間話その五 Nさん、その節は本当にお世話になりました。
入院前日に外来待合室で会ってソバをごちそうしてくれたNさんとの会話です。日記本文に入れようかと思いましたが、本来の日記に書いてないものをいれると冗長になるかと思ったので間話にしました。
あれから四年たち、当時六〇代後半だったNさんが今現在元気にしているかどうかわかりませんが、お世話になった人たちのことは思い出せる限り書き留めていこうと思います。
Nさん「あら、おっさん、ひさしぶり。今日はどうしたの?」
おれ「連続飲酒になっちゃって」
Nさん「それはひどい、たいへんそうだね」
…わかってくれるか、体験者は。
おれ 「もう…どうにもつらいですよ」
Nさん「ところで、食事はしてるのかい?」
おれ 「かれこれ三日ぐらい、水以外口にしてません」
Nさん「それは駄目だ、ご飯食べに行こう。ソバ屋でいいかい?」
おれ 「いや、あの、正直なところ食べられる気がしないです」
Nさn「いいから、そういうときはとにかくおなかになにかを詰めるんだよ」
おれ 「でも、気持ち悪いし、吐き気が」
Nさん「いいから。さあ行こう。車で送ってあげるよ。」
…ありがてぇ。
―ソバ屋にて
Nさん「おっさんはなにがいい?天ぷらそばかい?かつ丼にするかい?」
…油物を想像してオエップとなりそうになる。
おれ 「いやあんまりしつこいのは…」
Nさん「じゃあ、月見にする?』
…正直、月見を想像してもあんべぇわりぃ
生卵ってドゥルっと…ぉえっぷ。
おれ 「かけそばでおねがいします」
Nさん「なに、遠慮することないんだよ。俺は年金暮らしだけど
おっさんにそばをおごるぐらいのお金はあるんだから。
焼き魚定食でもいいんだよ?」
…気持ちはとてもありがたいのですが、今の具合の悪さだとそれもキツいんです。
おれ 「いやあの、本当に具合が悪いんで、かけそばを」
Nさん「うん、わかった。注文するね」
その後、食事をしながら退院したらまた断酒会に戻ってらっしゃいとか、生きていればなんとかなるよ。みたいなことを話してくれた。自身でも連続飲酒と人生のどん底を体験した人からの話だったので説得力もあり、
「あ、この人わかってる」
と感じて、素直に話を聞くことができた。
身体はしんどかったけど、気持ちがとても楽になった。
連続飲酒から入院までの流れで自己否定の海に溺れていたところに助けの手が差し伸べられたのだ。助けた方としてはたかが二、三キロの距離を送って数百円のかけそばをおごっただけかもしれない。
だが、自己否定の塊であった自分は、何の損得関係もない他人からの救いの手を受けて
「もう死んでしまおうかと思ってたぐらいひどい自分なのに、
まだ自分を心配してくれたり関心を持ってくれる人がいるんだ」
そう感じさせられるものがあり、これも完全断酒を決意する要素の一つになったのかもしれない。
Nさん、当時は本当にお世話になりました。
あなたがいなければ、私は帰りの踏切で電車に飛び込んでいたかもしれません。
当時六〇代後半だったNさんは今どうしているだろうか。




