第四十三話「それぞれの事情~長尾家」
天文9年(1541年)
伊達稙宗は長尾家に対して小梁川宗朝の後にも使者を出すが、晴景は良い返事を返さない。
伊達稙宗の室の兄である中条藤資も晴景に翻意を促すが、それでも変わらず。
この年の6月ごろには長尾家を取り巻く状況は悪化していた。婚姻を実質断った伊達家と縁が深い蘆名家との仲も冷え、越後の北の国境付近での小競り合いが増加していた。
武力によって圧迫して有利な条件で和議を勝ち取るのも伊達稙宗の良く取る手段であった。
だが、そんな中で状況を変える出来事が一つ起こる。
長尾晴景と、伊達稙宗の息子晴宗の元に共に女児が生まれる。
これによって、両家で縁組の話が再び表出するのであった。
-長尾晴景-
伊達家の子供が何人でいつ生まれるか何て、知識としてもおぼえてなかったが、まさかこんなすぐに女児が生まれてくるとはな。
向こうから改めて縁組の話をしたいと使者が来たが、恐らく稙宗殿としても一番の目標は奥羽の統一なんだろう。
越後をとってもかえって奥羽以外で接する相手が多くて、面倒と言う感覚なのかも知れない。
現に稙宗殿が重要視している婚姻相手は関東と接する蘆名と相馬だしな。
俺はこの話を受けようか迷っている。
目の前に俺が引き起こしたとも言える混乱を、丸く治める札がぶらさげっているのだから、俺の考えは置いておいても取るべきなのかと思ってしまう。
そんな事を考えていると、不意に俺にかけられる声。
「何を迷ってるんですか?」
この声は……
「叔父さん! いつ越中から来たのですか?」
「為景殿から頼まれて参りました。まったく、自分は隠居だの何だの言っといて同い年の私を働かせるのですから……」
なるほど、父上の手筈か。
わざわざ叔父さんが来るくらいだから、父上達にはさぞ情けなく見えるのかもな。
「叔父さん、俺は甘いですか?」
「えぇ甘いです。例えば為景殿は綾を生まれる前から上田長尾家に嫁がせる予定でしたし、それが家の為になると解っていましたからね」
叔父さんは険しい顔をして言う。
そうだ。
綾は元々越後国内を治める為に、上田長尾に嫁ぐ予定だったのだ。
あのバカップルぶりを見ていると時々忘れそうになるけど。
「何よりいけないのは、あなたは中途半端なのです」
叔父さんの口は更に語句を強める。
中途半端、それは……
「それは当主としてですか?親兄弟としてですか?」
俺は当主であるのに家族の情を優先している、考えていてそう思うことはある。
だが叔父さんの答えは更に違った。
「その両方ですよ」
両方。
どっちも中途半端だと言う事か?
「当主としての利益を考えて断るなら、もっと強い態度で出ないとダメです。だから侮られて小競り合いが起こったりするのです」
確かに俺の断り方は不味かったかも知れない。
“子供が大きくなってから考えましょう”と言うのはどちらにも変わる可能性がある玉虫色の回答だ。
これは現代日本で俺が学んできた処世術ではあるが、戦乱の世でましてや大名家の当主としては不味いと言うことなのだろう。
「そして親としては、より良い相手を探したいと思うのなら解ります。だけど大きくなってから決めましょうと言うのは、貴方より良い相手を探していますと言うことですから伊達家としても面白く無いでしょう」
……そうだな。
俺の中ではっきり断るのが悪いという現代的な感覚も残っているが、常に情勢が変化する中でそんな悠長な事言ってるくらいなら、はっきり断った方が相手も動きやすいわけだからな。
「更に言えば、貴方と夕子殿に加えて綾や夏のように公私共に良いと言える相手がめぐり合える可能性はわずかですよ。まずは家柄を重視して相手を選ぶのもありです」
まぁ確かに、家柄も性格も良いなんて相手に巡り合うのは難しい。
お互いの相性と言う意味でも、結婚してから解るということもあるしな。
そうか、俺が中途半端だというのはこの辺もか。
家族を嫁に出して、万が一不幸になるようなら俺が何とかするくらいの気持ちが無いから、縁組に対する決断が出来なかったんだな俺は。
「わかりました、ありがとうございます叔父さん」
俺は決意する。
家族の幸せの為に全部責任を取る覚悟を。
「眼が変わりましたね。それで縁組の話はどうされるのですか?」
「断ります。奥羽の面倒なお家事情に巻き込まれたくないので」
元々奥羽との縁組は考えてなかった。
それが向こうから話が来たからとぶれたのがいけないんだ。
「伊達家……いえ、奥羽中の大名が攻めてくるかも知れませんよ?」
「そうしたらどんな手を使ってでも撃退します」
鉄砲を使っても、他の国と協力をしても、暗殺を駆使してでも。
「それで良いのです。当主が迷えば家が迷いますからね」
そう言って叔父さんは今日始めての笑顔を見せた。
-直江景綱-
宇佐美様は、晴景と話すから僕に隣で控えて置くように言った。
つまりは僕にも話を聞かせたいのだろう。
そしてその話の内容は、僕にとっても非常に厳しいものだった。
「話は聞きましたか?」
「えぇ」
晴景との話を終えた定満様は、僕の方にも話をしにきた。
「当主の意思を尊重するというのは間違っていません。しかし当主が迷っている時・誤っている時はそれを正すのも貴方達の仕事ですよ」
そうだ、晴景は迷っていた。
相談に乗ったはずの僕の言葉で更に迷っている様子もあった。
僕や仲間達は優しい晴景が好きだけど、だからこそ僕らが鬼にならなきゃならない場面もあると言うわけですね……
「定満様、僕に出来るでしょうか?」
ふと、定満様にそんな事を聞いてしまう。
「えぇ家族や景家殿、それに私にだって出来ない事を貴方は出来ますよ」
その言葉に僕にあった重圧感は少し軽くなった。
だけど為景様や定満様はこんな重圧の中を歩き続けていたのでしょう。
僕も晴景と共に歩ききれるように頑張るとしましょうか。
立ち去ろうとする定満様だが、何かを思い出したかのように歩みを止める。
「それと、揚北には十分に注意しなさい。私と為景殿もあそこの扱いには散々苦労しましたからね」
そうですね。
特に反抗的だった家は定満様が上手く御してくれてますが、それ以外にも元々日和見の家が多いですからね。
―長尾家の当主と言う立場に振り回されていた晴景であったが、それでも少しずつ成長を続ける。
そして彼の仲間達も共に成長をする為に前を向くのであった。
30年も戦国で生きてきて、まだ現代的な感覚が残ってるのかと言われそうですが、中々人間の根っこに近い部分って変えられないと思うのです。
それでも変えて行こうとするから変わりますが、何か切欠が無いとそれも難しいですよね。




