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妹は軍神 ~長尾晴景の天下統一記~  作者: 遊鷹
謙信誕生と越後統一編
16/63

第十五話「初陣~中編」

享禄3年(1530年)8月

 2,000の兵をもって与板城を取り囲む、反為景連合軍であったが、戦が始まる前からその士気は大きく下がっていた。

 予想を遥かに超える数の守兵。篭城戦の名手・宇佐美房忠の存在。いつ迫ってくるか解らない長尾為景の援軍。

 そして凡庸ではないと悟ってしまった、長尾家嫡男・晴景の存在によってである。





-長尾房長-

 不味い不味い不味い!!!


 俺は頭の中は、今の状況の不味さから来る焦りが占めていた。




 この乱世の中、俺は強い者に付いて生き伸びてきた。


 だから時の“関東管領“上杉顕定が、大軍を率いて越後に攻め入れば顕定に付き、

 そして顕定の形勢が悪くなれば、すぐに為景に寝返った。


 それはすべて上田長尾家を守る為、ならばこそ俺は寝返る事など屁とも思わなかった。


 今回の戦は大熊が上条に付き、あの為景に忠実であった中条藤資でさえも為景に不満があるとすれば、上条の勝利は確実だと思っていた。


 中条は自分が重んじられていない事も不満の要因だが、それ以上に長尾家の行く末に不安を感じていた。

 為景は確かに傑物であるが、いつまでも当主で居られる訳ではない。

 ならばその嫡男に関してだが、20を過ぎてもまだ初陣をせず、聞こえてくるのは自分より年下の家来ばかりを集め、粋がっている腰抜けだと言う話ばかり。


 これでは中条が不安になるのも理解できるものだ。



 ・・・だが、現実に戦場に立った晴景は、腰抜けとはとても思えん姿であり、俺にはあの父にしてこの子ありと思わせるだけの覇気を感じられた。



 これが非常に不味い。



 この戦の事は勝ち負けによらず越後中で噂になる。晴景の事に関してもだ。

 そうなれば中条を含めた揚北衆は再び長尾家に従順になる可能性が高い。


 それに自分の息子の守る城が攻められたという事実は、為景にわれらを攻める大義名分を与えてしまう。



 だから、この戦はもはや退けん。



 長尾晴景の首を取らない限り、我々に待つのは・・・破滅だ!





-長尾晴景-

「若、どうやら奴らは引かずに戦う様ですな。」

「あぁ、どうやら計画の第一段階は成功らしい。・・・それにしても若って言うのは止めてくれよ、じっちゃん。」

「ほっほっほっ、いけませんぞ?序列をしっかりしなくては下の者に侮られる。特にこう言った兵がある場所では、ですぞ。」


 俺と宇佐美のじっちゃんはそんな話をする。


 城を攻められるってのはちょっと怖いが、今この時点で上条に逃げられちまったら、この後の策が全部台無しになるからな。


「では、わしは大手門の守備を担当しますゆえ・・・」


 そう言ってじっちゃんは前線へと出て行った。

 本来は目付け役であるため、俺の傍にいる事が役割なのだが、『上条には因縁がある』と言われ、前線に出る許可を与えた。


 ちなみに俺も前線に出ようか迷ったが、止めておいた。

 現状はそこまで逼迫していないし、『総大将の仕事じゃない』と怒られると思ったからだ。


 さて、俺は俺の仕事をしないとな。


「それで、次の段階はどうだ?」


 俺の言葉に、軒猿の女性が応える。段蔵の幼馴染で隠行が得意だから、連絡役に良いだろと言って置いていった。


「俺の方には為景様がすでに移動しているという連絡は来てます。それに他の二つもすでにこちら岸に到着してますよ。」

「よし、それならあまり時間は掛からないな。」


 ・・・それにしても、この女性は短髪で活発な感じの美人なのに、何で男言葉なんだろう?




-宇佐美房忠-

 若を含むわしの弟子たちは皆立派になった。

 きっとわしが居らずとも、この城は守りきれたじゃろう。


 だが今回の相手は上条。あやつだけはどうしても許せん。

 それがわしが前線で采を振るう理由じゃ。


「宇佐美様、敵が引いていきます。」


 この与板は山城であり、二つの門以外からはそう簡単に入れぬ。

 じゃからこそ、この大手門と搦め手門は生命線。


「今の内に兵を休めるんじゃ、敵は必ずまた来るぞ!」

「ははっ!」


 それにしても、ここの兵たちはよう戦うわ。

 銭で雇った兵と聞きどんなものか不安であったが、飢えていた所を助けられた事もあってか、どん底を知るだけに必死さがよう出とる。

 領民兵も同じように頑張っており、若が領民から慕われる様子が見てとれるわい。


 ・・・若は必ず名君となる。

 わしはその時にはお仕えできんじゃろうが、その姿をせめて見れれば良いのじゃがな。


「宇佐美様!敵が梯子を用意しています!」

「慌てるな!上ってきた所を突き崩し、梯子を破壊すれば良い!」


 その為にも、今はとにかく戦に勝つだけよ。





-柿崎景家-

 俺は道兄ぃに、搦め手門の守備を任された。

 こちらに付けられる数は少ないんで、精鋭を選んだらしいぞ。


 へへっ、道兄ぃに信頼されてると思うと嬉しいぞ。


「景家様、次が押し寄せてまいります。」


 おっと、今は戦に集中しないといけない。


「柿崎隊!矢を放て!!」


 俺は搦め手門に近づく敵兵に、矢を放つ。

 初陣だけど、もう何人も敵の兵を討ったぞ。

 可哀そうだが、これが戦だぞ。


 味方がやられて、躊躇する敵兵。

 それで良い。時間を稼げば俺達は負ける事は無い。


 それでも近づくなら俺は容赦しない。

 道兄ぃの敵は俺の敵、ここは誰一人通さないんだぞ!!





-上条定憲-

 戦が始まって数日、いまだわれの元に良い知らせは届かない。

 われは思わず、周囲のものに状況を聞いてしまう。


「状況はどうだ!?」

「はっ、大手門・搦め手門共に、未だ破れていません。」


 ぐぬぬぬぬ、使えぬ兵たちよ。

 ここで時間を喰えば、それだけ為景めが来る確率が高くなる。


 そうすれば我々の勝つ術は、全て失われてしまう。


 だから一刻も早くこの城を落とさねばならんと言うのに、何をやっているんだ!!


「殿!」


 われの元に伝令が駆け寄る。

 これだけ急いできたと言うことは良い知らせか?それとも・・・


「春日山方面の物見より連絡!与板に迫り来る軍勢があり、その数およそ2,000とのこと!!」


 それは最高に悪い知らせであった。

 為景め、あまりにも早すぎるぞ!?


「何だと!?」「馬鹿な!!!」「早すぎるぞ!ちゃんと見たのか!?」


 本陣に居る者たちに動揺が走る。


 われは力なく言葉を発する。


「撤退じゃ。」

「はっ?」

「撤退じゃと言っておる!すぐに全軍に連絡をせい!!」

「ははっ!!」


 愚図を怒鳴っている時間ももったいない。

 今はとにかく逃げる事を考えねば・・・


 撤退するとして、われの城へ向かえば為景めと鉢合わせするだろう。

 大熊殿の城へ向かうには北条がどう出るかわからん。

 揚北に逃げれば安田長秀あたりに邪魔されると、挟み撃ちにされてしまう。

 ならば・・・


「房長殿、坂戸城へ向けて全軍撤退したいのだが、いかがか?」


 房長殿は渋い顔をしてるが、もはやこうなれば一連託生よ。





-???-

 俺は、いや俺達は息を潜めて待つ。

 

 晴景の手の軒猿から、上条達が撤退を始めた事は伝わっている。

 だからあと少しの辛抱だ。


 晴景の立てた策は上条達の心理を良く読んでいる。


 きっとここを通って坂戸へ逃げるに違いない。


 だから俺達は待つ、奴らの首を取るために。





-上条定憲-

 坂戸へ至る道、我々は休む間もなく駆け抜ける。

 足軽達にはすでに脱落者がでているが、われが逃げ延びる事こそ肝心よ。



 だが不意に



 見通しが悪い道を通る時、先を行く兵が声をあげた。



「敵襲!!!!!」


 なんだと!?

 こんな所に何故敵がおる!?

 野党か?それとも誰ぞが為景に付いたか!?


 混乱の最中、われが前を見上げた時・・・



 眼に入った旗印は九曜巴であった。





 それを見た瞬間、われは全ての血が引く様を感じ、妙に冷静になる。



「何故・・・」



 それは見間違えもしない、憎き奴の旗印。



「何故・・・!?」



 ここに居ない、居る筈の無い男の旗印。



「よぅ、良いざまじゃねぇか。上条よぉ!」



 そして大将の癖に、われの目の前にノコノコと現れるこの男。



「何故ここに居る!!??長尾為景ぇぇぇ!!??」

「決まってるさ」


 為景は、獰猛な笑みを浮かべ応える。


「お前を地獄に叩き落とすためだ!!」



 その声と共に為景はわれに向かい駆け寄ってくる。


 われの馬周りは為景の馬周りに止められ、為景めはわれに向かい槍を突き出す。


 われの体は思うように動かず、その槍は胸に突き刺さる。



 胸から熱い何かが流れると共に、われの意識が闇に落ちていく。

 何故われがこんな所で・・・



「上条定憲!長尾為景が討ち取ったぞ!!」





 上条定憲。

 越後守護上杉家の血縁に生まれ、その権威を利用しようとした男。

 だが血筋だけではもはや何の意味も持たなくなったこの時代、

 過ぎたる野望によって、討たれる事となったのであった。

 上条定憲は為景に討ち取られましたが、戦はもう少しだけ続きます。

 何故為景がそこにいたのか?

 その辺りも次回で書いていきます。

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