第3話 『恩恵の里シャイア 後編 』
吹き荒れる旋風が地を駆けてイワンへ向かって
迫ってくる、新幹線が乗員を目的地へ送り届けることを急ぐように速度を落とさぬまま直進を止めることはない。
「オイ、スティング!!なんだよあの小さい台風みたいなやつ!?明らかにこっち向かって来てるだろうが!!」
「あれ超音速走方の魔法だよ、音速を越えた風の力で移動する魔法なんだけどここまで風を圧縮させて周囲までその影響を与える程のこの魔力は、クリードしかいない。」
「きゃ~~~!!スティングせんせぇ~飛ばされちゃうよ~!!」
冷静に説明するスティングをよそに目の前に迫る旋風の塊に驚愕するイワンとあまりの風圧に体ごと吹き飛ばされそうな感覚に襲われ声をあげる子供達だが、中には男の子もいる為今まで見たことのない光景に好奇心を隠せない子もいた。
「うわぁ!すっげぇ!!スティングせんせぇ、あれクリードせんせぇなんだろぉ!?クリードせんせぇカッケェ~~!!」
「あはははは!!イワンおじさん、びっくりし過ぎだぁ!!怖いのぉ!?」
黒髪でいかにもガキ大将になりそうな雰囲気の少年とこんな状況でも面白いことに気を取られてその幼い顔にニコニコと笑顔を作る茶髪の少年はどうやら臆することなく楽しんでしまっている。
「君達、大人しく僕の後ろに隠れてないと飛ばされちゃうよ?女の子達はちゃんと離れないで掴まってね?」
「「は~い!!!!」」
「うるせぇんだよクソガキども!!全員飛ばされてどっかいっちまえよ!!調子に乗りやがってクソガキが!!」
「イワンもその辺にしてそろそろ移動した方がいいよ?クリード達あれここに直進してきてるから近づいたらモロに吹き飛ばされ……。」
「あん!? ぶはぁ!!」
子供と大人気無いやり取りをするイワンに旋風がすでに目の前に迫ることを伝えようとしたスティングだったが時すでに遅しで旋風がイワンを通り過ぎると同時に彼はその風圧に吹き飛ばされる。
真正面から風圧を受けた体はホームランかと思うように遥か遠方へと小さく見えなくなっていき途中で木々に衝突したであろう音ととも消えて行ってしまった。
「イ、イワン……。なんと言ったら言いのか、御愁傷様……。」
「スティングせんせぇ~、イワンおじさん飛んでっちゃったけど大丈夫かなぁ?お怪我してないといいなぁ。」
「大丈夫だよ、あの人は頭が足らない分、体が頑丈過ぎるくらいがあるからね。ほら、それよりも皆お待ちかねの人が到着したよ。」
吹き飛ばされたイワンをよそにスティングは子供達に待ち人が今目の前に訪れたことを示唆する。
子供達が先ほどイワンが飛ばされた場所に残る今だ収まりきらない旋風を今か今かと待ち望むように目を輝かせてそこから現れるであろう人物の登場を待っている。
旋風が収縮をはじめる……。
台風がその威力を自らの力で停止させようとするように、暴風は少しずつ圧力を持ったものでは無くなっていき次第に穏やかで優しい風へと変化してゆき、旋風で覆われていた人影の姿が見え始めてくる。
赤…というよりは緋色と表現した方が正しいだろう長くも短くもない髪が収まっていく風に吹かれなびいて揺れる、医者の白衣に似たマントのような形状がその人物を一目で学者か研究者であろうと把握させてくれるような服装だ。
「まったく…、魔法を使ったとはいえ遅刻ギリギリっていうの実際のとこどうなんだい?クリード…いや、クラファイト・リード先生?」
スティングの指摘に申し訳ないとでも伝えるように苦笑いを浮かべて一歩ずつ彼らのもとへ近づいて来る人物こそ、子供らやスティング達が待ちに待った青年、クラファイト・リード。
通称、クリードという名の愛称でこの恩恵の里全体の人々に慕われているこの学舎の先生であり、この物語の主人公である。
「やぁスティング、すまない。でも間に合ったんだから大目に見て欲しい。」
「僕はまぁ構わないんだけど子供達は君と過ごすことを楽しみにしているんだからあまりあの子達が君のことを心配になるような気持ちにさせるのは無しだよ?」
「「クリードせんせぇおはよー!!!!」」
「はい!!皆今日も元気だね。スティングもいつも先にこの子達を見ててくれてありがとう。」
クリードは内心少し反省しつつスティングらに優しい眼差しを向ける。
子供達はさほど気にしていない様子でどちらかと言えば早く学舎に戻ってクリードが与えてくれる魔法の知識やこの世界の歴史を教えて欲しいというようなワクワクした瞳で彼を見つめ詰め寄っていた。
また、スティングもその和やかな雰囲気に呆れつつも口許には笑みを浮かべてそれを温かい目で見守っている。
「さぁ、今日も皆で楽しく元気よく魔法を学んで行こう!!」
「「は~い!!!!」」
そしていつものように今日もこれからこの恩恵の里【シャイア】にて彼の学舎が和やかに始まる、はずだった……。
「あ…あのさ……クリード?綺麗にまとめようとしてるところ悪いんだけど何一つまとまってないからね?あれ……見てみなよ?」
「何かな?あっ……。」
スティングが指した場所はクリードが超音速走方を解除した場所だった、そしてそこには呆然となったまま棒立ちで動かない少女がいた。
スティングにはそれが誰かすぐにわかった、あの赤毛と可愛らしいワンピースはエレノアだ……。
クリードもその状況に気づきこれから起こることを察知したかのように顔を強張らせ冷や汗を垂らしていた。
「ク、クリードせんせい、エ、エレノアお姉ちゃんはきっとせんせいの魔法がスゴかったから怖かったんですよ、い、行ってあげて下さい。」
「だ、だよね。そしてエレノアのことはすっかり忘れていたとは絶対に言えない私です……。」
3人の男の子の一人でガキ大将と天然気味な子とは違い、少し気弱そうな男の子がエレノアの様子にいたたまれなくなりクリードにさりげなくエレノアを早くフォローするように伝える。
恐る恐るエレノアへと近づくクリードはいくつか弁明を用意して彼女にどう許して貰おうか焦りを隠せないまま考えた。
「エ、エレノア……大丈夫かい?」
「……ないでしょ。」
「え?」
「大丈夫なわけないでしょう!!何度も何度も降ろしてってお願いしてるのに聞く耳持たないし!!第一ですね!!あんな馬鹿みたいな速度に私みたいな女の子が耐えられるわけないじゃないですか!!おかげで髪も痛んじゃったし!!どうしていろんな事がわかるのにそれがわからないんですか!!だいたい、先生が遅刻なんてしなければこんなことにはならないんですよ!?それがわかってるんですか!?もうっ!!」
「はい……ごめんなさい。」
考えただけ無駄だったとクリードは身に染みた……。
エレノアがこうなるともうスティングだろうが子供達だろうが止めることは出来ないことは皆知っており、しかもエレノアの言ってることは間違いなく正論で言い返せないのだが、このやり取りはもう【シャイア】ではお約束の光景である。
クリードはいつの間にかエレノアの前で正座をして頭を垂れて意気消沈しているのに彼女はガミガミとまだお説教を止める様子はなくプリプリと怒っている。
「まったく、いつも思うけどアレがこの里で随一の魔法の使い手とは思えないな光景だな、あれはクリード将来は尻に敷かれるのは間違いないね。まぁ、鈍感だからエレノアの気持ちにもまだ気づいてないんだろけど……。」
「ああ~~!!エレノアお姉ちゃんまたクリードせんせぇとラブラブしてる~~。」
スティングのクリードへの将来の心配など知らない女の子2人はエレノア達のそのやり取りすら好き者同士のそれだと認識している為、どうやら興味津々で茶化しにかかる。
子供と言ってもすでにそうゆうところは女ということなのだろうとスティングもそれを見て感心してしまう。
「ち、違うのよ皆!?別に私はクリード先生とはまだそんな関係じゃなくってね!?だ、だから誤解しないでね!!」
「へぇ、エレノア?まだ……なんだね?」
「スティング先生も一緒になって茶化さないで下さい!!」
もう彼女の誤解を子供達に解くのも今では面倒くさくなってしまったスティングも最近は女の子達に乗っかってエレノアの状況を楽しんでしまうようになっていった。
「でもクリードせんせぇのさっきの魔法、迫力あってめっちゃカッコ良かったなー!!あれどうやったの?」
女の子とは正反対でこの年頃の男子はカッコいいものに憧れや理想を見ている為、その恋沙汰よりも先刻のクリードが見せていた魔法の方が興味が大きいようだ。
「あれかい?あの魔法は超音速走方っていう風の属性を纏った飛躍的に移動を助けてくれる魔法さ!!素晴らしい魔法だろう!?君達にも今日から少しずつ教えて行こうと思っているんだ。」
「まじで!?やったぁ!!」
「ダメです!!あんな危険な魔法はまだこの子達には早すぎますよ!!仮に教えるにしてももっと小規模に抑えてください!!」
「わ…わかってますよ、あはは……。」
あの音速魔法を実際に経験したエレノアから言わせれば、あれほど生きた心地がしなかったのは初めてな為、絶対に子供達には学んで欲しくなかったようだ。
「と……とにかく時間もあまり無いし、そろそろ皆 学舎に戻ろうか。じゃあスティング、先に子供達を学舎に先導してあげてくれないかな? 私はちょっとエレノアと話してから行くよ……。」
「それはいいんだけど、まだ何かを忘れてる気がするけどどうしようか……。」
まだ何かを忘れてる。そう、それはクリードの魔法に巻き込まれた彼のことだろうが皆まるで何事もなかったように平常運転なのは気にしてはいけないことなのかもしれない。
むしろ自業自得な面もある為、どう扱えばいいのかもわからないところもあると思われる。
「あれ、何かぶつかったのってやはりイワンだったんだね…。まぁ、そこのところは後で謝罪しておくから大丈夫だよ。」
「わかった。それじゃあ皆!!クリード先生の授業の前に僕と剣術の指南から始めるから皆、学舎に戻ってもらうけど良いかい?」
「よっしゃあ~!!今日こそはスティングせんせぇから一本取ってやるぜ!!見てろよ?スティングせんせぇ!!」
女の子2人はあまり乗り気ではない表情だが、ガキ大将の少年を筆頭に男子達は逆に張り切って学舎へと駆けて行く。
少女達はそんな男の子達に、これだから男子は……、とでも言いたげにゆっくりとそれについて行くのであった。
「それじゃあクリード、後からまた頼むよ?それにちゃんとエレノアと仲直りしてさっさと結婚でもなんでもしてあげなよ?」
「え?なんで結婚!?ま、まぁそれはさておきしっかり弁明はしておくさ。さすがに悪いことしたと思うし。」
「それじゃあ、また後で。」
そう言うとスティングは剣術で使うのであろう腰に帯刀した刀を手に子供達と共に学舎へと入ってゆく。
そして、エレノアと2人になったクリードは今だ怒りが治まらなさそうに顔を膨らます彼女に勇気を持って声をかける。
「エレノア?その……本当にすまなかった。このお詫びは必ずするから、機嫌を治して私達も学舎へ入らないかい?」
「食事一回……。」
「へ……?」
「ですから、今日学舎が終わったらその後私の家で一緒に食事して下さい////。それで……許してあげます////。」
エレノアはクリードのお詫びという言葉に反応して、自分のお願いならなんでも聞いてくれるのだろうと考え、ズルいと思いながらもクリードと一緒にいられる時間が増えるという誘惑に勝てずその条件を提案する。
「わかったよ。なら、今日はお邪魔させてもらうね?エレノアの作る料理はどれも美味しいから私としてもそれをご馳走させてもらうのは嬉しいよ。」
「そ、そうですか////。じゃあそうゆうことで今日も頑張りましょうね?クリード先生!!」
「はい!!」
2人だけの密かな約束に機嫌を良くしたエレノアは先程とは打って変わったように可愛らしく微笑み、気持ちが盛り上がったのかクリードの左手に自分の手を繋ぎ学舎へと歩きはじめた。
穏やかな風が彼らを包みその背中を押していく。
そして今日もまた、この恩恵の里【シャイア】で彼らの何一つ変わることのない幸せで穏やかな1日が始まる。