2012.01.28【酒のない生活に戻ろう】その2《手持ちの駒で勝負するしかない》
買い出し途中の何気ない風景からいろいろ考えます。
自分は自分、他人は他人。
あたりまえのことですが、なかなかどうして。
今日の買い出しサイクリングの帰り道、若い男性が車を運転しているのを見てふと気付いたことがある。
「運転免許がなくて自転車で移動するのはみっともないのか?」
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○事情を知っている人から見たら同情されるか自業自得とみられるか、どうでもいいと思われる。
○全く見知らぬ赤の他人から見たら
「おっさんが自転車に乗ってるな」
か、
「自転車がいるから車を少し寄せよう」
ぐらいにしか思わないだろう。
○免許・車を持っていないことを
「恥ずかしい」
と思うのは体面を気にする身内ぐらいで、身内でも
「やっぱり」か、「ふーん」ぐらいじゃないか?
○結局、免許がないとか、車がないとか、自転車でしか移動できないことを恥だと思うかどうかは自分の心構え一つではないのか?
○なんで恥ずかしいの?
↓
みんなもってるから
↓
何でみんなと同じじゃなきゃいけないの?
↓
あれ?なんでだろう。
○「手持ちの駒で勝負する」ならば、免許がなくても恥だと思わないでしょ?
○「自分に対して恥ずかしくない生活をして、胸を張って生きていこう」
という生きていく上での目標が見つかったではないか。
○他人をだましたり、脅したり、引っかけたりするような。人の道に外れることをすることなく、酒を飲んでだらしない生活をしなければそれだけで自分に対して胸を張れるのではないか?
○人の道を外れたりアルコールを飲んでデレ助になることを考えたら、免許や車がないことや、給料が安い仕事しか見つからないことぐらいは恥ずかしいことではないだろう。
○やっぱり自分の心構え、考え方一つで感じ方は変わるのだ。
「そのまんま」 でいいのだ。
やっと「そのまんま」の意味がわかった。
「裸一貫」と同じ意味なんだな。「手持ちの駒で勝負する」もい「そのまんま」も。
23:05
mixiでの友人とメッセージを数回やりとりした。
アルコール依存症という病気によって友人はほぼ全て失ったと思っていたが、生で見ていないメル友のSさんだけは残った。
病気のこと、酒のことをアル症仲間も増えた。減った友達と増えた友達。人生のつじつまというのはこういうことをいうのだろうか。
23:15
アルコール依存症を下りしかないエレベーターに例えた人がいた。的を射る表現だと思う。
自分は今回の入院でいろいろ懲りたので、エレベーターの停止ボタンは押したはずだ。
エレベーターの箱を出たすぐ横にはスロープがある。上にも下にも行ける。その場に留まっていてもいい。
アルコールを摂取しなければスロープ上にいることができるが、もし飲んでしまって止まらなくなったらまたエレベーターに放り込まれる。
次に止まる階層は間違いなく以前止まった場所より下になる。
自慢の身体と頭も台無しになってしまう。
「手持ちの駒で勝負する」
って、自分で考えついて書いていたことなのですが、スヌーピーがほぼ同じことを言っているのですね。
You play with the cards you’re dealt …whatever that means
(配られたカードで勝負するしかないのさ。それがどういう意味であれ)
やっぱり自分ごときが考えつくことは、どこかの誰かがとっくに考えているのですね(笑)




