第4話 『蕾は、早く咲きたいと願う』
【シャイア】の里の中心部より少し離れた場所に一戸建ての長屋が建つ、近くには一面ラベンダーで埋め尽くされた小さな花畑も隣接し太陽の日差しも申し分なく降りそそいでいるようで、花にもその長屋にとっても実に陽当たりの良い環境に恵まれているようだ。
この長屋、実は里に住む大人達が都会からはかなりかけ離れた【シャイア】に学校と呼べる物がなく、未来ある子供達がそれではとても可哀想だとの人々の想いから、ならその為の建物を作ってしまえばいいという考えで作られた……言わば里中の人達が力を合わせて一から建てられた傑作の長屋、いや…学舎なのである。
その為、設立されたこの場所も子供達が伸び伸び過ごせるよう自然の多いこの場所に選ばれている。
そしてそんな大人達の想いはいざ知らず長屋の中庭からは今日も子供達の元気な掛け声が棲んだ青空へと響いていた。
「とぉりゃー!!」
黒髪のガキ大将は両手で力いっぱい握りしめた木刀を構え目の前の相手へ駆け出して全力で真っ直ぐに斬りかかる、狙いはいたって単純に頭部への一撃だろう。
だが、単純過ぎた振りかぶりからの一撃は意図も容易く相手の構えた得物に防がれてしまう。
「一撃としては良い。だけど、脇がガラ空きだよ?ミゲル!」
「うあ!」
学舎の生徒の1人であるガキ大将ミゲルの渾身だった一撃を受け止めたのはスティングであり彼は、ミゲルの一撃を軽くいなして隙の出来た脇腹へ、ポンッと持っている自前の納刀された刀の峰で優しい衝撃を与える。
「くっそぉ…。もっかいやろうぜスティングせんせい!!今日こそはせんせいから一本とってやるんだ!!」
「ミゲル、今日はここまでだよ。焦らなくていい、少しずつ精進していけば剣術は気付かない内に磨かれていくものなんだから。」
「でも、おれは早く1人であいつら全員守れるくらい強くなりないんだよ、せんせい。」
あいつら……とは、恐らくスティングとミゲルの稽古を体育座りで並んで見ているミゲル意外の4人のことだろう。
女の子2人は剣術には興味無さげに退屈そうにしているが、男の子2人はスティングの華麗な剣の扱いに目を光らせながらこちらを見ている、ミゲルが守りたいと言ったのはあの子達のことだろうとすぐに気付いた。
そして、まだ幼いのに誰かを守る為に剣術を鍛えたいというミゲルの気持ちにスティングは感心して言う。
「友達だもんな。でも、そうやって思えるなら君はもう剣を握るに値する強さを持ってるんだよ、だからこそ技術はゆっくり確実に身に付けていこうね?」
「うん!わかった!!」
「さぁ、そろそろクリード達も教室に居るだろうし皆で戻ろうか!」
「「は~い!!」」
本当はもっとミゲルの為に時間を取ってやりたいスティングだったのだが、他の子達にもミゲルと同様にクリードの魔法や世界の歴史を学びたい子もいるのでここで区切りをつけ教室に戻るように誘導する。
(ミゲル、君達のこれからには未来しかない……だから焦る必要なんてどこにもないんだよ、ゆっくりで良いんだ今は。)
子供達の後ろ姿を見ながら教室へと同伴するスティングはこの子達の明るい未来に心を馳せながらクリード達がすでに色々と準備しているだろう場所へ向かう。
中庭からすぐの教室前の廊下にはすでにクリードとエレノアが彼らを迎えるように待っていた。
「クリード、後は任せたよ?」
「もちろんだ!お疲れ様スティング、ゆっくり見物でもしていてくれ。」
「みんな~、お疲れ様!1人ずつタオルで汗拭いたげるから、こっちおいで~。」
スティングはバトンタッチと言うようにクリードに後を託し教室内の後ろ側に椅子を置き、そこの机の上にエレノアが用意したであろう並べられて人数分の冷えた水を1つ一気に飲み干し、一仕事終えたように座りはじめた。
エレノアはまるで皆の母のよう炎天下でかいた子供らの汗を一人一人拭いてあげた後、水のある場所へと誘導してあげる。
「みんな、お水飲んだら椅子に座ってね~、クリード先生の授業始まるからね。」
「クリードせんせぇのお勉強楽しみ~♪」
早々に水を飲み終え、自分達の机へと向かった女の子達を筆頭に男の子らも続くように座り始め、後はクリードの言葉を待つだけの状況になる。
クリードは状況を見渡し言葉を掛けても大丈夫だと判断して話し始めようとしたのだが……。
「オイ!!リーダー!!何してくれてんだよ!!」
「イワン……。」
いざ始めようとしたその矢先に現れたのはクリードの超音速走方に吹き飛ばされて消えたイワンだった。
飛ばされ、木々に衝突した影響で服装はボロボロになっており元々ボサボサの髪には木の葉や小さな小枝やらが引っ掛かっている。
そして案の定、自分に起きたことを許容できずに怒りを露にしていた。
「散々な目にあったぞこのクソリーダー!!どうしてくれんだよコノヤロウ!!」
「イ、イワン……あれは申し訳なかった。私の報酬半分のお金、後で分けるからそれで何とか許して欲しいんだけど、どうかな?」
「ケッ!!しゃあねぇな!!それなら良いけどよ!!エレノアも何とか言ってやれよ!!」
「私は、貴方の不注意意外の何者でもないと思いますけど。何かにつけてクリード先生に突っ掛かって恥ずかしくないんですか?」
「あ!?」
面倒くさい人だなぁ、と普段なら軽くあしらうエレノアだが、クリードの悪口だけは許せないと言うようにイワンに言い返すがイワンは自分が悪いなんてことは微塵も感じてないように態度を変えることはない。
そして、彼の登場でさっきまでほんわかだった教室の空気が違う意味で冷たい空気になっていっているのは子供のイワンを見る目からも明らか、なのに気付かないイワンの神経は本当にスゴいのだろう。
「ま、まぁまぁ……イワンもその辺で止めてそろそろクリードに授業を開かせてあげてよ。今朝のことは君に早く伝えられなかった僕も悪かったんだから。」
「わーったよ!!ケッ!!次から気を付けろよ、リーダー!?」
「あ、ああ…。本当にすまなかったねイワン。みんなもごめんね?気を取り直していくけど、良いかい?」
「「いいよー!!」」
イワンの空気の読めない発言にすかさずフォローに入るスティングに助けられたクリードとエレノアはイワンへの複雑な心境を抑えつつ授業を改めて開始する。
「よーし!!では、気を取り直して始めよう、私達の魔法を。」