第四十話「社会科見学」
天文8年(1540年)9月
今年も収穫を迎える越後。干拓の推進により年々農地が広がり、石高も増加の一途をたどっていた。
その計画を一手に引き受ける直江景綱は、この時期が一年でもっとも忙しいのであった。
-直江景綱-
「はい、今週はここの干潟まで水を引いてきますよ。皆さん頑張ってください。」
収穫が終わって一息どころか、余計に忙しい気がする。
これも人を与板城主兼干拓奉行にした晴景のせいだね。
まぁ晴景は当主として大変な目にあってるし、元々最初は晴景がやってた仕事だから弱音は吐けないね。
「景綱、頑張ってるか?」
と、作業をしている僕に声が掛けられる。
この声は間違えない。晴景だ。
「久しぶりですね、晴景がこっちを見に来るのも」
「まぁ今日は弟妹達に干拓や灌漑についても実地で見せようと思ってな」
後ろのほうを見ると、確かに大勢でぞろぞろと来てますね。
景康に景房(元服した三男・虎次)は晴景を助ける役目があるので、私の部下に聞きながら多く学び取ろうとしてますね。
綾と政景殿は手をつないで仲良く見て回ってます。あの二人はもう17と15になりますし、上田長尾を完全に取り込むためにもさっさと祝言を挙げても良いかも知れませんね。
夏は……来てないですね。
まぁ綾も来る必要は無いんでしょうが、政景殿を連れてきたら付いて来たって感じでしょうか?
以前少しだけ春日山で過ごした畠山義続殿と仲良くなって文通をしてると言う話ですけど、まだ続いてるのですかね?
更に後ろには虎千代と……
「あの子はなんですか? 見かけない子ですけど」
「あぁ、虎千代が勝手に家臣にした甘粕長重だ。気に入ってどこに行くにも連れて来てる」
勝手に家臣にって……
「良いんですか? それ」
「まぁ実際に優秀な子だしな。試しに模擬戦の指揮を取らせたら景家に勝って、武芸では俺に勝つぞ」
「それぞれの相手が逆なら化け物ですけど…… まぁ歳を考えれば十分以上に凄いですね。」
晴景は模擬戦の指揮は宇佐美房忠様や為景様の教えを、良く学んでいて見事な物ですが、武芸はまぁ良くて中の下。
景家は武芸に関しては越後中を探してもそうそう勝てる者は居ないですが、指揮は突撃一辺倒で読みやすい。
もしも逆なら指揮も武芸も、越後で並ぶ者がほとんど無い程の化け物です。
まぁ、晴景はその化け物の素質を虎千代に見ているから、これだけ引きずり回してるんでしょうけど。
「それにしても、もうここまで農地が広がっていたんだな」
「えぇ、おかげで城には帰りやすいですよ」
最初は信濃川の上流から治水を行い、徐々に農地を広げて行きましたが、今や河口付近まで農地が広がりました。
「景綱、農地が広げ終わっても今度は治水に力を入れようと思っている」
「まぁこの川は過去にも水害が多かったですからね」
信濃川は流水量が多い事もありまして、大雨で水害が起こったという話は良く聞きます。
晴景と僕は計画の初めから、そう言った話は集めています。
話が残っている土地ほど、水害が起こりやすいと言う事ですからね。
「そうするとまたお前に負担がかかると思うぞ、景綱」
「まぁしょうがないですね。景康は鉱山奉行で手伝うのが無理にせよ、せめて景房を私に付けてください」
「解った。俺もそれは考えていた所だ」
景康も景房も武の方にはそれほど才があるとは言えません。
ですが政に関しては小さい頃から学んでる事もあり、水準以上に力を発揮しています。
いずれ越後だけでなく、越中や更に広がった領地でも応用が聞くので、景康と景房にはしっかり技術を学んでもらうとしましょう。
一門として一国を任せられる可能性もありますしね。
「ひゃぁ! 政景様、蛙がおりますわ!」
「ははは、綾はこんな小さな蛙が怖いのか。可愛いなぁ」
綾は政景殿に抱き付いています。
政景殿、あんな親指ほどの蛙で驚くのは只の計算ですよ。現に口元が笑ってますし。
あのまま祝言をあげると、間違えなく綾に上手く操縦されますね。
「長重! でっかいタガメが居たぞ!」
「……虎千代はお姉さんみたいに、お淑やかに出来ないのかい?」
あそこは逆に男の方が引いてますね。
あの子も虎千代に気に居られたのが運の尽きでしょうかね?
それにしても虎千代はいったい誰に似たんだか…… ってそれは両親で間違いないですね。
「俺も夕子を連れてくれば良かったかなぁ」
「止めてください。弟二人が泣きそうですよ」
二組の男女に対して、男二人で並んでいる景康と景房は若干悲しそうな眼をしていた。
まぁ彼らも元服したと言うのに、未だ嫁をとってないですし寂しい夜もあるでしょう。
と言うか晴景と夕子さんは、あの二組よりも遥かに恥ずかしい事をしそうだから止めてください。
「そろそろ嫁を取らせる事を考えないとダメだなぁ」
「長尾家の為にも下手な所からは取れないですけどね」
特に晴景を排除して、弟に家督を継がせようとする家にはね。
「景綱、嫁入り検討奉行を……」
「それは流石に無理でしょ!」
何でもかんでも奉行ってつければ、僕に振って良いと思わないで下さいよ?
「まぁ晴景もいくつか候補はあるんでしょう?」
「そうだなぁ~、身内なら椎名殿か高梨殿との関係強化もありだし、外から貰うなら関東の北条か山内上杉、北陸の朝倉とかかなぁ」
ふむ、妥当な所ですね。
椎名殿から嫁を貰うとなれば越中の支配強化になり、いずれは越中を任される事になるでしょう。
高梨殿は晴景の母上の出身ですが、弟達は血が繋がらないだけに、万が一があった時に縁が切れるのを防ぎたいのでしょう。
北条と山内上杉は二者択一と言った感じですね。山内上杉と組んで防波堤にするか、北条と組んで挟み撃ちで領地を分けるかですね。
朝倉の越前は間に加賀はありますが、陸路で上洛する場合に通る場所だけに重要な土地ですしね。
ところで、越後が接しているのに候補が上がっていない所が一つ。
「奥羽はどうです?」
「……あそこは魔窟過ぎて貰いたくない」
まぁ、私も同感です。
-???-
「さて、今度はどこと縁を結べば良いと思う?」
わしの言葉に、皆が活発に意見を出し合う。
縁組で勢力を広げてきた我らだけに、こう言った話も良くある事だけに慣れておる。
わしは口出しせずに家臣たちの話を聞く。
「近隣にはもはや敵はおりませんからな。挙げるとすればまずは葛西」
ふむ、奥羽の中で順調に我々の盟友を増やすと言う事じゃな。
まぁ可も無く不可も無い、無難な選択肢じゃわな。
「次は佐竹ですね、関東への足がかりとなるでしょう」
佐竹か。わが婿の相馬殿の支配域に近いし、悪くは無いな。
じゃが、あの辺(北関東)はあの辺でそれぞれが婚姻していたりするので、割って入れるかが問題じゃな。
「最後に挙げるのは、越後ですな」
「おい、どうしてそこだけ家名じゃない」
「……越後守護と守護代、どっちと縁を通じるべきか悩みまして」
越後守護・上杉定実と守護代・長尾晴景か。
長尾は家督を継いでそれほど経っておらんが、混乱無く家督を継いでおる。
まぁ“今孫武”等と大層な名で呼ばれてるのじゃから、それくらいはやって貰わんとな。
「越後守護の上杉定実殿には子が無く、養子として送り出せればそのまま上杉家を頂けるでしょう」
うむ、それにかの家は我が家とも元々縁がある。
養子として送り出すにしても、受け入れるのに抵抗が少ないじゃろうて。
「しかし、越後の実権は完全に守護代の長尾が握っています。上杉を乗っ取った所で、我らの力になるか疑問でして」
ふむ、確かに何も出来ぬ守護では、子を送る意味も無いわ。
「お主、やけに詳しいではないか」
「どこにでも不満を抱える者は居ると言う事です」
越後も一枚岩とはいかんか。
まぁ元々国内で散々争っておった国じゃしな。
あるいはその辺りをついて、後継者を潰していけばわが子が乗っ取ることも可能じゃろうか?
まぁそれは難しいにしろ、越後だけでなく越中・佐渡を治める長尾家と縁を結ぶのは良い事じゃな。
「なんて事は無いわい。縁を結ぶなら長尾家じゃろう」
「ならばその方向で」
わしの鶴の一言で方針が決まる。
さて、上手く行けば良いがな。
―長尾家を狙う影がまた一つ。
ただ兵を挙げ、戦をするだけが戦いではない。
陰謀家達は今日も自らに、そして自らの家に利益が出るように計り続ける。
と言うわけで誰かが意味深な事を話しています。
まぁいつも通り歴史に詳しい人からすればバレバレの展開です。
もう次の章が何なのかまで読めてしまいます(爆)
今回は干拓事業の進行と、弟妹達の嫁ぎ先候補も出てますね。
虎千代は確定じゃないですけどね!




