第十一話「恩」
再度ご意見を頂いた所を修正しました。
やっぱりこの話が一番怪しかったか・・・
享禄3年(1530年)2月
長尾晴景は軒猿衆を配下にすべく動き出す。
それに対して軒猿の頭領は晴景が雇われるに足るものかを計るべく、“飛び加藤”こと加藤段蔵を派遣した。
この2人の出会い・・・いや、再会こそが越後を変革するその第一歩へと至るのだった。
-加藤段蔵-
俺はすでに与板城に忍び込んでいる。
晴景に会う前に、まずは観察をしてみようと思ったからだ。
俺は気配を殺し、部屋の様子をうかがう。
部屋の中には主である晴景がおり、そこへ直江の倅が入ってきた。
「晴景様、干拓の進行具合について報告をまとめましたので、お読みください。」
「ありがとう実綱。・・・俺達だけの時はそんなに堅苦しくなくて良いんだぞ?」
家臣に対して偉ぶらないか。
長尾家は民に対しても無体な事はしないと聞くし、そう言う家風なのだろうか。
「・・・なら晴景、雪で動けない間に各地の進行具合をまとめたけど、堤と貯水池の作成は各地で進んでるよ。まぁ為景様が実質支配してる地域に限ってだけどね。」
直江の倅は干拓についての報告をしているようだ。
「赤虫に刺された奴は出てないか?」
「安田殿の領地近くでは何人かは刺されてるみたいだけど、晴景の言う通りに領民から赤虫が出るって聞いてる場所は避けてるから、数えるほどではあるよ。」
赤虫は越後の風土病。
小さな虫に刺され全身に紅い斑が出て、最悪死に至るという病だ。
「ん~、それでも刺されるか・・・やっぱり収穫が終わってからに限定するしかないか。」
「秋に刺されたって話はあまり聞きませんからね。」
赤虫は夏に多いと聞くが、春は田植えがあり冬は雪に覆われている。
作業の効率を考えれば、何とも甘い話ではあるな。
「少しずつ慎重に進めて、徐々に農作に使える地を広げるしかないな。」
「そうすると時間と銭が相当かかるよ晴景。それに人手もね。」
「とりあえずは親父から資金を貰っている。銭は心配ないから屯田兵を雇おうと思っている。」
「屯田兵?」
ふむ、俺も聞いた事がないものだが・・・
「要するに銭で雇った兵士だが、平時は開墾をし、戦時には足軽となる兵士達だ。」
「・・・それは領民から兵を募るのとどこが違うんだい?」
「大違いだよ実綱!何故なら屯田兵は領民から兵を集める手間が無いからね。」
少年の言葉に、直江の倅は納得していた。
確かにいざと言うときに兵を集められると言うのは利点である。
仮に何者かがこの城を襲撃したとして、兵が居ればそれだけ為景の援軍を待つ時間が稼げるからな。
「春と秋は農作業と干拓を、夏と冬には訓練をって感じにすれば1年中雇い続ける意味があるだろ。」
「しかしそうなると、銭はいくら有っても足りないよ。為景様に頼ってばっかりじゃ、晴景が考える改革は進まないでしょ?」
そうだ、晴景は我々軒猿にも高禄を出すと言っている。
継続して銭が払えなければ、どちらも雇うことは出来ないだろう。
「それも考えてあるよ。俺の狙いは・・・佐渡だ。」
佐渡か。
佐渡では多くの銀が輩出されると聞く。確かに銭を稼ぐには良いかも知れん。
「晴景、佐渡を攻めるとして、越後国内の情勢も不安があるよ。為景様が佐渡に行ったりしたら、間違えなく蜂起されるよ?」
「あぁ、だから父上の力はあまり借りずに行う。まぁすぐに攻めるほど銭に困っているわけでも無いし、準備を進めよう。その為の屯田兵でもある。」
確かに越後には多くの鉱山があり、長尾家はかなりの銭を持っているはずだ。
そうで無ければあれだけ朝廷や公方に気前良く献金できんしな。
「勝算はあるの?」
「まだ情報が足りないが、本間の家内で諍いがあると聞いている。情報を見極める必要はあるが、負けそうな方に手を貸して恩を売るつもりだ。」
情報の大切さも理解しているようだ。
おそらく我々軒猿を求める理由の1つであるな。
「まぁ勝ってる方に手を貸しても佐渡の利は少ないからね。わかったよ晴景、済ませる仕事が残ってるから詳しい話はに話は後にしようか。」
「あぁ、悪いな実綱。」
そう言って直江の倅は退室していった。
ふむ民を省み、領地を発展させる発想があり、うかつな行動に出ない思慮深さもある。
今までの所、主君としての能力的にはまず合格と言っていい。
となれば後は人として信用できるかだ。
長尾晴景よ、その本心を測らせてもらうぞ。
-長尾晴景-
実綱が部屋から出て行ったと思ったら、急に部屋に男が現れた。
暗い色調の動きやすそうな服、恐らく軒猿の人だろう
一瞬驚く俺だが、その人の顔に見覚えがあった。
しかしすぐには誰だったか思い出せないでいた。
「久しいな少年。」
その声、その口調、その呼び方を聞いて思い出す。
そうだ、この人は母が倒れたあの時に俺を助けてくれた人じゃないか!
「お兄さん!あの時はどうもありがとうございました!」
俺は立ち上がり男の手を握る。
無警戒に手を取る俺に対して、男は少し驚いたような表情を見せた。
「あの後お礼をしたくて探したんですけど見つからなくて・・・まさか軒猿の方だったとは。」
「ふむ、我を軒猿だとすぐ認識するとは。やはり頭の回転も良い。」
そりゃあこんな所に急に現れるなんて、それ位しか考えられないからな。
「だが少年、いや晴景殿よ。俺がその気ならば、すでにその首と身体は離れてるぞ?少しは警戒した方が良い。
あとそんなに畏まらずに直江の倅と話していた様に話せば良いぞ。これから雇おうという者にそんな話し方ではダメだろう」
・・・やはりこの人は何だかんだ言って良い人だ。
まだ主君と決まったわけでもないのに助言をくれる。
「・・・わかった。まぁ俺はこの部屋にまで忍び来れる相手に勝てる気はしない。だから軒猿が味方に付いてくれるなら、これ以上に頼もしい事はないよ。」
「クックック、随分と高く買ってもらってますなぁ、我々も。」
いや、俺は素直に思った事を言ってるだけなんですけどね。
この人は俺の恩人だ。出来る事ならば嘘はつきたくない。
だから、これから出す条件も嘘ではない。
「あぁ、だから軒猿一人に対して、最低で100石相当の銭を払う予定だ。もちろん働きに対しては更に足す。」
これは旗本にも劣らない待遇であり、その条件を聞いた男は驚きの表情を見せる。
「・・・何故にそれだけの高禄を我々に与えられる?我々軒猿は武士で無く、言わば山の民ですぞ?」
「武士って言っても所詮家柄だけで威張っていて、実力が無いものも多い。ならば実力がある者に多く銭を出して何が悪い?」
俺の考えは単純だ。
能力がある者を重用する。
織田信長が光秀や秀吉を重用したように、使える者は仕官した日数や出自に関係なく重用する。
これこそ織田信長が天下を取れた1つの要因だと俺は思っているからだ。
もっとも、長く仕官している者や家柄だけが良い者など、それを面白く無く思う奴も居る。
信長は恐怖でそれを抑えようとしたが、その結果が最後の謀反になる訳だから、上手く行うのは難しいけどな。
「それは危険な考えですぞ。実力が無くとも、声だけは大きい者も多くいる。そう言う奴ほど自分の権益に対して必死にしがみつくもの。」
反発が強いのは解っている。
そして段蔵が考えているのはあいつの事だろう。
親父殿に反抗的であり、定実様を誑かして権勢を振るおうとする男。
それは改革を行うにあたり、邪魔になるであろう男でもある。
「そう言う輩には、いずれ退場して貰うよ。この越後には必要が無い人間だ。」
「それは長尾家の為に?」
「いや、民のためだ。おそらく父上に聞いても同じように答えるだろう。」
息子になってから21年、何の為に親父殿が戦っているかは見てて解った。
俺も同じ考えであるし、おそらく虎千代も同じになるだろう。
軒猿の男は、俺の考えにようやく納得した様子であった。
「晴景殿、試すような事をして申し訳ありません。晴景殿のお言葉と人となり、しかと我が頭領にまでお伝えしましょう。」
そう言って男は膝を折り頭を下げた。
・・・どうやらまずは認めて貰えたらしい。
だが、そんなにかしこまられると、こっちが申し訳なる。
「頭を上げてくださいお兄さん。あなたは俺だけでなく母の恩人でもある。だから出来るならばあなたとは友でありたい。」
長尾家の跡取りと軒猿という立場である前にこの人は恩人だ。
俺はあの時の恩に報いたい。
その素直な気持ちから口を出た言葉は、計らずも男に感銘を与えたようであった。
「晴景殿、もしも里の者達が反対したとしても、俺個人があなたに仕えることを約束しよう。俺の、加藤段蔵の力を存分にお使いください。・・・それでは。」
そう言って男は消えていった。
どこに消えたのかまったく解らない、見事な技だ。
・・・ところでいま加藤段蔵って言った?
おぉぉぉい!お兄さん、“飛び加藤”だったんかぁぁい!
”加藤段蔵が仲間になった!”
と言うわけで晴景君は独自の調略・策謀・情報収集手段を手に入れました。
そろそろ本格的に動き出します。
そして晴景の狙いは佐渡にありました。
佐渡といえばもちろん金ですね。
この時代はまだ金は発掘されていなく、江戸時代に発掘された後は200年以上も採掘された、国内有数の大金山です。
色々な方に指摘されて、銭に関するあたりをかなり修正しました。
軒猿の給与はかなり高めですが、晴景は現代の感覚で軒猿の仕事から危険手当とか出張手当のようなもんを考えていると思ってください。