プロローグ 『悠久に消えたもの』
《大樹イルスンミール》の核から無限に生成される魔力は我々の世界に暮らす人間や、その他の生命には無くてはならない命の源である。
星の誕生から数千年にわたり大樹から放出される 魔力は今では世界の隅々までに拡散、貯蓄され
自然と生命に活力を与え続けている。
いわば《大樹イルスンミール》はこの星にとって無限の活動力と生命力を維持する核融合炉のような役割を果たしているといえる。
世界に満ちた魔力は人間には視認する事は不可能だが、人々は魔力の恩恵を魔法として行使することで、その存在を実感することができる。
世界において人間という種族は魔法が無ければひどく弱い命ではあるが、魔力の恩恵と知恵を掛け合わせ、人類誕生から4000年の長きに渡る年月を生き延びてこられた可能性を否定はできない。
故に、《大樹イルスンミール》と人間の共存関係は切っても切り離せない一心同体の為、この世界の為にも、我々人間は
この《大樹イルスンミール》を未来永劫に慈しみ、感謝し、そして愛していかなければならない義務があるのである。
「私たち人間は未来永劫に、大樹を愛していかなければならない……か。この文書を執筆した人は素晴らしい心の持ち主だったんだろうな。」
少年は手にしていた六法全書ほどあろうかと思ってしまう程にも分厚い書籍を見開いたまま、そう呟きそこに立っていた。いわゆる、立ち読みというやつだ。
見開き、その読み終えたページを閉じると、ふとその表紙を切なげに見つめて口元を緩ませる。
「だが……、この書籍の作者も浮かばれないな。
4000年の長きに渡るその共存システムのことすら今を生きてる人々にとってはまるで伝説か、はたまたお伽噺話程度の話となるまでに風化してしまっているのにね……。」
どこか寂しげでありながらその少年の目は憧れと光に満ちていた、 まるで目の前に広がる果ての見えない大空の向こうにあるものに目を輝かせる小さな子供の眼差しのように。
「4000年以上も約束された悠久の時間と平穏の中で生きてきたんだ……人は賢い、だからこそ魔法技術を進化させ人類の繁栄を確立させ自由に生き、暮らす術を得たがその慢心から忘れてはいけないものを忘れていったんだな…………悲しいね。」
4000年……。あまりにも途方もなく長い悠久の約束された平穏は多くの生命、特に人間という種族に繁栄技術の成長と慢心や怠惰を生むには充分な時間であり、人々の認識を変えることの原因にも繋がっていたのである。
やがていつしか人間は《大樹イルスンミール》からなる魔力を空気中の酸素などの分子等と混同させるようになり、更に誤った知識は世代を通して受け継がれていった為、今日では既に
《大樹イルスンミール》の存在すら伝説と呼ばれるだけの存在になりつつあるところまでになってしまっているのであった。
最早、大樹のある場所すら誰も知ることのないほどに…。
「いつか……、いつか私が《大樹イルスンミール》をもう一度見つけられれば……。そしてこの世界の心理に近づければ、良いのにね。」
そう言って少年は書籍を読む前にしまわれていた棚に戻し
外へと繋がる扉を開け晴れた日差しの中へと歩きだした。
2.3歩ほど進み空を見上げる。
「う~ん。素晴らしく快晴だね、風も心地いい。さて、何だかんだと今日も平穏だから、子供達と楽しく魔法学の勉強いこう!」
少年の表情は先ほどまでの表情ではなく優しい顔を魅せていた。
するとその瞬間……。
ヒュウ!!!!!
強烈な突風が吹いた。
「うわっ!!驚いたな、急な突風なんて珍し……。」
突風が少年の体を通り過ぎたその時だった。どこからともなく
少年の頭の中に直接何かが響いてきた。
「私を見つけて……お願いです。
私を………たすけて……。」
か細い声だった。鮮明で、儚くて、寂しげな声。
今にも折れてしまいそうな、そんな声。
そして。
「なんて…………綺麗な声……なんだ。」