第三十一話「膠着」
天文4年(1535年)9月26日
長尾晴景達は一向宗の大将・勝興寺実玄を討ち取ったが、一向宗の軍はまだ9,000も残っており、新たに大将を引き継いだ僧は自分を中心とする密集陣形を取っていた。
これに対して晴景と畠山義総は矢による射撃で相手の被害を増やしていくが、被害を物ともしない一向宗の攻撃によって、確実に自分達の被害も増えていた。
一方、宇佐美定満は、様々な方法で一向宗の足止めに徹していた。
-宇佐美定満-
今日で戦端が開いて一週間。
晴景殿は無事七尾城に着いてるでしょうか?
どうやら一向衆の半分は先に行ってしまった様ですが、こればかりはどうしようも無いです。
その辺りも見越して、狭い道じゃ実力を発揮できない騎馬を晴景殿に付けたのですから、上手く対処出来ている事を信じるしかないです。
晴景殿に加えて義総殿も居るのですから、形勢が悪ければ七尾城へ篭城をする選択も選べるでしょうし。
私の軍は3日間、一向宗と睨みあっています。
最初の2日は積極的に攻め(恐らく一向宗はこの時に部隊を先に行かせたのでしょう)、次の1日は攻めずに休み、そして次の日に攻めてこないと見て七尾城へ向かおうした所を更に攻めました。
これによって残った一向宗は、私達の軍を見過ごす訳にはいかなくなりました。
私達の目的は援軍が来るまでの時間稼ぎが第一。向こうが攻めも退きもしないのなら動く必要はありません。
しかしただ攻めないのも敵を休ませるだけなので、夜間に交代で夜襲を匂わす嫌がらせをして、一向宗を休めなくしています。
今宵あたりは『また嫌がらせか』と警戒が緩むでしょうから、実際に夜襲をかけるとしましょう。
元々が2500対20,000、現在はお互いの負傷や一向宗が兵を分けた事もあり2,200対8,000といった所でしょうか?
まぁその内痺れを切らせて攻撃してくるでしょうから、迎撃のための準備もしています。
その様に考えていると、沿岸部より物見を行っている軒猿が報告にくる。
「宇佐美様、椎名様より信号。待ち人まもなく来たれり、我らは北上す」
ふぅ、これで打てる手は全て打ちましたね。
「色部・本庄・新発田を呼んで下さい」
ここから先は今までと真逆の時間との戦いになりますね。
万が一にも晴景殿や義総殿が討たれれば、状況が変わってしまいますから。
―宇佐美定満は、一向宗の大軍を翻弄していた。
だが戦場はここだけにあらず、そして全体の戦略からすればここからがむしろ本番であった。
そして一方で戦場の裏で動いている男も居た。
-神保長職-
俺の二上城は勝興寺にも近く、一向一揆の動きは良く見えた。
元々俺の親父も一向宗と共に蜂起しただけに、一向宗に話をつけるのは簡単だった。
俺は父が討たれてから17年、ついに俺が越中を取り返す時が来たのだと感じた。
その為にもまずは能登だ。
一向宗やそれに同調する奴らと手を組めば、如何に畠山義総とてひとたまりも無い。
それに宇佐美定満も動いたとは言え、越後から援軍が来なければ兵の数はそれほどでもないはず。
ここで一見すると俺の選択肢は3つある。
1つ、一向宗の背後を攻める宇佐美を突く
2つ、軍勢が出ている宇佐美の領地を攻める
3つ、一向宗と逆の道を通り、畠山義総を挟み撃ちにする
俺の城の位置的には1番目と2番目がやり易く選びたくなる所だ。
だが、そこで俺は新川郡の椎名が留守居役として残っている事を掴んだ。
1つ目はダメだ。俺が宇佐美の背後を突けば、椎名が動いて俺が挟み撃ちにされる。
2つ目もダメだ。俺の兵が多くない事もあり、椎名が残っている以上は素早く越中を落とすのは難しく、最悪越後からの援軍が来てしまう。
そこで俺が取るのは3つ目の選択肢だ。
元々能登の温井などは義総に取って代わろうと狙っている。この一向宗の侵攻は渡りに船のはず。
少し前に俺が能登に進軍する事も使者を出した。きっと温井は義総に叛くに違いない。
もうすぐ加賀との国境、このまま能登へ侵攻して畠山義総を討つのだ!!
はっはっはっはっ!!
―己の利を得るために、それぞれが動いている。
神保長職は自分の判断で行動を選択したと思っている。
しかしわざと椎名勢を残し、その情報をあえて長職に掴ませたとしたら?
長職は不自由な選択を迫られた事に気づかない。
時は進み10月1日、長尾晴景・畠山義総の連合軍はその日も一向宗と激しい戦闘をし、そして日が暮れたた事による停戦を迎えていた。
-長尾晴景-
俺や遊佐殿は義総殿と相談するために義総殿の陣に来ている。
しかしまさか一向宗がこれほどしつこいとは思わなかったぜ。
普通は大将がやられたら兵は動揺が広がり、逃げ出す者も多いはず。
だがこの戦では、多少はそう言った者も居るが、多くは何も無かったかの様にそのまま戦い続けている。
それどころか、密集陣形を取られた事で騎馬による突撃が難しくなっている。
何せこの前の様な突撃をすれば、突破しきれないと包囲されて殲滅される。
そのため今は騎馬の中でも騎射が出来る者はそれで、そうでないものは軽く当たっては退くのを繰り返して貰っている。
そして密集すれば弓を撃てば当たりやすいのだが、矢が当たってもお構いなしに義総殿の本陣に突っ込んでくるので、弓だけで対処するのも難しい。
しかもとにかく義総殿を狙って進軍してくるため、最初の頃のように本陣を薄くしては義総殿が打たれる危険があり、どうしても本陣を厚くしなければならなくなっていた。
おかげで半包囲することも難しく、正面からのぶつかり合いが続く。
このまま疲労が溜まり消耗戦になると、数が多い一向宗に押される危険もある。
……数は少ないが鉄砲を持ってくれば良かったか?
いや、どっちみちこの様子だと対した効果は得られなかったな。
それにしてもこれが宗教の恐ろしさと言う事か。
親父殿がアレだけ敵視して、越後から追い出した理由も良く解る。
「義総様、一旦七尾城まで退きますか?」
遊佐殿は義総殿に退く事を提案する。
一向宗の方が数は減らしているが、元々倍も居るだけあってまだまだ兵数で負けている。
しかし、このまま被害を無視して義総殿を狙われると、少々不味い事になるかも知れない。
一向宗と違い、こちらは大将が討たれたら壊走する可能性が高いからだ。
「そうですね、もしも状況が悪化する事があればそれも考えますが、宇佐美殿に負担がかかっている以上、数が多い我々の方が先に倒して援軍に向かいたい」
そう俺達の軍は最初約5,000居たが、叔父さんの軍は約2,500。
半分の軍で耐えている人が居るのに、俺達だけが退くのは憚られる。
それに俺達が篭城した結果、一向宗が追ってくれば良い。
来た道を引き返すようになれば、当初の予定通り挟み撃ちにするだけ。
だが、もしも山道を通って引き返した場合、最悪叔父さんの軍が挟み撃ちになる可能性がある。
そうなると如何に宇佐美定満と言えども抑えきる事はできず、その後で合流し数を増やした一向宗が七尾城を攻めてくる事だろう。
この様に戦場全てを見て考えると、退くという選択肢は悪手だ。
一向宗の指揮官がそこまで考えて行動するかと言う話ではあるが、油断は禁物だ。
特に大将を討った後、むしろ俺達はてこずっており、元の大将よりも優秀な指揮官が指揮権を得た可能性が高い。
俺達はどうすべきかを話し合うが、中々結論は出ない。
すると伝令が本陣に入ってくる。
「伝令です。七尾の北側に新たな軍影あり、その数はおよそ2,000」
ここに来て状況が変わるか。
果たしてその軍は敵か? それとも味方か?
「……どんな状況ですか?」
義総殿が伝令に問い詰めるが、少し話しづらい様子を見せる。
「いえ、それが…… どうもそこで争ってる様子だそうです」
どうやら伝令が状況を把握しきれていない為、説明に困っている様子だ。
義総殿は情報を得るために更に問い詰める。
「旗印は確認しましたか?」
「一方は温井様の物ですが、もう一方は能登では見ない蔦の旗印で……」
なるほど、そう言うことか。
「どうやら義総殿の悪い予感も当たった様子ですね」
「えぇ、ですが悪い事ばかりでもないようですね」
―出現した新たな軍の影。それは敵か味方か?
一向宗の侵攻から始まった戦いは、新たな局面に移ろうとしていた。
全国の神保長職ファンの皆さん、申し訳ございません。
思いっきりかませ犬でございます(爆)
戦もあと少しで終わりになります。早く越後に帰らせて虎千代と遊ばせたいです。




