をしている割には、保っている方だ。これもそれも、皆クルスのお陰。
初めて、戦闘機に乗りたくないと少し思った。戦闘機に乗りたくないわけではない。あいつらと飛びたくないだけだ。
自分がわからなくなってしまった。そうクリスタルは思い、一人頭を抱えた。
冷たい夜の空気が、喉元を通るたびにひゅうひゅうという。
このまま、身体を構成する成分全てが、風になってしまえれば楽なのに。
「イナガミ」
何の前触れも無く呼ばれて顔を上げると、目の前にはクルスが立っていた。
「落ち込んでるのか?」
「何を根拠にそう思う」
間を開けず返すと、クルスは頭を掻きながらクリスタルの隣に腰を下ろした。
「お前がこんな時分に格納庫に来るときは、大抵そうだ」
「……そうかもな」
クリスタルは大して否定もせずに、再び面を伏せた。
心底むかついているのだ。この処遇に。
空はクリスタルにとって、母親であり、父親であり、兄弟であり、恋人であり、そして死神だ。
空がない生活は考えられない。それだから、空を愚弄されるのは耐えられない。
腹の底から煮えくり返っていた。
「なぁ、あんまり怒るなよ。確かに、ここの基地は特殊だけどさ」
「お前には判らない」
判ってほしくなんてなかった。クルスには感謝しているが、所詮地上の人間だ。空なんて一度も飛んだことの無い、不自由な人間の一人にしか過ぎない。空の素晴らしさを、少しも判っちゃいない。そんな奴に知ったかぶりなんてしてほしくなかった。
「お前には判らないよ、ヨシタカ」
クルスに言っているのか、それとも、自分に言っているのか。
判らずじまいにクリスタルは立ち上がった。もちろん、クルスの顔なんて、怖くて見ることが出来なかった。
クルスをその場に置き去りにし、少し歩いてクリスタルは戦闘機を挟んでクルスの反対側に立つ。
「美しい君。明日はどうしよう。なぁ、明日は空を飛びたいかい…」
完全にいかれていると自分で自覚している。艶めかしい曲線を持つ胴体を撫でながら、クリスタルは戦闘機に話しかける。この、思い出の詰まった戦闘機に。
「ねぇ、返事をして…、クリスマス……」
懐かしいコードネームを口にした。かつて友人で、そして【クリスタル】を自分に与えてくれたあの子。最後はあっけなく墜ちてしまった、あの子。
クリスタルの戦闘機のキャノピィの端には、小さく、【愛しいクリスマスへ】と書かれていた。これが、クリスタルの本当。
嫌になってしまった。何もかも。
「…そういえばそろそろ一年か。俺もそろそろ君に会いにいこうかな」
クリスタルが呟いた時。
「故郷に彼女でも残してきたのか? 金の為とはいえ、罪作りな奴だな」
警戒心を全開にして、クリスタルは後ろを振り返った。
隣の戦闘機…ハロウィンの戦闘機の下から、声が聞こえてくる。
「で、可愛いのかよ?」
ハロウィンが、戦闘機の下からオイル塗れで出てきた。調整でもしていたのだろうか。だが、それはメカニックの仕事だ。
そう思っているとハロウィンはおもむろにクリスタルとは反対側へ話しかけた。
「サンキュー、チャールズ。無理言って悪かったな」
「ノープログレム」
ハロウィンの戦闘機の向こう側には、黒人の男が一人。どうやら彼がチャールズと言うらしい。チャールズは、何食わぬ顔でさっさと道具を片付けると、クリスタルの横を通り、帰って行った。帰り様、
「…明日は早いんだろう、とっとと寝ることをお勧めする」
と余計なアドバイス。
「なぁ、俺の質問には答えてくれないわけかな?」
いつの間にか、クリスタルの顔のすぐ前に、ハロウィンの顔が近づいていた。息苦しさに顔をそらして、クリスタルは答えた。
「…顔なんて、もう忘れた」
「おい、そいつは可哀相だろうが。彼女の顔を忘れるなんて」
「彼女なんかじゃない」
「彼女じゃない? じゃぁ姉貴かなんかか? そういえば出身は何処だよ。ジャポネだって言うのは聞いたけど」
「アンタに関係ない!」
初めて、クリスタルが叫んだ。
自分でも驚くほどに、息が上がっている。心臓が不自然に早い鼓動を打っていた。だけど、妙に思考は冴えている。
「……悪い」
ハロウィンは、小さく呟くと、自分が使っていた道具を無言で片付け始めた。
「アンタは…っ」
クリスタルは、それが気に食わなかった。こんなに他人にわざわざ何かを言いたいのは、生まれて初めてだったろう。
「アンタは空を愚弄している」
「……」
ハロウィンは答えずに、クリスタルの言葉を待っていた。
「アンタは俺の場所を否定している。空を行く者は誰しも空を尊敬しているんだと勘違いしていた。だけどアンタたちは違う。こんなところ、こなければよかった。前の基地も空を知らない嫌な奴ばかりだったけど、まだあそこのほうがマシだ!」
「……違うぞ」
怒り狂うクリスタルを宥めるように、ハロウィンは勤めて優しい声音を作っていた。そんな二人を、クルスが割り込めずに、遠巻きで見ている。
「それはお前の大きな勘違いだ。クリスタル」
「何を!」
クリスタルが我慢できなくなってとうとうハロウィンに掴みかかった。
「俺たちはっ」
ハロウィンはわざと大きな声を出して、それを留めた。
「俺たちは犬だ」
男が小さなつぶやきをこぼす。クリスタルの右腕は殴りかかる格好のまま静止している。
「生きるためにはどうしても金の要る社会だ。それに俺たちは一つのことしか出来ない馬鹿だから、この仕事にしか就けなかった。もっとも俺の場合、理由は他にも有るが」
「……。」
「飼い主に飼われている犬なんだよ、俺たちは。地を這いずり回ってご主人のために獲物を狩る。牙も爪も殺すためのものが一つでも欠ければ、抹殺されて買い換えられる。犬は何処にでも居るからな。空を尊敬だなんてとんでもない。犬に何かを尊敬する心なんてないんだよ」
言い返せなかった。クリスタルも、思い当たる節があったからだ。
「…もう寝ろ。明日は早い。飛行中に寝られたらこっちが迷惑だ」
ハロウィンはその台詞を最後その場を去って言った。
「イナガミ……」
クルスが、もう帰ろうと、優しくクリスタルの背中を押した。
クリスタルは、自分が酷く子供だという事実を、その時痛感した。




