第四十五話「綾と政景の婚姻。そして……」
天文10年(1542年)
長尾家では停滞していた婚姻が立て続けに行われる事になる。
次男・景康は北条家より北条氏綱の娘を貰う事が決まる。
元々為景と氏綱との間で親交があり、山内上杉と言うお互いにとっての仮想敵が居る事により話は早く進んだ。
病床で臥せっている氏綱に変わり嫡男・氏康と晴景の間で話が進められ、北条家の崎姫は雪解けを待ち越後へ輿入れをするに至った。
三男・景房は越中の椎名長常の娘と婚約が決まる。こちらは長常の娘がまだ小さい事もあり、輿入れはまだであった。
これは景房に将来的に宇佐美の補佐の元で、越中方面を任せる事を前提にした婚姻であった。
次女夏と能登畠山氏の嫡男・畠山義続の婚姻についても話が進み、後は日取りを決めるのみとなっていた。
そしてもう一件。時は天文10年(1542年)6月。
婚約者として、幼馴染として長年愛を深め続けた一組の男女がついに婚姻することになる。
-虎千代-
今日は綾姉さまが結婚する日だ。
相手はもちろん政景兄上だ。
私は姉さまの輿に着いて歩く。
普段は着ないような着物を着てるから窮屈でしょうがないが、姉さまの為だから頑張る!
輿は政景兄上が待つ坂戸まであと少しだ。
兄上は婚姻を機に正式に上田長尾の家督を受け継ぎ、坂戸城を任されることになった。
この城は上野との国境に近く、晴景兄上は『越後の守りの要を任せる』と言っていた。
「夏、千代、疲れては居ませんか?」
姉さまは輿の上から私と夏姉さまを気づかう。
「大丈夫です! 後少しですもの!」
「私は疲れましたわ。先に坂戸で待っていれば良かったかしら?」
私は元気に答えるが、夏姉さまは疲れた様子だ。
元々引きこもって書を読んだり書いたりするのが好きな姉さまだから、体力が無いのもしょうがないな。
「ふふっ夏と変わってあげたいけど、今日は私が主役だから勘弁してね」
「勿論ですわ。私が政景様と結婚するわけにもいきませんもの」
「そうよね、夏にも意中の方が居るものね」
綾姉さまがからかうと、夏姉さまは真っ赤になる。
色が白い夏姉さまだけに良く解る。
夏姉さまは能登の畠山義続様との婚姻が正式に決まりそうだと言う。
晴景兄上が『あまり早く輿入れして妊娠しても、出産する時に危険』と言って、輿入れの日が中々決まらないらしい。
何でも南蛮の医学書にあることらしいが、夏姉さまからすればじれったいでしょうね。
「私のことより、千代はどうなのよ。あの千代が連れて来た子と仲が良いんじゃない?」
夏姉さまが私の方に話をふる。
私も素敵だと思う男性が居れば吝かでも無いけど……
「私は自分より強い人じゃないと嫌ですから。それに長重はただの家臣ですよ姉さま?」
「……これは色々と大変そうねぇ~」
「千代は姉妹で唯一、嫁き遅れになりそうだわ」
ふん、私は自分で納得がいかない結婚だったら、しない方が良いですもの。
大体姉さま達は自分の理想の相手を捕まえておいてそう言うんだから卑怯だわ!
そんな姉妹の会話をしていると、輿は坂戸に着いた。
門が開けられると、待ちきれない感じで政景兄上が出てくる。
「あぁ、綾! 先に来たせいで三日も会えなくて寂しかったよ!」
「政景様! 私もですわ!!」
綾姉さまは輿から飛び降りるようにして、政景兄上に抱きつく。
うわ~、今日はいつにも増して熱々だわ。
「綾、いつも綺麗だけど今日は一段と綺麗だよ。その衣装もとても似合ってる」
「政景様、あなたの方こそ特別凛々しいですわ」
「綾……」
「政景様……」
このまま接吻の一つも交わしそうな勢いだわね。
横の夏姉さまも指で顔を隠してるけど、明らかに隙間から見てるわね。
だが、そんな熱々の二人の間に空気を読まない者が乱入する。
「ほら、早く行かないと日が暮れるぞ。結婚式が終わったら宴会だから早く済ますんだぞ!」
「かかか景家殿。せめてもう少しだけ綾と……」
「駄目だぞ」
「あぁ! 政景様……」
景家は政景兄上の襟首を掴んでそのまま引きずっていく。
元々景家に訓練でしごかれている政景兄上は、まともな反抗も出来ずにそのまま去っていった。
姉上は引き離された悲劇の恋人同士のように見送っているけど、今から結婚式なんだから完全に間違ってるでしょ!
「ほら、三人とも行くわよ。私も待ちくたびれちゃったんだから」
母上が私達を手招きする。
さて、これからがまた長いから頑張らないと。
・・・・・
一日中続く式を終えて、夜は宴会だ。
私はまだお酒を飲まないけど、そこら中に酔っ払いが散乱している。
景康兄上は、ついこの前に妻となった崎姉さまと寄り添って、静かにお酒を飲んでいる。
綾姉さま達と比べたら初々しいって言う感じかな?
景房兄上は、父上達に捕まってべろんべろんになっている。
景房兄上には止めてくれる奥さんが居ないせいもあるのか、良いようにやられてるね。
主役の政景兄上は、元上田長尾の家臣達に囲まれている。
中には『立派になられた姿を房長様にも見せたかった』とか言って号泣しているおじさんも居る。
政景兄上はこれからそう言う期待や責任を背負うわけだから。大変かも知れない。
他にも各所で色々な光景が見られているが、そんな中で晴景兄上や景綱は険しい顔をしている。その傍で話しているのは軒猿の段蔵。
……近くへ行けば話が聞けるかな?
私は兄上達に少しずつ近づくと、話し声が聞こえてくる。
「……間違えないのか?」
「はい。桑折へ放っていた部下が、火急の知らせと言ってきましたので」
桑折?
桑折って確か伊達家の……
「稙宗殿も油断しましたかね? 晴景。」
「まぁ集権化に反対の国人なんかには注意できていても、実の息子は信用していたのだろうさ」
稙宗殿と言えば伊達家の当主だよね?
息子が何かやったのかな?
「何にせよ、これで伊達家との関係も見直さなきゃならんかもな。引き続き桑折を探るように」
「御意」
そう言うと段蔵は一瞬で居なくなる。
う~ん、軒猿の技っていつもながら凄いなぁ。
私は途中から聞いた為か今一つ内容が理解できなかったので、兄上に聞こうと思い近づく。
だから、私は背後から近づく気配に気づかなかった。
「虎千代! 今日はめでたい日だから飲むんだぞ!」
「え?」
がぶっ
急に私の口に杯が押し付けられる。
振り返るとそこには褌一丁になった景家が居た。
一体にゃにをにょませた?
あれ? にゃんだか身体が熱い……
「景家!! 虎千代に酒はまだ早いって言っただろ!!」
兄上がにゃんか怒ってるけど、幸せにゃ気分だにゃ~。
-長尾晴景-
めでたい席をぶち壊す事件が2つ。
1つは虎千代に酒を飲ませた馬鹿チンの件。
「晴、虎千代は寝かせてきたわよ」
「あぁ、ありがとう義母さん」
とりあえず虎千代の方は安心だな。
「晴景、景家は隅っこで正座してお預けの刑にしてます」
「よし、ついでに膝の上に何か重い物でも乗っけておけ」
景家への罰もこんなもんだろう。
これでようやくもう1つの件を考えられる。
段蔵が持ってきた報告は、『伊達晴宗が父・稙宗を押し込めた』こと。
つまりは天文の乱の始まりの知らせだ。
―長尾家の家族・夫婦達はそれぞれ仲が良い姿を見せた。
一方で伊達家の親子のすれ違いは、ついに実力行使に発展する。
歴史が変わっても発生した天文の乱にどの様に関わるべきか。
晴景はめでたい席だと言うのに、頭を悩ませる事になるのであった。
お酒は元服を過ぎてから。飲酒ダメ絶対。
一気に止まっていた婚姻事情が進みました。
あとちょっとで綾(仙洞院)も嫁き遅れになる所でしたし。
まぁ実際の歴史の綾も、婚約はしてたけど嫁き遅れたって話もありますけどね!
と言うわけで天文の乱始まります。




