第5話 『光の元素』
静けさに包まれた学舎の教室の中では普段の賑やかな声はなりを潜めて子供達が机に向かい何かに集中している様子が見てとれる。
「そう…そのまま集中を続けて周囲のマナを意識するんだ。」
クリードは子供達に視線を向けたまま彼らが水を両手ですくうように差し出している掌を見守り、集中の邪魔にならない程度の声量で声を掛ける。
彼らの掌には星の輝きに似た小さな光の粒がいくつも集まってそれら全ての光の粒が一つのテニスボールの球体と同じ程度の大きさを保ったまま光を放ち続けていた。
「こうして見ると本当に綺麗ですね、クリード先生?普段魔法を使うときはマナのことを意識したりしないから。」
「ああ、魔法として行使しない限りマナは人間の目には視認できないからね。でも、いつだってこんなに美しいものが世界に溢れていると思うととても素敵な世界なんだと実感するよ。」
「せんせぇ~もう疲れてきたぁ。」
「よし、皆お疲れ様。集中を解いて良いよ。」
その言葉を境に子供達の掌に具現していたマナと呼ばれる光の塊はホタルが光を失う様のように徐々に消えていく。
マナの具現化に集中して気を使っていた5人の子供達は気疲れからかみんな机に突っ伏して元気が無くなってしまったようだ。
「あれだけ高密度のマナを具現化したんだ、マナを使役する為の霊脳が疲弊したんだろうね。エレノア、皆を回復してあげてくれ。」
エレノアは頷くと子供達の元へ歩を進め、まずミゲルの横に立ち元気なく机に伏せる彼の頭に優しく手を触れて回復の為の魔法を唱えはじめる。
「ミゲルくん、そのまま動かないでね? 癒しの恵みよ…治癒功!!」
エレノアが詠唱を唱え終えるとオーロラのような緑の光が彼女の手に発現し、ミゲルに添えられた手から彼にその光が伝わっていく。
元気なく突っ伏していたミゲルだったが、その光を浴びると少しずつ疲れの消えた子供ながら勇ましい表情を取り戻していく。
「ミゲルくん大丈夫?痛いとことかない?」
「うん!!ありがとな、エレノア姉ちゃん!!」
「良かった、他の皆もすぐに回復するからね。」
ミゲルの体調の有無を確認するとそのまま続けて次の子に治癒功をかけてゆくエレノアの表情は子供達への慈愛そのものであった。
その光景をこれまた慈愛の眼差しで見つめるクリードの横で壁に寄っ掛かってマナ具現化の授業をだんまり見ていたイワンが質問を投げ掛けてくる。
「オイ!リーダーよぉ、今だによくわかんねぇんだけどよ?《マナ》だの霊脳だのってぶっちゃけ良くわかんねぇんだよ!!」
「わかってるさイワン……。でも、だからこそのこの授業なんだ、この子達に魔法がどうゆう流れで発動するのかを学んで貰うにはマナの具現化と発動後のこの疲労感を体感するのが一番効率がいいのさ。」
「せんせぇ~わたしも知りたーい!!マナってな~に~?」
「クソガキどもはどうでもいいからよ!!早く教えてくれや!!」
悪態をつくイワンではあるが質問事態には的を得たことを聞いてきたことで教室の後ろで座るスティングや最後の1人に回復魔法をかけていたエレノアが驚きを隠せないようにイワンに目を向けていた。
一通り回復を終えたエレノアが教卓に戻ることを確認したクリードは子供達の疲労の抜けた顔を見渡して授業の続きを話せる状況かどうかを見定める。
「クリードせんせー、みんなもう大丈夫みたいだぜ?さっきのマナってやつ教えてくれよ。」
ガキ大将ミゲルがみんなの様子を見て大丈夫そうだとということをクリードに伝え、授業の進行を促してくる。
そして、クリードもそれに答えるように口を開く。
「では、みんなの今の経験を踏まえて魔法の基礎となる《マナ》と人間の脳で機能している霊脳について教えていくよ?」
「「は~い!!!!」」
「いきなりで悪いんだが君達は《マナ》についてどれ程知っているのかな?」
「マナなんてその辺にある魔法使う為のエネルギーみてぇなもんだろ!!それ以外なんざ何の価値も無ぇ元素だしよ、だいたいマナってそんな大事なもんか?」
魔法を行使する以外に価値などない、それが真実だと考えて声を大にして言うイワンの言葉に子供達やエレノアも彼に納得するのは気が進まないようではあるが、この世界に生きる者にとってそれは単純だが紛れもない常識と真実でありそれ以上でもそれ以下でもないので首を縦に頷いてしまう。
だがクリードはその肯定を待っていたかのように途端に真剣な顔つきを見せて《マナ》について口を開きはじめる。
「私のような魔法使いや学者以外はあまり気にしたことがないかもしれないね。命、そして…この世界にとって《マナ》は水よりも大切なものなんだよ。それがなければ今あるこの大地も生命も全てが死ぬんだ、魔法だけではなく、全てを構成する物質が《マナ》なんだ。《マナ》が無ければ作物も育たないし、魔法も使えなくなっていく。」
「《マナ》やべぇじゃねぇか!!」
「いつもは大袈裟な話しだと思って聞いていたけれどこんな風にクリード先生が授業として話すと本当のことかもしれないと、私でも最近信じるようになってきました。」
「この世に溢れる魔法を行使する為の便利なエネルギーという見方は、本当は間違った見方だ。君達や君達の生きるこの世界に存在する全てを構成している光の元素、それが《マナ》なんだ。」
《マナ》=魔法という考えはこの世界の人々には最早常識になってしまっている。
だがそれは、この星の中で長い時を存続してきた人類が都合よく塗り替えた偽物の真実である事、そして《マナ》の本当の真実が
この星、自然、生命全ての源である事を子供達に正しく理解して貰おうとクリードは伝えた。
「《マナ》がみんなにとって大切な元素だということがわかってもらえたかな?」
「うん!《マナ》は大切なゲンソで使う俺達が守っていかなくちゃいけないって先生は言いたいんだろぉ?」
「わたしも《マナ》のこと大切にする~。あんなにキレイだもん。」
「な、なんて素敵な子達なんだ!!先生、感動で泣いちゃうまである。」
どうやらクリードの説明で《マナ》の世界にとっての重要性を僕達が守っていかないといけないものだとしっかり受け止めてくれたくれたと実感したクリードは、子供達の純粋な気持ちと言葉に感動しまくってしまった。
「ケッ!!守ったところで金にならねぇんならくだらねぇ元素にしか聞こえねぇな俺にはよ!!」
「イワンさん!!本当にあなたはこの子達に悪影響です。自重して下さい。」
「確かにお金にはならないがイワン、君もまたこの世界に生きる者の一つとしてはからずも《マナ》の恩恵を受けているという事は知る事は出来た、それだけで価値が生まれてくるというものさ。」
金にならない、イワンが何故そこまでそれに執着しているのかは分からないがどうやら《マナ》の存在意義については納得したといった感じだ。
「クリード、《マナ》についてはみんな理解できたみたいだし、そろそろ霊脳について教えてあげたらいいんじゃないか?」
室内の後方から椅子に脚を組みながらそう投げ掛けてくるスティングは次のステップへ進ませる為にクリードに助言する。
スティングはイワンとまともに会話を続けても無駄だと思い話しを斬る事にためらい等見せずに次へと促すフォローをしてくれたのだ、
「そうだね。《マナ》についてはおおよそ理解してくれたと思うんだけどどうだろうかみんな?」
「大丈夫だぜぇクリードせんせぇ!!」
「そうか、なら次は霊脳だね。みんな私の掌に目を向けて見てくれるかい?」
クリードはそう言うと先程子供達がやって見せたように自分の掌に《マナ》を収束させて具現化させる。
両手で作り出していた子供らとは違い、それを片手でこなしてしまっているあたり、やはりそこには大きな技量の差があるのだと子供達も肌で実感してしまうが、それが彼を支持する大きな要因にもなっているのだろう。
「みんなはさっき、私が今見せているようにこの《マナ》の塊を発現させたよね。そして集中を解いた時にまるで友達と全力で遊んだ後のような疲れに襲われなかったかい?」
「うーん、なんか頭が重くなったって感じだったよぉ~?」
「まだまだ君達は成長期途中で霊脳が不安定だからね、マナが干渉するとその容量に耐えきれなくなって霊脳が疲弊してしまうんだ、頭が重くなったり痛くなったりするのはね、霊脳が人間の脳の器官の一部だからなんだ。」
「私がみんなに直接回復してあげた場所も霊脳なのよ。すぐに元気になったでしょう。」
「エレノア姉ちゃんやクリード先生はなんで大丈夫なんだ?」
「大人になると自分で受けるマナをコントロール出来るようになるからよ。そのうちみんなにも分かるようになるわ。」
この世に生まれ落ちた生命の脳内にある霊脳と呼ばれる器官、例外なく誰もが持つ器官であり人の成長と同じくこれもまた成長する。
この子供達のようにまだ成長途中の霊脳の場合は流れてくるマナが霊脳そのものの許容量を越えてくると身体に著しい疲労を与えることもある。
クリードやエレノアらのように成熟してくると自分達の感覚でそれをコントロールできるようになってくるので、無理矢理魔法を使い続けない限りは身体に影響は出ては来ない。
「霊脳とはつまり、魔法を使うに必要な《マナ》の受け皿のようなもので、元々人間が持つ魔力をそこで魔法に変換と生成をしてくれる器官なのさ。ただ、これはどうしても個人差が出て来てしまうことが多くてね、みんながみんな大きな魔法を平等に使えるというわけじゃないんだ。成熟しても霊脳が小さく、魔法を多様出来ない人々もいる。その事を知っておいてほしい。」
人の成長の仕方なんて千差万別、霊脳もまたそこに含まれてしまう。
魔法を使う人々からしたらその成長度合いによって将来や才能も決まってしまう事もあるくらいなのだから……。
それは【シャイア】に暮らす人々も同様だ、この学舎に集うクリードとスティング、エレノアの面々以外の人々は1日数回の、それも小規模の魔法しか使えない。
これほどマナに満ちた恩恵の里にいても霊脳の良し悪しによって左右されてしまうのだ、でも悪いことばかりでもないのも事実、エレノアがクリードに付け加えるように言う。
「霊脳が小さくて魔法に限りがあっても、みんなで助けあって生きていけば良いんだよ?みんな。」
「あ!!それいつもクリードせんせぇが言ってるやつだよなぁ!!」
「そうね。ならみんな!先生が言ってること今日は全員で言い返しちゃおうか!」
真面目だった雰囲気から一転してエレノアの悪戯な言葉に困惑するクリードだが、ミゲルをはじめとする子供達が言う気満々の顔でニコニコしているので、諦めてそれを受け止めるように微笑む。
息を合わせ、声を合わせて大きな声が響き渡る。
「「誰かを救う為に、魔法はある!!!!」」
言わずもがな、伝わっていたのだとその身に染みる。
言葉を労し、知識をくまなく知ったところで所詮それを理解し扱うのはその本人であり、それ以降は見守るしか教える側には方法がない。
だが、この子達はクリードが伝えたい物事の本質をその心で理解している、それを実感するにたる目の前の光景に満足感を覚えるクリードだった。
「その心掛けを忘れてはいけないよ。誰かを慈しむ心を忘れなければ、《マナ》はそれに応え、霊脳は魔法を生み出す。その力は大きさの大小に関わらずきっと、誰かを救う為にそこにあるんだから。」
それはクリードの信念とも言える考え。
誰かを救う為に魔法はある、苦しむ者、傷つく者全てに対し魔法は平等でなくてはならない。
理想に過ぎないのかもしれないが、それでもクリードは魔法という概念がこの世界にとってそうあってほしいと願うのである。
「ふふっ、クリード先生嬉しそうですね?」
「ああ、柔軟に物事を受け止めて成長していこうとする兆しがこの子達にはある。この子達が大人になる頃にはこの世界の常識が正しく、いい方向へ変わっているかもしれないね。」
「それはかなり大袈裟だと思いますけどね。でも素敵な考えだって私は感じます。」
「さてクリード、外はそろそろ日も暮れはじめて来ているけどどうしようか?」
授業と少しの談笑を繰り返し過ごしているといつの間にか太陽は低くなりはじめ、夕暮れが近づいてきていたようでスティングは椅子から立ち上がって教壇の方へと向かう。
「暗くなると親御さんも心配するでしょうし、今日はもう学舎は閉めませんかクリード先生?」
「えー!!せんせぇ、今日は超音速走方も教えてくれる約束だろ?」
「そうだったね。じゃあ今からでも……。」
「それは危険だからダメですと言ってるじゃないですか!!それにクリード先生はこれから私と…////」
「エレノア、冗談だよ。ちゃんと覚えてるさ、だから今日はもう閉めて一緒に帰って過ごそう。それにミゲル、何も魔法を教わるのは私ではなくても大丈夫だ。君の師匠もあの魔法は使いこなしてる、だからスティングに頼むと良いよ。」
クリードから思わぬとばっちりを受けたのはスティングをおいて他ならない、ミゲルの剣の師匠の辺りから嫌な予感しかしていなかったスティングは魔法を教えるうんぬんのそれはクリードの範疇だろうという複雑な表情をしながらも横にいるエレノアのどうか今日だけはという眼差しを見て、自分が折れることを決意した。
「はぁ…わかったよ。ミゲル、そうゆうことだから今日は帰った方が良い。超音速走方なら明日僕が稽古と一緒に教えてあげるよ。」
「まじで!?ありがとうスティングせんせぇ!!じゃあみんな帰ろうぜ!!」
ミゲルにつられ他の子達も椅子から立ち、帰りの支度を整えている。
スティングは彼らの支度を見届け、エレノアとクリードに気を使うように出口へと子供らに引率する、ついでに2人の邪魔になるであろうイワンにも声をかける。
「イワン、君も仕事は終わったんだからさっさと帰りたいだろう?一緒にこの子達を送りに行こう。」
「ようやく終わったかよ、毎日ダリィぜホント!!おら!クソガキ共、さっさと帰るぞ!!」
「「は~い!!!!」」
スティングとイワンを同伴に子供達は早々とその足を【シャイア】の里の中心部へと進めていく。
そして教室に残ったのはエレノアとクリードの二人きりになった。
「もうっ!クリード先生ったらスティング先生に全部押し付けちゃって、困ってましたよ?でも……ありがとうございます////。」
「うん、ちゃんと約束したからね。」
クリードが自分との約束を優先してくれたことに頬を染めて喜ぶ彼女は自然にクリードの左手を引き夕暮れの外へと歩みはじめた、その温もりをしっかりと感じながら……。
5話までは世界観や魔法の原理の説明みたいな感じになっちゃいましたね。
次回から少しずつ話が進んでいくように頑張ってみます。